山の中の森では、フルートたちが夕食を始めていました。
ゼンが火をおこし、塩漬け肉や野草でスープを作って、昼に焼いたパンの残りと一緒に全員に配ってくれます。ポチの体に入っている竜子帝の前にも、木の器が置かれました。スープにパンが浸してあります。
それをまじまじと見て、竜子帝が言いました。
「これはなんだ?」
「なんだって、見りゃわかるだろうが。飯だよ」
とゼンが答えます。
「だが、おまえは草を入れていただろう。朕に雑草を食べろと言うのか」
「ちゃんと食用の草を選んでらぁ。全員が同じものを食うんだ。毒なんか入ってねえよ」
ゼンが機嫌の悪い声になってきたので、フルートがあわてて口をはさみました。
「竜子帝、ゼンの料理はおいしいんですよ。野外料理の達人なんだから。食べてみてください」
けれども、小犬の皇帝は食事から顔をそむけると、一行から離れてしまいました。腹が減っても知らねえぞ! とゼンがどなりますが、知らん顔です。
フルートは溜息をひとつつくと、食事を始めました。メールやポポロ、ゼンもすぐに食べ始めます。そうしながら、彼らはまた話し始めました。
「さっきの続きになるけれど、竜子帝は誰かに命を狙われている。誰のしわざか確かめなくては、危険で竜子帝を元には戻せないよ」
とフルートが言うと、メールが首をかしげました。
「まずポチたちを助け出して、元に戻したほうがいいんじゃないのかい? いくらポチでも、そんなに長い間身代わりはやれないだろ。元に戻った竜子帝のほうを守ればいいんだからさ」
「ぼくらを竜子帝の護衛にしてもらえるならね」
とフルートは苦笑しながら言いました。
「思い出せよ。ぼくらは寺院に突入して、大暴れしてポチを取り戻したんだぞ。実際にはポチじゃなく竜子帝だったわけだけどさ。いくらわけを話したって、ぼくらのほうが悪者にされて捕まってしまうさ」
すると、そっぽを向いていた皇帝が急に振り向いて言いました。
「朕を今すぐ社殿に戻せ! あそこには術師のラクがいる。朕を元に戻せるし、敵からも必ず守ってくれるだろう。おまえたちの助けなど必要ない!」
「それはできません」
とフルートは答えました。
「敵は守りを固めていた社殿に侵入してきています。かなり強力な魔法使いなんです。おそらく、そのラクという人だけでは力が及ばないはずだ」
「ラクは長年宮中に仕えている術師だぞ!」
と竜子帝がむきになると、ゼンが肩をすくめました。
「じゃあ、なんであんたは犬の姿になってるんだよ? 世の中を甘く見るな。世界には上には上がいるし、人の力を越えるような魔法を使うヤツだって大勢いるんだからな」
ゼンとしては最大限穏やかに言い聞かせていたのですが、竜子帝は腹を立てました。ぱっと立ち上がり、牙をむいて言い返します。
「偉そうな口をきくな! おまえたちは朕より年下ではないか! 金の石の勇者か何か知らぬが、年下に説教されるほど朕は落ちぶれてはいないぞ!」
フルートたちは夕食ができるまでの間に、自分たちのことを竜子帝にざっと聞かせていました。その時に、自分たちが竜子帝より少し年下だということも話していたのです。
メールがあきれて言いました。
「歳がなんだっていうのさ。大事なことはそんなもので決まりゃしないだろ。問題は、このままあんたが元に戻れば、やっぱりまた命を狙われるってことなんだから」
「朕の家来たちはそんな無能者ではない!」
と竜子帝がまた言い返します。
その時、ポポロが鋭く息を飲みました。社殿にいるルルが話しかけてきたので、低い声でやりとりをしていたのです。顔色を変えてフルートたちに言います。
「ポチが食事中に毒を盛られたらしいわ! ポチとハンって人が、もう少しで毒を口にするところだったって!」
フルートたちは、ぎょっとしました。
「ったく! 人間ってやつはすぐにこれだ。おい、皇帝、ずいぶんと有能な家来たちだな!」
とゼンが皮肉たっぷりに言いましたが、竜子帝は聞いていませんでした。全身の毛を逆立てて言います。
「ハンは!? ハンは無事なのか!?」
その真剣な声に、フルートたちは、おや、と思いました。
「大丈夫よ。ルルが気がついて、寸前で防いだんですって」
とポポロが答えると、小犬の皇帝は心底ほっとした様子になりました。
フルートは尋ねました。
「ハンというのは誰ですか?」
「朕の後見役だ。――朕は、皇帝になる以前は、宮廷よりハンの家で過ごす時間のほうが長かった」
ふぅん、と一同は納得しました。そういう人物を竜子帝が心配したことを、なんとなく嬉しく感じます。
ポポロはまだルルと話し続けていました。ルルの声はポポロにしか聞こえません。時々話を中断して、内容を仲間たちに伝えます。
「食事に毒を入れた給仕は、発見された後で自殺したんですって。どうやら心縛りの術をかけられていたみたい……。本当の犯人を捜しているけれど、まだわからないらしいわ」
それを聞いてフルートは考え込みました。
「やっぱり竜子帝を戻すのは危険だな。敵のほうが守る人たちより上手なんだ。なんとかして犯人を突き止めなくちゃいけない」
「ポチは他のヤツの気持ちが匂いでわかるだろうが。それで犯人を見つけられねえのかよ?」
とゼンが言ったので、フルートは首を振りました。
「それは無理だ。ポチは、前に人間にされたときにも、感情がかぎわけられなくなっていた。今回もきっと同じだよ」
「ここにユギルさんがいればなぁ。占いであっという間に犯人を見つけてもらえるのにさ」
とメールが溜息をつきます。銀髪に色違いの瞳の占者はロムド城にいます。このユラサイからはあまりにも遠くて、連絡の取りようがありません。
すると、竜子帝が言いました。
「優秀な占者ならユラサイにもいる……。竜仙郷の占神だ」
「せんしん? 何者さ、それ?」
とメールが聞き返します。
「占いが非常によく当たるので、占いの神と呼ばれている人物だ。朕はまだ会ったことがないが、先代の帝にも先々代にもその前の代の帝にも現れて、大きな戦や天災を知らせてくれた」
「そんな昔から? その占神って人、いったい何歳なのさ?」
「それは朕も知らぬ。二百年以上も前から竜仙郷に住んでいて、いくら歴代の帝が要請しても、決して宮廷に仕えようとはしないのだ。いつも突然飛竜に乗ってやってきて、占いを告げてまた竜仙郷に戻っていく。そして、その占いは必ず当たるのだ」
へぇ、と一同は感心しました。その話が本当ならば、ユギルに匹敵するような占者がユラサイにもいたことになります。
フルートはさらに考えながら言いました。
「年齢からすると、その人物はエルフなのかもしれないな……。白い石の丘のエルフや、ヒムカシの天狗さんたちのように、人里離れて暮らしているのかもしれない。エルフたちは人間より長生きだし、魔法や占いの力もあるからね」
「ああ。そういやヒムカシのオシラさんたちは、占いが得意だったな」
とゼンも言います。
「どうするの?」
とポポロが尋ねたので、フルートは答えました。
「大変だろうけど、ポチにはもうしばらく竜子帝の代理をしてもらおう。ルルにはポチを守ってもらう。ぼくらは竜仙郷というところに行って、占神に会ってみよう。竜子帝の命を狙っているのが誰かを突き止めるんだ」
それを聞いて竜子帝は驚きました。
「竜仙郷に行くというのか!? 彼(か)の地は遠いぞ! しかも険しい山々に囲まれた中にあって、人の脚でも馬でも行くことはできない。飛竜がいなければたどり着けないのだ!」
「そんなの大丈夫だって。あたいの花鳥ならひとっ飛びだからね。竜がいいって言うなら、花竜だって作ってあげるよ」
とメールが竜子帝の心配を笑い飛ばします。
「よし。ポポロ、ルルたちに計画を伝えてくれ」
とフルートに言われて、ポポロがまた遠い場所のルルと話を始めます。
すると、ゼンが言いました。
「おい、そうと決まったら飯を食えよ。腹が減っていたら、竜仙郷までたどりつけねえぞ」
とたんに竜子帝は不愉快そうに鼻にしわを寄せました。
「いらぬと言っている! いくら犬になっていても、そんなゴミのようなものを食せるか!」
また顔をそむけて、一行から離れた場所へ行ってしまいます。
「この贅沢野郎が! ぶっ倒れたって知らねえからな!」
ゼンがいくらどなっても、意固地に聞こえないふりを続けます。このユラサイの皇帝は、なかなか手強そうでした――。