フルートたちを乗せた花馬はその日も一日中駆け続け、日暮れ近くになって立ち止まりました。乾ききった土地をずっと進んできましたが、ようやく水が見つかったのです。山の麓の岩場から水が湧き出して小川を作り、流れに沿って林が広がっています。
「よし、今夜はここで野営をしよう」
とフルートが言ったので、全員は馬を下りました。花馬が花に戻って林の中に広がります。
メールが、ほっとしたように言いました。
「川があって良かったよ。どこにも水がなかったから、花たちが弱ってきてたのさ。このままじゃ明日は花馬を作れないところだったよ」
フルートは気がかりそうに自分たちが来た方角を見ていました。
「ずいぶん大規模な干ばつだったね。ずっと乾いた荒れ地ばかりだった。あれでは、ずいぶんたくさんの人が苦しんでいるんじゃないかな――」
フルートはユラサイに来る前に立ち寄ったヒムカシの国を思い出していました。あの国もしばしば飢饉に襲われていて、食べていけなくなった人たちが、子どもを山に捨てたり殺したりしていたのです。ユラサイは、まだそこまでではないのかもしれませんが、干ばつが長引けば、やはり飢える人々が大勢出るに違いありませんでした。
ゼンが火をおこしながら竜子帝に尋ねました。
「おまえはユラサイの皇帝なんだろう? なんとかできねえのかよ?」
竜子帝は馬から下りてから地面にうずくまっていましたが、意外なことを言われたように顔を上げました。
「朕に何ができるという。日照りは天が起こすことだ。たとえ皇帝であっても、どうしようもない」
「魔法で雨は呼べないのかい?」
とメールも言いました。彼女の父の渦王は、強力な魔力で雲を呼び寄せて雨を降らせることができるのです。
竜子帝は、むっとした顔になりました。また前足の上に頭を戻して答えます。
「雨乞いの儀なら、ハンが取り仕切ってやらせているはずだ。それでも雨は降らないのだ」
「人間の魔法使いにこんな広い範囲に雨を降らせるのは無理さ。ロムド城の四大魔法使いにだってできないよ」
とフルートも言いました。海の王や天空の民と、彼ら人間とでは、魔力の強さがまったく違うのです。
すると、ゼンがまた言いました。
「雨を降らせるのは無理でも、他にできることがあるんじゃねえのかよ? ユラサイ全体が日照りになってるわけじゃねえんだ。普通に実ってるところだってあるんだろうから、そこから食い物を持ってきて分けてやるとかよ。俺たち猟師も、獲物の捕れるときと捕れないときがあるから、捕れないヤツには分けてやるのが決まりだぞ」
「そのような対応は地方の役人に委ねてある。それが実施されていなければ、それは彼らの責任だ」
「そいつらがちゃんとやってるかどうか見張るのは皇帝の仕事だろうが。違うのかよ?」
ゼンは海の王の戦いで渦王の代理をしてきています。言い方は単純でも、言っていることは正論でした。竜子帝は返事に詰まると、ふてくされたようにそっぽを向きました。
すると、そんな竜子帝にフルートが話し出しました。
「ロムド国の西部は大荒野と呼ばれているんだけどね、年中雨が少なくて、しょっちゅう干ばつが起きるような場所なんだ。だから、昔は住む人も少なかったし、飢饉が起きると、そのたびに子どもや女の人が売られたりししていた。今のロムド国王がそこに水路を引いたんだよ――。何百キロにもなる長大な水路だから、完成するまで二十年かかったけれど、おかげで今では日照りが来ても誰も飢えることがなくなった。一昨年の夏には、オオカミ魔王のせいで大干ばつが起きたけど、それでも誰も死ななかったんだ。国王陛下が食料やお金を大荒野の町や村に送って、援助してくださったから……。ゼンの言うとおりだと思うな。雨は降らせられなくても、皇帝にできることは他にもあるんだ」
竜子帝はうずくまったまま、じろりとフルートを見ました。にらむような、すねるような目です。
「ロムド国の噂なら朕も聞いている。なるほど。いやに立派な言動をすると思ったら、そなたはロムドの皇子だったのか、フルート。それで金の石の勇者とやらに選ばれていたのだな」
それが皮肉などではないことに気がついて、フルートは吹き出しました。
「まさか! ぼくはただの平民さ。ぼくの家が、その大荒野の中にあるんだ。シルっていう小さな町だよ――」
「ロムドの皇太子はオリバンって言うんだよ。あたいたち、友だちだけどね」
とメールも言います。
竜子帝はまたそっぽを向きました。その小さな姿が、なんだか歯を食いしばって悔しさをこらえているように見えて、フルートは首をひねりました。どうしたの? と尋ねようとします。
その時、ポポロが急に声を上げました。
「ルルが返事をしたわ!」
馬から下りたポポロは、社殿にいるルルをずっと呼び続けていたのです。仲間たちはいっせいにそちらに注目しました。
「つながったの!?」
「やっとかよ。ずいぶん連絡が取れなかったじゃねえか」
「なんかあったのかい!?」
ポポロは遠い場所にいるルルとことばを交わし始めましたが、すぐに驚いたように首をかしげました。
「どうしたの、ルル? あなた、怒っているの……?」
すると、心でつながった向こうでルルが返事をしたようでした。ポポロが顔をしかめます。
「やだ、どならないでよ。ただ、そんな気がしただけ……。それで? ポチは元気なの?」
そう尋ねたとたん、ポポロはまた顔をしかめました。両手で耳をふさいでしまいます。ルルから思いっきりどなられたのに違いありません。
「そんなに怒らないでったら。……ほんとにどうしたのよ? 何かあったの? ……え?」
ポポロはしばらくルルの話に耳を傾け、それから、フルートたちに言いました。
「ええと……ポチに新しい護衛が来たらしいわ。すごく強いらしいんだけど……女の子なんですって」
女の子!? とフルートたちは驚きました。
「そいつ、皇帝の護衛になるくらい腕が立つって言うのか!? どんなヤツだよ!」
とゼンがあきれます。
すると竜子帝がいきなり立ち上がりました。目を見張り、どなるように言います。
「リンメイか!? リンメイが来たのか!?」
「ええ、そういう名前みたいだけど……誰なの?」
「ハンの娘で朕の幼なじみだ! それで、朕は――ポチは、怪我をしなかったか?」
フルートたちは目を丸くしました。竜子帝の幼なじみがポチのところに来て、どうして怪我の心配をするんだろう、と誰もが考えます。
竜子帝は渋い顔つきになりました。
「リンメイは拳法の達人だ。いつも挨拶代わりに朕に襲いかかってくるのだ」
フルートたちは今度はあきれてしまいました。メールが尋ねます。
「なにさ、それ……。あんたたちって、どういう関係なの?」
「朕とリンメイは、小さな頃から同じ師匠について拳法を習ってきたのだ。リンメイのほうが先に上達したから、隙さえあれば、しょっちゅう不意打ちをかけてくる。素手だけでなく短剣も使うし、本気で襲ってくるから、油断していると大怪我をするのだ」
メールやポポロはそれを聞いてますますあきれましたが、フルートはゼンに言いました。
「なんだか君みたいだな。君もよく、ぼくの隙を突いて襲ってきただろう」
「馬鹿野郎、俺はおまえを鍛えてたんだよ。なにしろおまえはすぐ敵に狙われるからな。敵は『これから襲いに行きますよ』とは断ってくれねえんだ。とっさに自分の身を守れるようでなくちゃ、しょうがねえだろうが」
とゼンが言い返します。
「で? 今はあんたとそのリンメイって娘と、どっちが強いんだい?」
とメールがまた尋ねました。
「互角というところだ。すばやさはリンメイのほうが上だが、捕まえることができれば、朕のほうが力は強い」
と竜子帝は答えましたが、何故かそわそわと落ち着かない様子をしていました。気がかりそうにポポロに尋ねます。
「リンメイは朕の警護に就いたのか――? 朕とポチが入れ替わっていることには気づいたか?」
ポポロがルルと話をしてから答えます。
「まだ気がついていないみたいよ……。今、ルルとポチは礼拝堂にいるんだけれど、そこは女の人は入れない場所だから、入口の外で見張りをしているんですって」
そうか、と竜子帝は言いました。そのまま黙り込んでしまった皇帝は、犬の顔に複雑な表情を浮かべていました――。