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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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20.とまどい

 「まだポポロとは連絡が取れないですか? 本当に、フルートたちに何かあったのかな」

 翌日、降竜の儀のために礼拝室にこもると、ポチはすぐさまルルにそう尋ねました。竜子帝になったポチのそばには朝から晩まで家来が控えているので、安心してルルと話せる場所は、この礼拝堂しかなかったのです。

 ずっと遠くを見るような顔をしていたルルが答えました。

「もしあの子に何かあったら、私も感じるはずだわ。でも、危険な気配は伝わってこないの……。何かに手一杯になっているのかもしれないわね」

「手一杯に?」

 とポチは首をかしげました。人間の少年になったポチは、立派な服を着ているし、長身で顔立ちも整っているので、黙って座っていればそれなりに見栄えがします。ただ、中身はやはりポチのままなので、どこか無邪気な愛嬌がありました。ルルは思わず笑うと、いつものお姉さん口調になって続けました。

「ポポロは確かに魔法使いの目が使えるし、私たちとならば、どんなに離れていても話ができるけれど、一度にあれこれできるわけではないのよ。例えばどこかを本気で透視していると、心で話をするのは難しくなってしまうわ。見ている場所が遠くなれば、ますますそうよ。あの子たちは竜仙郷に向かっているから、行く先を透視するのに忙しいのかもね」

 さりげない口調でポチを安心させようとします。

 

 ふぅ、とポチは溜息をつきました。座っている長椅子の背にもたれかかって言います。

「じれったいですね、こうやってただ待っているっていうのは。あれから、ぼくのほうを狙う動きも起きていないし……。ぼくが偽物だとばれたんじゃないといいんだけれど」

 今度は雌犬のほうが首をかしげました。

「あなた、匂いでそれがわからないの?」

「だめです。これは人間の体だから……。だからじれったいんですよ。フルートたちが危険になっていたって、風の犬に変身して飛んでいくこともできないんだから」

 そこまで言って、ポチはルルを見つめました。大真面目な顔になって続けます。

「ルル、いいですか。もしも本当にフルートたちが危険になっている連絡が入ってきたら、ぼくのことはここに残して、すぐに飛んでいってくださいね」

 ルルは面食らいました。ポチが急に大人になったような気がしたのです。なんだかポチから命令されているようにも感じられて、つんと顔をそむけます。

「馬鹿言わないで。私はフルートからあなたを守るように頼まれているのよ。フルートたちなら大丈夫よ。みんな揃っているし、金の石だって一緒なんだから」

「ぼくたちが一緒にいませんよ」

 とポチは言いました。

「うぬぼれるわけじゃないけれど、ぼくたちがいて金の石の勇者の一行が揃うんです。ぼくたちがいない分だけ、フルートたちは戦力的に劣っています。だから、助ける求める声が聞こえたら、すぐに行ってください。大丈夫、ぼくはひとりでもなんとかするから――」

 そう言って笑うポチに、ルルはますますとまどいました。やっぱりポチが大人になったように感じられたのです。最近、こんなことが増えた気がします。まだまだ子どもね、と笑っていると、いきなり大人みたいな言動で切り返されるのです。

 やたらとそっけなくなったり、小さな子どものように頼りなげになったり、子どもかと思っていれば、急に大人びた様子を見せたり。そして今、ポチは犬の姿さえしていませんでした。ルルの前に座っているのは、青い服を着た長身の少年です――。

 

 すると、ルルの耳に少女の呼び声が聞こえてきました。

「ルル――ルル――」

「ポポロ!」

 ルルはたちまちとまどいを忘れて返事をしました。ポチも椅子から腰を浮かしました。

「ポポロが話しかけてきたの? 無事ですか!?」

「ごめんなさい。いろいろあって……警戒したり捜索したりしていて、連絡する暇がなかったのよ」

 とポポロがルルに言いました。元気そうな声でしたが、ルルは聞き返しました。

「大丈夫なの? みんなは無事?」

「ええ。フルートたちも竜子帝も、みんな元気よ。でも、敵に見つかってしまって、空を行けなくなってしまったの。今はメールの花馬で竜仙郷に向かっているわ」

 ルルは、その内容をポチに伝えました。ポチは皆の無事の知らせにほっとしましたが、すぐに心配そうに言いました。

「敵に見つかったんですか? やっぱり、ぼくが偽物で、本物の竜子帝はそっちだとばれたんだろうか?」

 ルルがそれをポポロに伝え、ポポロの返事を聞いて答えました。

「フルートは、そうじゃないと思う、って言っているわ。敵は黒い服を着た魔法使いだったけれど、竜子帝じゃなく、ポポロを狙っていたそうよ」

「ポポロを? どうして?」

 また返事まで少し間が開きます。

「フルートたちが竜子帝のために動いていると気づいて、その邪魔をしてきたのかもしれないんですって。ポポロの魔力を警戒したのかもしれないわね。これからもあなたが襲われる可能性はあるから注意しろ、ってフルートが言ってるわよ」

「わかった……。フルートたちこそ、充分気をつけてくださいね。敵はかなり強力な術師だし、ポポロとはまた違った魔法を使うから、ポポロでも防ぐのは大変かもしれないですよ」

 離れている、というのは、本当にじれったいことでした。どんなに心配でも、力になることができません。ただ気をもむことだけしかできないのです。

 すると、ルルが、またちょっと沈黙してから、ポチに言いました。

「今度はゼンからよ。竜仙郷の場所がわからねえか、ですって。竜子帝はだいたいの方角しか知らないから、正確な位置が知りたいらしいわ」

「竜仙郷の――?」

 ポチは考え込み、すぐにうなずきました。

「わかりました。なんとか調べてみます」

 ルルがそれをまた伝えます――。

 

 ポポロとの連絡が終わると、ルルはポチに尋ねました。

「竜仙郷の場所はどうやって調べるつもり? ハンに聞くの?」

 ポチは首を振りました。

「敵がまだこっちを見張っているだろうから、あまり下手はことはできないよ。神竜を呼んでいるはずの竜子帝が、どうして竜仙郷のことを知りたがるんだろう、と疑われるかもしれないから。ハンには、また偽物の竜を手に入れて、神竜の代わりにしようとしてる、なんて思われてしまうかもしれないし――。ぼくたちで調べてみるしかないな」

 ポチの返事に、ルルはまたとまどいを覚えました。急にまた大人びた口調になったと感じたのです。なんだかフルートの話し方にも似ている気がします。

 すると、ポチは礼拝堂の出口へ歩き出しました。

「行きますよ。うまいこと見張りを誤魔化してここを出なくちゃ。外の様子を探ってください」

 ルルに対する口調は今までと変わりありません。それなのに、やっぱりどこかポチが変わった気がして、ルルはとまどい続けました。

「どうしたの、ルル? 早く」

 そう言って扉の前で手招きしているのは、黒髪に黒い瞳の、長身の少年でした――。

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