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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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14.犬と少年

 朝食の後、ポチとルルは昨日と同じ礼拝堂に案内されました。後見役のハンが、僧侶たちと一緒に部屋の安全を確認してから、ポチに頭を下げます。

「危険はございません、竜子帝。どうぞ儀式にお移りください。我々はすぐ隣に控えておりますので」

 前日、ポチの食事に毒が盛られてから、社殿の警備はいっそう厳しくなっていました。警備兵や魔法使いが建物や敷地の至るところにいて、敵から皇帝を守ろうとしています。けれども、降竜の儀は皇帝にしか執り行えないので、皇帝以外の者は礼拝堂にいることができないのでした。

 ただ、ポチやハンを毒から救ったルルだけは、ポチと一緒にいることが許されました。ハンがルルにかがみ込んで声をかけます。

「竜子帝をしっかり守るのだぞ……。帝のお命を狙う連中は多い。決して油断するな」

 犬を相手に真剣に言います。隣に立つ竜子帝にも聞かせているのです。

 ルルは首をかしげ、ハンを見上げて、ワン、と鳴きました。おお、と後見役は顔をほころばせると、ルルの頭を撫でてから礼拝堂を出て行きました。僧侶や警備兵たちも一緒です。入口の扉が閉じられ、部屋にはポチとルルだけが残ります――。

 

「やっと話ができるようになった」

 とポチがほっとしたように言いました。夜寝ている間も食事の時も、ポチのそばには必ず誰かがいたので、ずっとルルと話せずにいたのです。

 ルルが口を開きました。

「そうね。外には警備兵が立っているけど、私たちの話は聞こえないはずよ。まあ、あなたは儀式をやらなくちゃいけないんでしょうけどね」

「儀式なんてわかりませんよ。どうやるんだろう?」

 とポチは首をひねりました。降竜の儀というからには竜を呼ぶのでしょうし、祭壇の奥には白い竜の絵も掲げてありますが、そこで何をどうすればいいのかは、まったく見当がつきません。

 すると、ルルが笑いました。

「冗談よ。馬鹿ね……。あなたは本物の竜子帝じゃないんですもの、竜なんか呼べるわけないじゃない。ただ、儀式の間、誰ものぞきに来ないのは好都合よね」

 ポチも笑顔になると、ルルの隣に座りました。茶色の毛並みに銀毛が混じる美しい姿を見ながら言います。

「体調はもう大丈夫ですか? 気分は悪くない?」

「大丈夫よ。毒は全然残っていないわ。あのラクって人は、かなり優秀な魔法使いのようね」

「でも、本当にびっくりした……。ルルはただ料理をくわえただけだったのに、それで死にかけたんですからね。ものすごく強力な毒だったんだ。ぼくも犬だったらすぐ気がついたんだろうけど、この体だったから――」

 昨夜の事件を思い出して、ポチはまた震え出していました。もうちょっとでルルが死ぬところだったのだと思うと、自分が死ぬことより恐ろしく感じられます。

 すると、ルルがぺろりとポチの顔をなめました。

「いつまでも気にしないのよ。こうして私は無事でいるんですもの」

「うん……」

 それでもポチはルルを見つめています。

 

 すると、ルルが話題を変えました。

「ねえ、竜子帝の命を狙っているのは誰なのかしらね。さっきのハンの口ぶりからすると、一人や二人じゃないみたいだけれど」

「半年前に先代の皇帝が亡くなって、この竜子帝が即位したみたいだから、きっと皇位がらみの陰謀でしょうね。他に皇帝になりたい人がいて、竜子帝が邪魔だから殺そうとしているんだ」

 とポチは言いました。

「嫌な話よね。つまりそれって、皇位を継ぐことができる身内が犯人ってことになるんでしょう?」

「そうですね。竜子帝には年上の兄弟が何人もいたらしいけれど、みんな先代が亡くなるより先に死んでしまったって言うから、それこそ、暗殺されたのかもしれない。だとすると、竜子帝の叔父さんとか叔母さんが怪しいってことになりますね。先代のきょうだいにあたる人たちです。竜子帝さえ死ねば、皇帝の座が自分たちに回ってくるから」

「ほんと、嫌な話! 人間って、どうしてみんなそんなに王様や皇帝になりたいのかしら?」

「他の人より優れたいからでしょうね……。自分は特別だと感じていたいんだ。で、誰からもそれを認めてもらいたいんだろうな」

 見た目は人間の少年でも、中に入っているのは犬のポチです。観察と分析はできても、実感でそのあたりを理解することはできないので、憶測の言い方になります。

 ルルはあきれたように頭を振りました。

「何言ってるのよ。私たちはみんな、最初から特別じゃない。顔も姿形も性格も能力も、誰一人として同じじゃないんだもの――。例えばフルートたちを考えてごらんなさいよ。フルートは金の石の勇者だし、ゼンは力が強いし、メールは花が使えるし、ポポロは魔法が強力。あなたや私もそうよね、ポチ。あなたは動物のことばがわかって、人の感情が匂いでわかる。私にはそれはできないけれど、代わりに風の刃が使える。みんな全然違うから、比べることはできないし、誰が一番いいなんてことも言えないはずよ」

「それはその通りなんだけど……ぼくたちにとってはあたりまえでも、人間たちは、なかなかそうは考えられないんですよ。人間って、そのあたりがわかってない人が本当に多いから。自分の狭い価値観に縛られて、その中だけで偉いとか偉くないとか言い合ってばかりいるんです」

「そして、そのあげくに、親戚や仲間同士で殺し合いをしたりするわけ? ほんと、馬鹿みたいね!」

 天空の国の雌犬が言い切ります。

 

 話がとぎれました。

 ポチは床の上に腹ばいになりました。ついつい、両腕の上に頭をのせて体を少し丸め、犬の頃と同じような姿勢を取ってしまいます。すると、そこに寄り添うように、ルルも横になりました。つややかな毛並みをポチの体にすり寄せて言います。

「気をつけるのよ、ポチ。そんな馬鹿馬鹿しい争いごとに巻き込まれて、あなたまで死んでしまったら大変なんだから」

 ルル、とポチは言って、あわてて顔を腕の上に伏せました。ルルの思いやりが嬉しくて、つい涙ぐんでしまったのです。怒りん坊で口やかましくても、本当はとても優しいルルです……。

 

 祭壇の脇で蝋燭が燃えていました。礼拝堂に窓はないので、蝋燭が燃えて短くなっていく様子だけが、時間の経過を知らせます。

 揺らめく炎を眺めながら、ポチはつぶやくように言いました。

「フルートたちはどうしたかなぁ。もう竜仙郷についたかしら?」

「ポポロに聞いてみましょうか? 今日は、夜明け前に話したきりだから、そろそろ様子を聞いてもいい頃だわ」

 とルルが立ち上がりました。何もない空間に向かって呼びかけます。

「ポポロ――ポポロ」

 どんなに遠く離れていても、ポポロは仲間たちの声を聞くことができます。しかも、ルルとポポロは小さな頃から姉妹のようにして育ってきたので、結びつきはとても強力です。呼べば、声は絶対に届きます。

 ところが、ポポロからの返事がありませんでした。ルルは首をかしげ、もう一度呼びかけました。

「ポポロ。どうしたの、ポポロ?」

 やはり答えはありません。

 ポチは床から起き上がりました。

「妨害ですか? 心話をさえぎられているの?」

 ルルは頭を振りました。

「ううん、そんな気配はないわ。変ね。まだ朝だから、ポポロが寝ているってこともないと思うんだけど……」

 ルルがまた首をひねった、まさにその瞬間、遠く離れた空では花鳥が黒い術師に襲われ、魔法の槍で貫かれていました。巻き込まれたポポロが空へ投げ出され、後を追ってフルートが飛び下ります。

 けれども、ルルとポチにはそれを知ることができませんでした。ただ、何故だか急に漠然とした不安に襲われて、互いの顔を見合わせてしまいました――。

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