「このまま皇帝のふりをしているだなんて、本当に大丈夫なの、ポチ?」
とルルはポチに尋ねました。
社殿の礼拝堂の中です。ポチは首をかしげました。姿形は人間の少年ですが、しぐさが小犬のポチを連想させます。
「やってみるしかないですよ。フルートもそうしろって言ってきたし」
「でも、さっきのあの人たちの反応を見たでしょう? あなたが本物の皇帝じゃないってばれたら、寄ってたかってあなたをひどい目に遭わせるわよ」
「きっと大丈夫ですよ。だって、この体そのものは、本当に竜子帝なんだもの」
相変わらず落ち着き払っているポチに、ルルは違和感を覚えました。姿が人間になっただけでなく、どこかで何かが変わってしまったような気がします。
目の前で黒檀の台に腰を下ろしているのは、背の高い少年でした。仲間の中で一番背が高いメールより、もっと長身かもしれません。金の刺繍を施した青い服は分厚い絹でできていて、少年の細い体を立派に飾っています。そんな姿が、妙にしっくりして見えて、ルルはなんとも落ち着かない気持ちになってきました。これは本当にポチのなのかしら……と心の中で考えてしまいます。
すると、少年が言いました。
「ルルこそ、正体がばれないように気をつけてくださいね。天空の国と違って、地上の人間たちはもの言う獣をすごく嫌います。闇の怪物と見分けがつかないんです。もの言う犬だとわかったら、殺されるかもしれませんよ」
声は違っていても、言い方がポチでした。ルルは不安を覚えた自分が恥ずかしくなって、つんと顔をそらしました。
「わかってるわよ、それくらい。相変わらず生意気ね、ポチ」
「すみません」
とポチが苦笑しながら謝ります。
その時、ルルはふとまた何とも言えない気持ちになりました。今度は懐かしさです。最近、ポチはずっとルルを避けるようにしていて、あまり話しかけてきませんでした。こんなふうに二人で長く話をするのは、とても久しぶりの気がします――。
そこへ扉が開いて、外から数人の男たちが入ってきました。先頭は後見役のハン、黄色い服を着た術師のラクや、紫の衣の大僧正も一緒にいます。
すると、大僧正がポチを見て目をむきました。すっ飛んできて叫びます。
「な、な、何ということを、竜子帝! そこは神聖な祭壇ですぞ! 祭壇に腰を下ろすとは何事です!!」
ポチは飛び上がりました。黒檀の台には何も載っていなかったので、ベンチだと勘違いしていたのです。すみません、と思わず言います。
大僧正は祭壇の前にひざまずき、自分の衣の袖でなんどもぬぐってから、奥の壁に掲げた竜の絵へ手を合わせました。頭を下げて必死に言います。
「神竜よ、度重なる帝の無礼をお許しください。帝はまだ子どもであられます。なにとぞ怒りを収め、帝や国の上に天の罰をお下しになりませんように――」
ポチも急いで大僧正にならいました。ひざまずき、左右の手を合わせて、祭壇へ深々と頭を下げます。その様子に後見役のハンが驚きました。
「竜子帝が神竜を拝された……!」
大僧正もポチを振り向き、びっくりして言いました。
「それでよろしいのです、帝! それでよろしゅうございます! 神竜はきっとお許しくださるでしょう!」
あら、この皇帝はあんまり信心深くなかったのね、とルルは考えました。おかげで、ポチの失態は目立たなかったようです――。
また立ち上がったポチに、ハンが言いました。
「まもなく日が暮れようとしています。今日は本当に思いがけない出来事ばかりで、さぞお疲れになったことでしょう。今日の儀式はここまでにして、夕餉(ゆうげ)をお召し上がりください」
すると、ポチがハンをじっと見ました。なんでございますか? と男がとまどうと、こう言います。
「あなたは本当に竜子帝を心配しているみたいだ。忠臣なんですね」
ちょっと、ポチ! とルルは心の中で叫びました。本物の皇帝ならばハンのことをよく知っているのですから、こんな言い方はしないはずです。
ハンも驚いた顔をしていました。
「それは当然でございましょう……。私は竜子帝を幼少の時分から存じ上げております。先帝から後見役も任されました。あなたを守り、立派な皇帝となるまでお育てするのが、私の務めでございますから――」
そこまで言って、ハンは急に心配そうな表情になりました。竜子帝は、誰かに教えられたり諭されたりするのが大嫌いです。皇帝の座についてからは、それがいっそう激しくなって、誰の言うことも聞かなくなってしまいました。竜子帝がハンの答えに気分を害して、また猛烈に怒り出すのではないか、と考えたのです。
けれども、少年は落ち着いていました。そう、と言っただけで、後はもう何も言いません。そんな竜子帝の様子に、家臣たちがまた驚きます。
「で、では、どうぞ食堂(じきどう)へ」
と大僧正が呼びかけると、皇帝の少年は素直についていきました。人々が首をひねりながら、皇帝と共に礼拝堂を出ていきます。
「ポチったら……本当に大丈夫なんでしょうね?」
ルルはこっそりそうつぶやくと、人々の足下をすり抜けて、急いでポチを追いかけました――。