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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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18.迷い犬

 朝が来て明るくなった空の下を、竜子帝がたった一匹で歩いていました。

 夜通し歩いて山の麓の森は抜けたのですが、その後、背の高い草原に入り込んでしまったので、自分がどこにいるのかまったくわかりません。見通しのきかない草の中を当てもなく歩きながら、竜子帝は怒ってつぶやいていました。

「どうしてこんなことになるのだ……何故、こんな目に遭わねばならぬのだ……」

 一晩中つぶやき続けても答えの見つからなかった疑問です。歩き疲れた四本の脚が痛みます。

 そして、それよりももっとつらかったのは、空腹と咽の渇きでした。草原には枯れた草が延々と生えているだけで、いくら歩いても水も食べ物も見つかりません。こんなことなら意地を張らずに夕食を食べておけば良かった、と後悔しますが、もう手遅れでした。日が昇って夏の日差しが照りつけてくると、咽の渇きはますますひどくなります。水はどこかにないか、とあえぎながら考えます。

 

 すると、急に目の前が開けました。草原を抜けたのです。

 行く手にひび割れた大地が続いているのを見て、竜子帝は思わず目眩がしました。あたりは乾ききっていて、水などどこにも見当たりません。全身から力が抜けてその場に座り込んでしまいます。もう一歩も歩けません。咽が焼け付くように渇いて、死んでしまいそうです。

 そういえば、南西地方では春からずっと雨が降らなくて干ばつが起きている、と聞いた気がする……と竜子帝はぼんやり考えました。誰が話してくれたのでしょう? 大臣だったか、後見役のハンだったか――。思い出そうとしても、記憶がおぼろではっきりしません。国に関する報告など、まともに聞いていなかったからです。

 

 行く手の地面にカラスがいました。羽根を黒々と光らせて、じっとこちらを見ています。竜子帝は、ぞっとしました。カラスは死体に群がります。自分が飢え死にするのを待ちかまえているように思えます。

 すると、カラスが、つと頭を下げました。くちばしを地面に当て、次に高く持ち上げて真上を向きます。竜子帝は飛び上がりました。カラスは水を飲んでいました。水があるのです!

 夢中でそちらへ突進すると、カラスが驚いて舞い上がりました。怒ったようにカァカァと鳴くので、竜子帝も負けずにほえ返しました。ワンワンワンワン……!! 犬の声です。カラスが頭上で旋回して逃げていきます。

 

 カラスがいた場所に行くと、水たまりがありました。ぬかるみの中に、ほんの少しだけ水がたまっています。

 竜子帝はためらいました。水はにごり、たくさんのボウフラが泳いでいたのです。とても飲めたものではありません。いまいましく思いながら水たまりを離れ、また先へ進もうとしましたが、行く手に日差しに照らされた荒れ地が広がっているのを見て足を止めました。見渡す限り、本当にどこにも水などありません。白く乾ききった大地です。

 竜子帝は水たまりを振り向きました。一面の白の中、そこだけが黒々と湿っています。たくさんの羽虫も水を求めて集まっています。竜子帝は思わずごくりと咽を鳴らしました。水はそれしかないのです。それを飲まなければ、絶対に死んでしまいます。

 竜子帝は駆け戻りました。ぬかるみに踏み込み、泥水も虫も見ないように堅く目を閉じて水を飲み始めます。みじめで情けなくて泣きたくなりますが、犬の体は涙を流すことができません。竜子帝は咽の奥でうなり声を上げながら、ありったけの水を飲み干しました――。

 

 水を飲み終えると咽の渇きは止まりましたが、代わりに空腹がつのってきました。竜子帝は今度は食べ物を探し始めました。日に照らされた荒野を歩いていきます。

 乾いてひび割れた大地には、枯れて茶色になった草が至るところに生えていました。その草が稲だと気がついて、竜子帝は驚きました。

「ここは……田か? 雨が降らないので、稲がこんなになっているのか……?」

 ユラサイの南西地方の主食は、ヒムカシの国と同じ米です。米を作る田が乾ききっているということは、このあたり一帯が大凶作に見舞われているということでした。なんというありさまだ、と竜子帝は震え上がりました。こんな田からは米は一粒だって穫れません。

 こんなことが起きていたことを自分は聞いていただろうか、と竜子帝は自問自答しました。聞かされたような気もします。聞かされていなかったような気もします。本当に、よく思い出せません。

 乾いた田の向こうに家が見え始めていました。村です。この田を耕す人たちが住んでいるのでしょう。干ばつと大凶作の中、彼らがどうしているのか気になって、竜子帝は村に向かってみました。普通の犬のふりをすれば、のぞき見ることができるはずです……。

 

 村には路地があって、二、三十件の家が路地に沿って並んでいました。土の壁に草の屋根。このあたりでは普通に見られる造りの家です。人が住んでいる気配はしますが、村の中に人影はありません。まだ朝早い時間だからかもしれませんが、それにしても静かすぎました。竜子帝は、村人全員が飢え死にしてしまった様子を想像して、また震えました。家の中を確かめたいと思いましたが、家々は堅く戸を閉ざしていて、犬の竜子帝にはのぞくことができません。

 ところが、路地を歩き続けていると、思いがけないものに出くわしました。魚です。道の真ん中に、小さな干魚がぽつんと落ちていたのです。なんでこんなところに? と竜子帝は考えましたが、とたんに腹の虫が大きく鳴りました。しばらく忘れていた空腹がまたつのり、耐えられないほどになってきます。

 竜子帝は走りました。道の上に落ちているものだとか、粗末な食べ物だとか、そんなことを気にする余裕もありませんでした。魚をくわえ、がつがつと食べ始めます。

 

 すると、突然あたりが真っ暗になりました。竜子帝の上に大きな籠が落ちてきたのです。中に閉じこめられて、出られなくなってしまいます。

 籠の外にいくつもの足音が駆け寄ってきました。子どもたちの声が聞こえてきます。

「やった、とうとう捕まえたぞ!」

「犬だ!」

「首輪をしてたよ。飼い犬だぞ」

「かまうもんか。どうせ迷い犬だ。黙ってればわからないよ」

「これで久しぶりに肉が食べられるね」

 子どもたちは、そんなことを話し合っていました――。

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