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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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17.九嬰(きゅうえい)

 後ろに回り込んだ九嬰が、フルートに襲いかかろうとしていました。九つの頭が牙の生えた口を開けています。フルートはとっさに盾を構えて叫びました。

「ポポロを守れ!」

 この怪物は黒い術師に呼び出されてきた、と言っていました。先に飛竜で襲ってきたあの魔法使いに違いありません。ところが、その狙いは竜子帝ではなく、赤い髪の術師――つまり、ポポロだというのです。敵をポポロから引き離そうと、わざと大きく飛びのきます。

「馬鹿野郎、フルート! 狙われてるのはおまえだぞ!」

 とゼンが矢を放ちました。九つの頭の一つが矢を食らい、九嬰全体が大きくのけぞります。ところが、矢はすぐ抜け落ちました。顔の傷がみるみる治っていきます。

「ったく、相変わらず弓矢が効かねえヤツらだな。なんとかなんねえのかよ?」

 ゼンはぶつぶつと文句をいいながら、また次の矢を放ちました。怪物に傷を負わせることはできませんが、それでも、矢が当たった瞬間に、敵を一瞬ひるませることができるからです。

 その間にフルートは剣を構え直しました。フルートが握っているのは炎の剣です。切り裂いた敵を一瞬で燃え上がらせるので、闇の敵でも倒すことができます。さらに、胸当ての上では聖なる光を放つ金の石が揺れています。

 九嬰が襲いかかってきました。牙の生えた口がいっせいにフルートに迫ります。

 

 ところが、フルートが剣をふるったとたん、怪物がまた消えました。魔剣の刃が大きく空振りします。

「フルート、後ろだ!」

 とゼンがまたどなりました。九嬰は襲いかかると見せて、一瞬のうちにフルートの背後に回り込んでいたのです。フルートの背中にがっぷりとかみつきます。

 金の鎧はフルートを守りましたが、背後から一撃を食らう形になってフルートがよろめきました。体勢を崩したところへ九嬰が前に回り込んで、唯一の弱点の、むき出しの顔へかみついてきます。

「フルート!!」

 仲間たちが叫んだとたん、フルートの胸で輝きが広がりました。金の石が聖なる光を放ったのです。まともに光を浴びた怪物の頭が一つ消滅し、残りの頭がすさまじい悲鳴を上げます。

「そいつは闇の怪物だ! もっと光を浴びせろ!」

 とゼンが言いながらまた矢を放ちました。頭が消滅した傷口を狙ったので、怪物がいっそう暴れます。

 フルートは金のペンダントをつかみました。石を怪物に向けて叫びます。

「光れ――!」

 

 けれども、また一瞬で怪物が姿を消しました。光は森を照らしましたが、そこに怪物はいません。

 メールとポポロが同時に声を上げました。

「また後ろだよ、フルート!」

「よけて!」

 九嬰は、聖なる光を浴びないように、フルートの体が影を作る後ろに回り込んでいたのです。襲いかかってフルートを地面に押し倒したので、ペンダントが下敷きになってしまいます。

「立ち上がれ、フルート! 早く!」

 とゼンがどなりながら駆け寄ろうとすると、九嬰の頭の一つが振り向きました。牙の生えた口からいきなり火を吐きます。

 とたんに、ざあっと音をたてて花がゼンの前に飛んできました。炎をさえぎり、燃え尽きて地面に落ちていきます。

「よし!」

 とゼンはさらに走りました。フルートにのしかかっている蛇の怪物を捕まえ、ぐいぐい引き寄せます。九嬰が首をねじり、ゼンへまた炎を吐きましたが、やはり花にさえぎられます。

「ごめんよ、花たち……ごめんよ……」

 ゼンを守って燃えていく花に、メールが涙を浮かべて謝ります。

 

 九嬰は大きく身をよじりました。ゼンの手から逃げ出そうとしますが、ゼンはがっちりと九嬰をつかんでいて放しません。

「離セ! 離セ、人間!」

「わしらが欲しいのハ、金の石の勇者ダ! 貴様に用はナイ!」

「炎がダメなら、溺れ死ネ!」

 怪物の頭が今度は水を吐き出しました。信じられないほど大量の水が、花を一瞬で押し流し、ゼンの全身をたたきます。

 ところが、やはりゼンはびくともしませんでした。滝のような水をかぶりながら九嬰を高々と持ち上げていくと、親友に向かって言います。

「やれ、フルート!」

 九嬰の吐き出す水は地面の上を激しく流れていました。フルートは押し流されないように剣を地面に突き立てて、そこにしがみつきました。炎を生み出す刃に流れが当たって、ジュン、ジュン、と白い霧が湧き起こります。白くかすんでくる世界の中へ、フルートは叫びました。

「光れ、金の石!」

 とたんにペンダントが輝きました。夜の森を真昼のように照らし、霧の中に影絵を映し出しながら、周囲へ光を浴びせます。

 九嬰の頭がいっせいに叫び声を上げました。崩れて形を失い、黒い霧に変わり、渦巻く白い霧と共に空高くへ昇っていきます――。

 

 怪物がすっかり消えると、金の石は光を収めました。また穏やかな金色に輝くだけになります。

 フルートとゼンがほっとしていると、近くの木の上からメールとポポロが下りてきました。とっさにそこによじ登って、大水に巻き込まれないようにしていたのです。

 四人がまた一カ所に集まると、そこへ淡い金の光がわき起こって、小さな少年が姿を現しました。黄金の髪と瞳の、金の石の精霊です。いつものように腰に両手を当てて言います。

「今の怪物は、消える間際に仲間へ知らせを送った。金の石の勇者がいたぞ、とね――。闇の怪物たちがまた集まってくるぞ」

 フルートは思わず溜息をつきました。願い石を狙う怪物はあまり賢くないので、決まって周囲の人たちにまで襲いかかります。ぐずぐずしてはいられませんでした。

「一刻も早くこの場所から離れよう。竜子帝を見つけなくちゃ」

「ったく。ほんとに手間のかかる皇帝だぜ」

 ゼンは濡れた地面から苦労して犬の足跡を見つけ出すと、また後を追い始めました。一緒に進み出したフルートへ、金の石の精霊が言います。

「ぼくを絶対に手放すなよ。ぼくを離せば、とたんに君の姿は闇から見えるようになる。闇の怪物たちがいっせいに襲ってくるからな」

「わかってるよ」

 とフルートは答え、気がかりそうに行く手を見ました。先へ行った竜子帝は、金の石の守りの外です。怪物に出くわしたら、ひとたまりもありません。

 夜の森は暗く深く、小犬の姿はどこにも見当たりませんでした――。

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