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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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24.リンメイ

 「へぇ、あの子は一緒に拳法を習った友だちなのか。道理で強かったはずだ」

 ルルから竜子帝の話を聞かされて、ポチは感心しました。

 そこは他に人のいない礼拝堂の中です。ルルはポポロと心で通信していましたが、何故かずっとおかんむりで、ポポロには文句ばかり言うし、ポチに話を伝えるときにも、いやにつんつんしていました。ポチがリンメイのことをそんなふうに言うと、なおさら機嫌の悪い顔になります。

「いくら強くたって、そばにいさせるのはまずいわよ。竜子帝の幼なじみなんだから。絶対、そのうちに正体を見抜かれるわ」

「でも、ハンの娘だもの。無理やり追い出すのは難しいですよ」

 とポチは答え、ルルにものすごい目でにらまれて、びっくりしました。――ポチにはルルが怒っている理由が本当にわかりませんでした。ポチは今、人間の体になっています。匂いで相手の感情をかぎわけることができなくなっていたのです。

 

 すると、礼拝堂の外から人が入ってきました。ハンと大僧正と警備兵たちです。ハンが言いました。

「遅くなりましたが、お食事の準備ができました。どうぞ食堂へ、竜子帝――」

 そこへ、外からリンメイが飛び込んできました。父たちを追い越してポチに駆け寄り、鋭く尋ねます。

「女の声が聞こえていたわよ、キョン。誰か一緒にいたの!?」

 ポチは、どきりとしました。怒ってポポロをどなりつけたルルの声を、聞きつけられていたのです。一瞬うろたえそうになりましたが、すぐにわざと尊大に答えました。

「気のせいだろう。ここには朕しかいない」

「この礼拝堂は多くの術師から守られている。入口以外、人が入り込むことはできないんだ。おまえの空耳だろう」

 とハンも娘をたしなめますが、リンメイは疑いを解きませんでした。

「確かに聞いたのよ……。若い女の声だったわ。術にはまっているんじゃないの、キョン? それとも恋人でも隠しているの?」

 とたんに、ポチは驚くほど強い声になりました。

「そんな者がここにいるか! 馬鹿なことを言うな!!」

 その剣幕に、さすがのリンメイも鼻白みました。

「わ、わかったわよ。そんなに怒ることないじゃない……」

 と引き下がります。

 ポチの足下ではルルが密かに傷ついた顔をしていました。なんだか思いきりポチに否定されたような気がしたのです。自分でもわけのわからない感情が胸に渦巻きます。

 ポチは先に立って食堂へ歩き出しました。人々が従います。リンメイもすぐに追いついて、ポチに並んで歩き始めました。油断のない目で周囲を警戒しています。

 ルルは一匹だけで礼拝堂に残っていました。自分の役目を奪われたような気がしてなりません。ものすごく腹を立てているのに、ポチは彼女を振り向きません。どんどん歩いていってしまいます。

「……もうっ」

 ルルは泣きそうな声でつぶやくと、ポチの後を追って駆け出しました。

 

 

 リンメイは夜になってもポチのそばから離れませんでした。皇帝の寝室までやって来たのです。ハンや大僧正が説得して部屋から出そうとしましたが、リンメイは絶対に聞き入れません。

「私が一緒にいて何か起きるって言うの? ここには夜通し見張りをする警備兵や武僧が何人もいるじゃない。この状況で間違いなんか起きるわけないわ」

 と言い張って、寝室の警備にまで加わってしまいます。

 ポチはお付きの者に着替えさせてもらっていました。両手を広げて立つポチの服を、何人もの僧侶が脱がせ、夜着を着せていきます。その様子に、リンメイが言いました。

「どうして自分で着替えないのよ、キョン? 皇帝になったら本当に偉そうよね、あなた」

 ポチは返事をしませんでした。実際には、着替えないのではなく、着替えられないのです。ユラサイの衣装は独特の形をしていて、ポチには正しい着方がわかりません。着替えにもたつくと正体を怪しまれるので、尊大なふりをして、着替えさせてもらっているのでした。

 

 すると、リンメイが溜息をつきました。彼女は部屋の隅の長椅子に座っていましたが、両膝を抱え込んで言います。

「本当に別人になっちゃったみたいよね、あなた。昔はもっと優しかったわよ。今は、余計な奴が来たって言わんばかりの顔をして。……ずっと一緒にいたじゃないの。あなたが宮廷の誰にも相手にされなかった頃から、私たち、ずっと家族みたいにしていたのに。母上は今でもキョンをとても心配しているわよ。宮廷の術師たちが大勢こちらに向かったせいで、竜子帝が暗殺されるかもしれない、って噂が立っているから、兄上たちも気をもんでいるわ。なのに――」

 ああ、そうか、とポチは考えました。皇帝の子どもだった竜子帝が、普通の暮らしをしてきたはずはありません。皇帝の父や皇后の母と、親子らしい関わりがあったのかどうかも疑問です。そんな竜子帝にとって、ハンやリンメイたちは、きっと家族も同然の存在だったのでしょう。

 リンメイは膝を抱えたまま唇をかんでいました。悲しんでいるのにそれを口には出しません。長椅子の上で背中を丸める少女の姿は、ひどく淋しそうに見えます。着替えがすんだポチは、ちょっとためらってから、リンメイに近づきました。ことばでなぐさめることはできなかったので、手を伸ばして、彼女の頭をそっと撫でます。

「キョン?」

 少女が驚いたように顔を上げました。ポチと目が合って顔を赤らめます。

 ルルは寝室の片隅にうずくまっていました。目をそらして彼らのやりとりを見ないようにしていましたが、それでも声と気配は伝わってきます。寝室の敷物に思わず爪を立てて、かきむしってしまいます……。

 

 その時、ポチの服をたたんでいた僧侶が、驚いたように声を上げました。

「帝、これはなんでございますか?」

 ポチが書庫から持ち出した巻物を、袖の中から見つけたのです。あ、とポチが思ったとたん、リンメイが立ち上がって飛んでいきました。僧侶から巻物を取り上げ、驚いたようにポチを見ます。

「ユラサイの歴史書じゃない。どうしてこんなものを?」

 ポチは返事に困りました。ユラサイ文字の中に中央文字でユリスナイと書いてあったので、興味を引かれて持ってきたのです。まさか歴史書だとは思いませんでした。とっさに言い訳を考えます。

「退屈しのぎに読もうと思ったのだ――ここには何もなくて暇だから」

「あなたが書を読むって?」

 とリンメイがまた驚きました。

「あんなに勉強嫌いで、書なんか絶対読もうとしなかったあなたが? それも、長大な歴史書を? どういう風の吹き回しよ、キョン」

 ポチに尋ねるリンメイは、疑いの表情をありありと浮かべていました。

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