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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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15.墜落

 「ポポロ! ポポロ――!」

 花鳥の上から飛び下りたフルートは、大声で呼び続けました。

 フルートより下の空をポポロが落ちていきます。黒い衣が激しくはためき、赤いお下げ髪がめちゃくちゃに躍っていますが、返事はありません。代わりにフルートの顔や鎧にしぶきが当たって、紅い染みができます。

 フルートは奥歯を音がするほど強くかみしめました。飛んできたのは血しぶきです。前のめりの姿勢になって落ちる速度を上げると、少女がどんどん近づいてきます。

 ポポロは気を失っていました。星のきらめきを抱く衣は、右脇のところが大きく裂け、血に赤く染まっています。フルートは必死でそれを追いかけました。空中で追いつき、捕まえて腕の中に抱きしめます。

「ポポロ!!」

 やはり返事はありません。フルートは胸あての上で狂ったように動き回るペンダントをつかむと、金の石を押し当てました。ポポロ、死ぬな! と強く念じます。

 すると、ポポロが目を開けました。自分が猛スピードで空を落ちているのでびっくりします。

「あ、あたし……?」

 フルートは堅く少女を抱きしめました。空中で確かめることはできませんが、傷はもう跡形もなく消えているはずです。

 

 ところが、とたんにポポロが叫びました。

「フルート! 後ろ!」

 はっと振り向くと、彼らのすぐ後ろに翼竜が来ていました。黒い服の小男がその背に立って、何かを空に投げます。と、空中に大きなオオカミが現れました。牙をむいて襲いかかってきます。

 フルートは、とっさに体でポポロをかばいました。オオカミがフルートの肩にかみつき、ギャンと悲鳴を上げて飛びのきます。頑丈な鎧に、牙のほうが残らず折れてしまったのです。次の瞬間にはオオカミそのものが煙のように消えてしまいます。

 小男がまた呪文と共に何かを投げました。それは呪符でした。今度は光の弾に変わって飛んできます。

 するとポポロが右手を伸ばしました。鋭く一言叫びます。

「セエカ!」

 とたんに、空中で光が炸裂しました。粉々になった光のかけらが四方八方に飛び散り、翼竜にもフルートたちにも飛んできます。竜はあわてて上空に離れ、フルートはまた体でポポロを守りました。

 

 頭上で翼竜がまた向きを変えていました。黒い魔法使いが三度目の攻撃を繰り出そうとします。フルートはポポロをいっそう強く抱きました。彼女はもう二度の魔法を使い切ってしまいました。こうしている間も彼らはどんどん落ち続け、地上はすぐ下まで迫っています。魔法攻撃を食らっても、このまま地上へ落ちても、どちらにしてもフルートたちは助かりません。

 ところがそこへ、さらに上空から白い矢が飛んできました。小男が握る呪符を貫いて破ってしまいます。花鳥が彼らに向かって急降下していました。鳥の背中でゼンが百発百中の弓矢を構えています。

 ちっ、と魔法使いは舌打ちしました。次の瞬間には竜と共に消えていきます。

 花鳥の上からメールが叫びました。

「花たち、お行き!」

 ざぁっと花鳥の体が一回り小さくなり、崩れた花がフルートとポポロへ飛んできました。花の網を広げて落ちてくる二人を受け止めます。あともう数メートルで地面に激突という場所でした――。

 

 花の網がゆっくりと地面に落ちて、地面に根を下ろしました。フルートとポポロが花畑の真ん中に立ちます。そこへ花鳥が舞い下りてきました。やはり花に戻って、ゼンとメールを地上に降ろします。小犬の竜子帝は地面に足がついたとたん、へたへたとその場に座り込んでしまいました。生まれて初めて経験した急降下に、腰が抜けてしまったのです。

 ゼンとメールがフルートたちに駆け寄りました。

「大丈夫か!?」

「ポポロ、怪我は!?」

「だ、大丈夫よ……」

 とポポロが答えて、服の裂け目をあわてて引き寄せました。そこからのぞく白い肌に、傷はもうありません。

「この服は魔法の服だから、とっさに槍の攻撃から守ってくれたの。だから、かすり傷ですんだし、それも、金の石が治してくれたわ……。心配かけてごめんなさい」

「でも、服が破けちゃったね。繕えば大丈夫かな?」

 とフルートが心配そうに言いました。星空の衣はポポロを魔法から守ってくれる大事な防具なのです。すると、ポポロが微笑しました。

「それも大丈夫。しばらくすれば自然と元に戻るわ……」

 一同はようやくほっとしました。改めて頭上を見上げましたが、晴れた空にもう竜や男の姿はありませんでした。

 

 フルートは腕組みしました。

「あの魔法使いは黒い服を着ていた。あれがポチと竜子帝を魔法で入れ替えた術師に違いないな。また竜子帝を狙ってきたんだ」

「後を追ってきたのか? 見たことのない竜に乗ってやがったよな。ひょっとして、あれが神竜とかいうやつか?」

 とゼンが言うと、竜子帝が答えました。

「違う。あれは飛竜だ」

 ようやく落ち着いてきて、口がきけるようになったのです。

 飛竜? と首をかしげたゼンとメールに、フルートが説明しました。

「戦闘用の竜だよ。ワイバーンとも言う。中央大陸では、サータマン国が大規模な飛竜部隊を持っていて、赤いドワーフの戦いの時には、ロムド城や王都ディーラを空から攻撃してきたんだ。このユラサイにも飛竜がいたんだな」

 すると、竜子帝がまた言いました。

「飛竜はもともとユラサイの生き物だ。大昔から、戦闘だけでなく皇族や貴族の乗り物としても使われてきた。飼うのが非常に難しくて、特に繁殖は竜仙郷の住人にしかできない」

「竜仙郷? 俺たちがこれから行くところじゃねえか。おい、あの黒い魔法使いが竜仙郷のヤツだとか言うんじゃねえだろうな?」

 ゼンが当てずっぽうで鋭いところを突きますが、このときのフルートたちは、まだそこまでの確信を持つことはできませんでした。

「そうとは限らないだろう……。竜仙郷では飛竜を育てて売るのが仕事なんだろうから。サータマン国王も、きっと竜仙郷から飛竜を買っていたんだ。同じように飛竜を買って使っている奴は大勢いるさ」

 とフルートが言います。

 

 彼らは荒れ地に立っていました。ところどころで草が人の背丈ほども伸びていて、その合間を埋めるように、花鳥から元に戻った花たちが咲いています。それを見回しながら、メールが言いました。

「ねえ、どうする? もう一度花鳥を作るかい? このままここでぐずぐずしてると、またあの黒い魔法使いが戻ってくるかもしれないだろ」

「いや、花鳥は目につくからまずいな。地上を行くほうがいい。花で馬を作ってくれ」

 とフルートが答えたので、メールは、あいよ、と返事をして両手を上げました。たちまち草原中の花が空を飛んで集まり、色とりどりの大きな馬に変わります。馬の首元には花でできた籠まであります。

 フルートたちは竜子帝を籠へ入れると、花馬の背中にまたがりました。全員が充分乗れるほど大きな馬ですが、その分背が高くて、小柄なポポロには届きません。フルートに手を貸してもらって、ようやく上がります。

 ポポロの後ろに飛び乗ったフルートが、全員に声をかけました。

「行くぞ。目的地は竜仙郷。人目につかない場所を通って行く。また竜子帝を狙われるかもしれないから、警戒していくぞ」

 おう、と全員が返事をしました。メールの合図を受けて、花馬が風のように駆け出します。

 

 花の籠の中で揺られながら、竜子帝は後ろを向いていました。見つめていたのはポポロとフルートです。遠いまなざしで行く手を見ているポポロを、後ろに座るフルートが体で支えていました。ポポロのほうも安心しきってその胸に寄りかかっています。自然で全面的な信頼の姿です。

「そういうことか」

 犬になった皇帝は、いまいましそうにつぶやくと、籠の中で体を丸めて、それきり顔を出さなくなりました――。

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