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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第6章 迷い犬

16.反抗

 空を飛んでいるところを飛竜に襲われたフルートたちは、花鳥を花馬に変えて進み、夕方には小さな山の麓にたどりつきました。

 あたりが薄暗くなってきたので、そこで野営することにしたのですが、竜子帝がまた食事をしなくなっていました。ゼンがどんなにどなっても、フルートが説得しても、ポポロが泣き顔で頼んでも、いらぬ、余計なお世話だ、とつっぱねます。

 メールがあきれて言いました。

「ホントにへそ曲がりだね、この皇帝は。いいからほっときなよ、みんな。空腹になったら、いやでも食べるようになるんだからさ」

 そんなことばも聞こえているのに、竜子帝は離れた場所にうずくまって、そっぽを向いたままです。

 

 フルートは溜息をつきました。竜子帝の様子はなんとも気になるのですが、どうすることもできません。まさか自分がその原因だとも思っていないので、食事をしながら、仲間たちと打ち合わせを始めます。

「今日一日でずいぶん走ってきたけれど、さすがに地上を行くから、花鳥のようには進めないな。竜仙郷まではあとどのくらいかかると思う?」

「距離がわからねえからな。竜子帝が言う方角には来てるけれど、それも正確かどうかわかんねえし、見当がつかねえ」

 とゼンが答えます。話す間にもパンや肉を食べ続けています。するとメールが言いました。

「竜仙郷は険しい山に囲まれてるって話だったよね。ポポロ、行く手にそういう場所は見当たらないのかい?」

「山は見えているわ。でも、山脈なの……。山がずっと連なっているから、どこがその場所なのかわからないのよ」

 しょんぼりと答えたポポロは、ひどく疲れた顔をしていました。食事もあまり進んでいません。一日中、花馬の上から周囲を透視していたので、すっかり疲れてしまったのです。

 それを気遣いながらフルートは言い続けました。

「花馬で山脈のそばまで行ったら、また花鳥を使おう。空からなら、きっと竜仙郷が見つかる。そこまでは地上を行って、追っ手の目をくらますんだ。人里にも近寄らないようにする。あの黒い魔法使いはかなり強力な魔法を使っていたからね。できる限り戦闘を避けて、竜仙郷に――」

 フルートは急に口をつぐみました。驚いたように横を見ます。

 隣に座っていたポポロがフルートにもたれかかっていました。目を閉じて、すうすうと寝息を立てています。その頭が鎧の上を滑っていったので、フルートはあわてて

抱きとめましたが、それでもポポロは目を覚ましません。

 メールが笑いながら言いました。

「膝を枕に貸してあげなよ、フルート。ポポロはあんたのそばが一番安心して眠れるんだからさ」

「いっそ添い寝して腕枕してやったらどうだ? 俺たちは見ないふりしてやるからよ」

 とゼンもからかったので、フルートは真っ赤になってにらみ返しました。ポポロが眠っているので大声を出せなかったのです。

 うずくまっていた竜子帝が体をいっそう丸めました。何も聞きたくないと言うように、前足の間に頭を突っ込んでしまいます――。

 

 

 真夜中。

 燃えるたき火のそばでフルートたちが眠り、ゼンが一人で見張りに立っていました。

 夜空には雲がかかっていて、星も月も見えません。暗い夜なのですが、ゼンにはあたりの様子がよく見えていました。地下の民のドワーフの血を引いているので、夜目が利くのです。山の麓には森が広がっています。時折、夜行性の鳥や獣が横切っていきますが、人に危害を及ぼすようなことはありません。

 すると、寝ていた竜子帝が急に頭を上げました。匂いをかぐようにあたりを見回し、立ち上がって歩き出します。ゼンがすぐに気がついて声をかけました。

「おい、どこに行くんだ? 勝手に出歩くと危険だぞ」

「うるさい。ただの厠(かわや)だ」

 と竜子帝が答えます。いやに尖った響きの声でしたが、ゼンは気にしませんでした。

「なんだ小便か。んなもん、そのへんでできるだろうが。近くで済ませろよ」

 とたんに、竜子帝は牙をむいて怒りました。

「冗談ではない! 朕にそのような下品な真似をしろと言うのか!?」

 頭をそらし、どんどん森の奥へと入っていきます。

「ったく――」

 ゼンは急いで後を追いかけました。本当にわがままな竜子帝なのですが、何故か放っておけなかったのです。見た目は小犬のポチそのものでも、ポチよりずっと年下の子どもを相手にしているような気がします。

 すると、竜子帝が草の茂みに入り込んでいきました。ガサガサと草を押しのける音が茂みの真ん中で止まります。ゼンは腕組みして待ちました。森の中は暗く、遠くからフクロウの声が気味悪く聞こえています……。

 

 それから五分以上待っても竜子帝が戻ってこないので、ゼンは茂みに声をかけました。

「おい、まだか? いい加減戻ってこい」

 茂みの中から返事はありません。

 ゼンはもう一度言いました。

「出てこいったら。腹でも下してんのかよ?」

 やはり返事はありません。

 ゼンは、はっとしました。自分も茂みの中に飛び込んでいくと、案の定、その中から竜子帝の姿は消えていました。草を押しのけて出ていったような痕があります。

「あの馬鹿皇帝……!」

 ゼンは歯ぎしりすると、すぐさま引き返してフルートたちを起こしました。

「おい、竜子帝が勝手に離れていったぞ!」

 フルートたちは跳ね起きました。

「なんだって!? どうして!?」

「知らねえよ! 早く来い。今ならまだ遠くには行ってねえはずだ」

 全員で竜子帝が消えた茂みまで行くと、ゼンは目を凝らし、草や地面の上に残された犬の足跡を見つけて後を追い始めました。フルートたちがそれについていきます。竜子帝は森の中を奥へと向かっていました。

「いったいどうして……?」

 フルートがまたつぶやきましたが、誰にもその本当の理由はわかりません。

 

 すると、ふいにフルートの胸から光があふれてきました。鎧の胸当ての隙間が、急に金色に光り出したのです。フルートはすぐに首の鎖をつかんで引っぱりました。胸当ての中から出てきた金の石が、強く弱く、またたくように輝いています――。

「闇の敵だ!」

 とフルートが叫び、全員はいっせいに身構えました。暗い森の中の気配を探ります。森の奥で鳴いていたフクロウが、突然ぴたりと鳴きやみました。他の生き物たちも急に気配を消し、あたりが恐ろしいほど静かになります。

 ゼンが首筋の後ろを撫でながら言いました。

「来るぞ……油断するなよ」

 もう一方の手はもうエルフの弓を握っています。フルートは背中の剣を抜きました。火の魔力を持つ剣が、魔石の光に照らされます。メールはポポロを引き寄せました。夜の森に向かって花を呼び始めます……。

 

 ざわざわと森の奥から音が聞こえてきました。茂みや草を揺らしながら何かが迫ってきます。フルートの胸の上で、魔石がいっそう激しくまたたきます。

 すると、ずるりと音をたてて、大きなものが木立の間から姿を現しました。いくつもの人の頭を生やした怪物です。頭の後ろに人の体はなく、蛇の胴体を長く引きずっています。フルートたちは知りませんでしたが、九嬰(きゅうえい)という名の怪物でした。

 九嬰には頭が九つありました。男や女の顔をしていますが、どれも目は血走り、醜悪な表情をしています。身構えるフルートたちに気がつくと、ふんふん、と匂いをかいで、にんまりと笑います。

「これハこれハ」

「あそこデ光ってイルのは、聖守護石じゃナイか」

「ということは、アレは金ノ石ノ勇者よねェ」

「そうだ。金の石の勇者ダ」

「願い石ヲ持っているとイウ――」

「ソウダ。あいつは願い石を持ってイル」

「アノ勇者を食えば、願い石が手に入ルぞ」

「黒い術師に呼び出されてきたケレド、思いがけない獲物がいたワネ」

「赤い髪の術師を食うより、コッチのほうがいいゾ――」

 たくさんの頭で次々に話し合い、フルートへ目を向けてきます。

 ゼンが顔をしかめました。

「久しぶりの展開だな。こいつら、願い石を狙ってやがるぞ」

 フルートの内側にはどんな願いも一つだけかなえることができる魔石が眠っています。闇の怪物たちはそれを奪おうとして、金の石の勇者を捜し回っているのです。

「来るよ!」

 とメールが叫びました。九嬰が蛇の体をぐうっと縮めて、飛びかかる姿勢をします。

 

 と、一同は思わず目を疑いました。怪物が消えてしまったのです。目の前に暗い森だけが広がっています。

「どこに行きやがった……?」

 とまどってあたりを見回していると、今度はポポロが叫びました。

「いるわ! 後ろよ!」

 怪物はいつの間にか彼らの後ろに回り込み、フルートに襲いかかろうとしていたのでした――。

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