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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第8章 リンメイ

22.襲撃

 書庫でポチは敵に襲われていました。

 棚の上から短剣を握った人影が飛び下りてきたのです。竜子帝になったポチを狙っています。

 ポチはとっさに飛びのきました。降ってくる刃はかわしましたが、背中が別の棚にぶつかって、それ以上さがれなくなります。

 床に飛び下りた襲撃者が、きりっと靴を鳴らして向きを変えました。ポチを鋭く見据えて、また短剣を繰り出そうとします。――それは少女でした。赤い長い上着に白いふくらんだズボンを身につけ、二つにわけた黒髪を頭の両側に丸く束ねています。

 意外な襲撃者にポチは驚きました。何者だ!? と言おうとしますが、それより早く少女がまた襲ってきました。棚に突き当たっているポチは逃げられません。

 すると、ルルがうなりながら襲撃者に飛びかかりました。とたんに少女が振り向いてルルへ短剣を突き出します。

「ルル!」

 ポチは思わず少女に飛びつきました。力任せに引き倒すと、短剣の刃がそれて、ルルの長い毛を一房切り落とします。ポチが防がなければ、まともにルルの腹を突き刺したところです。

 

 少女は床に倒れ、次の瞬間、跳ね起きました。今度は低い位置からポチを突き刺そうとします。

 ポチはまたとっさに動きました。逃げる代わりに飛びかかって、短剣を握る少女の手を捕まえたのです。少女の手首へ手刀を振り下ろし、床に落ちた短剣を蹴り飛ばします――。すべては無意識の動きでした。体が勝手に動きます。

 すると、少女がポチの腹を蹴りました。ポチがよろめいた隙に手を振り切り、また蹴りを繰り出そうとします。

 そこへルルがまた飛びかかりました。激しくほえながらかみついていきます。少女はすばやく向きを変えると、ルルを蹴飛ばしました。ルルが棚に激突して、巻物が雪崩のように落ちてきます。

「ルル!」

 ポチは少女の蹴りをかわして背後に回り込むと、がっちりはがいじめにしました。少女はポチよりずっと小柄でした。ポチを振り切ろうと暴れますが、抑え込まれれば力ではかないません。

 君は誰だ! とポチはまた尋ねようとしました。どうして朕の命を狙う!? と。

 ところが、とたんに少女が抵抗をやめました。急に全身の力を抜くと、ポチの体に寄りかかって見上げてきます。

「何よ――ちゃんと覚えているじゃないの。物忘れだなんて、嘘ばっかり」

 唇を尖らせて文句を言います。

 ポチは目を丸くしました。少女の口調は親しい知人に対するものです。とっさには返事ができなくなります。

 

 すると、少女が溜息をついてにらんできました。

「なに、その顔。知らない人を見るような目をしちゃって。半年ぶりに会ってるんだもの、もう少し嬉しそうな顔しなさいよ。それとも、皇帝になったら幼なじみのことなんかどうでもいいってわけ?」

 幼なじみか! とポチは心で叫びました。非常にまずい状況です。小さい頃から竜子帝を知っている人間には、竜子帝の中身が別人になっていると見抜かれてしまうかもしれません。

 少女がポチの腕を無造作に振り切りました。

「放してよ、もうやらないから。あなたが物忘れしてるって話を聞いたから、確かめてみようと思ったのよ。ちゃんと覚えてたわね。とんだ中傷だわ。あんなこと、言わせていちゃだめじゃない」

 ポチはますます面食らいました。少女はポチにいきなり襲いかかってきただけです。それでどうして竜子帝が忘れていないと確認することになるのか、さっぱりわけがわかりません。だいたい、この少女は何者でしょう。せめて名前を知りたいと思うのですが、自分からは名乗ってくれません――。

 

 そこへ入口から足音がして、大勢が書庫にやってきました。社殿の警備兵と術師のラクです。書庫でルルがほえる声を聞いて駆けつけたのでした。たちまち少女が警備兵に取り囲まれ、ポチのほうは守られるように少女から引き離されます。

 すると、術師のラクが警備兵を止めました。

「待て。その方に攻撃してはならない。後見役のハン様をすぐお呼びするんだ――。ハン様のご令嬢だぞ」

 ハン様の!? と人々は驚きました。その中には、ポチとルルも含まれていました。声こそ出しませんが、思わず顔を見合わせてしまいます。

 術師のラクが少女に近づいていきました。頭巾の前の黄色い布を上げ、少女をのぞき込んで言います。

「お久しぶりです、リンメイ様。術師のラクでございます……。しかし、ここは女人禁制の社殿の中ですぞ。こんなところで何をされていました?」

 ラクはあまり感情を外に出さない人物ですが、それでも、はっきりと相手をとがめる声になっていました。

 リンメイと呼ばれた少女はまた口を尖らせました。

「宮廷によくない噂が流れているわ。今度は竜子帝が暗殺されるだろうってね。竜子帝を守りに来たのよ」

「ここには私めがおりますし、宮廷の術師も大勢来ております。警備の兵も増やしました。リンメイ様が心配される必要はございません」

「私はこうして入り込めたわよ? 警備が手ぬるいわ」

「リンメイ様はハン様の許可証の予備をお持ちでございましょう? さすがに、それを持っていれば、警備の術には引っかかりません」

「じゃあ、早いところなんとか手を打つことね。敵が許可証を手に入れたら、簡単に入り込まれるじゃない」

 リンメイは術師相手に一歩も譲りません。

 

 そこへハンが駆けつけてきました。娘を見るなり大声を上げます。

「リンメイ! こんなところで何をしている!?」

 術師のラクとまったく同じことを聞かれて、少女はまた答えました。

「帝を守りに来たのよ。竜子帝まで殺されてしまったら大変だもの。そうでしょう、父上?」

 大勢の面前でそんなことを言う娘を、後見役は渋い顔でたしなめ、ポチに向かって深々と頭を下げました。

「駆けつけるのが遅くなって申し訳ございませんでした。帝が礼拝堂にいらっしゃらないので、皆で心配して探しておりました。どうかお戻りください。リンメイのことは後ほどゆっくり――」

 すると、リンメイが口をはさんでました。

「私も一緒に行くわよ。警備につくわ」

「馬鹿を言うな。おまえは女だ。ここにはいられない」

 とハンがまたたしなめますが、やはり娘は聞き入れません。

「女に禁じられているのは、社殿で修業することよ。私はその決まりには当てはまらないわ。私はキョンの専属警備。昔からそれが役目だったんだもの。――ねえ、キョン、そうでしょう?」

 そう言ってリンメイはポチを振り向きました。探るような鋭いまなざしで同意を求めてきます。幼なじみが昔と変わっていないことを確かめようとしているのです。キョンというのは、どうやら竜子帝の呼び名のようでした。

 ポチは思わず、う、うん、とうなずいてしまいました。まなざしの強さに押し切られたのです。

 すると、リンメイが笑いました。気の強そうな顔が、たちまち和らぎます。その笑顔が意外なくらいかわいらしかったので、ポチは思わず顔を赤らめてしまいました。急に照れくさいような気持ちになってしまいます。

「ちょっと――。何よ、それ?」

 彼らの足下で雌犬がつぶやきました。大声でポチを問いただすわけにはいかないルルでした。

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