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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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8.事実

 「ルルが返事をしたわ!」

 とポポロが言ったので、仲間たちはその周りに駆けつけました。

 そこはもう空の上ではなく、名前もわからない山の中でした。花鳥が舞い下りて地面に根を下ろしたので、森の中は一面の花畑になっています。ポポロはその中に立って、見えないルルと話を始めていました。

「ポチは!? ルルのそばにいるかい!?」

 とフルートが尋ねると、ひとしきりルルとことばを交わしてから、ポポロが答えました。

「ええ、いたわ。やっぱり竜子帝になってしまっているって……。ポチと竜子帝は、体と中身を逆にされてしまったのよ」

 一同の足下には小犬になった竜子帝がいました。ポポロの話を聞いて、ウゥゥとうなり、そんな自分にびっくりして黙り込みます。咽から出たのが完全な犬の声だったからです。

 

 ポポロはさらにルルとことばを交わすと、仲間たちに言いました。

「ルルとポチは寺院の奥の部屋にいて、外や周りを見張られているんですって。でも、ルルたちの正体が見破られてるわけじゃないらしいわ。何かの儀式の最中で、たくさんの人が皇帝を守っているみたいだって」

「降竜の儀だ。神竜を呼んでいたのだ」

 と竜子帝が言いました。今度は人の声です。

 フルートたちは驚きました。

「竜を呼んでいた? あなたにはそんなことができるんですか?」

「まるでセシルみたいじゃねえか。セシルは竜じゃなく一角獣だったけどよ。王族ってのは、みんなそんなすごい生き物を呼び出せるものなのか?」

「みんながみんなってわけじゃないだろ。オリバンにはそんな力はないし、あたいだって何も呼べないし――。ああ、でも父上たち海の王はウンディーネを呼び出せるね。海と契約を結んでるから」

 すると、竜子帝はひどく不機嫌になりました。

「朕には竜など呼び出せない。朕にそんな力はない」

「なんでだよ? 竜を呼んでたんだろう? それとも、恰好だけの儀式だったのかよ?」

 とゼンが聞き返しましたが、竜子帝は答えません。

 

 ポポロがまた言いました。

「ルルとポチが、これからどうしたらいいか教えてほしい、って言ってるわ……。寺院全体が守護魔法で囲まれてしまったし、魔法使いもいるから、ルルが風の犬になって脱出するのは難しそうなんですって」

 フルートは少し考えると、確かめるように言いました。

「周りの人たちが皇帝を守っている、って言ったよね? ということは、彼らはポチを皇帝だと思っているわけだ。そのままもう少し皇帝のふりをしていられるかな? 事情がまだよくわからないから、竜子帝からもっと話を聞きたいんだ」

 ポポロは目を閉じ、遠い場所にいるルルに話しかけました。まるで低い声でひとりごとを言っているようですが、じきにまた目を開けると言いました。

「なんとかやってみます、ってポチが言っているわ……。ルルは、普通の犬のふりをして、ポチのそばについているって」

 フルートはうなずきました。ゼンとメールが急いで口をはさみます。

「おい、気をつけろよ、ポチ、ルル!」

「そうだよ! 皇帝は誰かに狙われてるようだからね! くれぐれも注意するんだよ!」

 ポポロが二人のことばをルルやポチに伝えます――。

 そんな少年少女たちを、竜子帝が驚いたように見ていました。やがて、ふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らしてつぶやきます。

「たかが犬のために、ずいぶん一生懸命になるもんだな……」

 けれども、そのたかが犬の姿になってしまっているのは、彼でした。

 

 

 ポポロがルルと話し終えると、一行は竜子帝を囲んで地面に座りました。風が吹き渡る森の中に、彼ら以外の人影はありません。フルートが口火を切ります。

「さっきも言ったとおり、ぼくたちはあなたとポチを元に戻します。だけど、ポチたちの話からすると、あなたたちがそんなふうになったのには、何か背景があるみたいだ。竜を呼ぶ儀式をしていたと言ってましたよね? まずそれから話してもらえますか」

 フルートには疑っていることがありました。彼らはここに来る前に、隣のヒムカシの国でデビルドラゴンと戦ってきています。儀式でまた闇の竜が呼び出されて、竜子帝とポチに魔法をかけたのではないか、と考えていたのです。

 すると、竜子帝が答えました。

「降竜の儀とこれは関係がない。朕は儀式などやっていなかったのだから」

「それはどういうものですか?」

 とフルートが重ねて尋ねます。

「さっきも言ったとおり、神竜を呼ぶ儀式だ。ユラサイの皇帝は神竜を呼び出すことができる。必ずその儀式をするわけではないが、皇帝の正当性や力を示すために行われることがある。朕は半年前に皇帝の座についたばかりだ。まだ若いし――叔父上たちに皇帝である証明をして見せろ、と言われて、三日前から社殿にこもっていたのだ」

 それを聞いて、ゼンとメールは顔を見合わせました。

「やっぱりセシルや渦王たちと同じみたいだな」

「だね。王として偉大な生き物と契約を結んでるんだ」

「ゼンたちもそうよ。ドワーフはノームと力を合わせてサラマンドラを呼び出すことができるんだもの」

 とポポロも口をはさみます。

 すると、竜子帝はまた不機嫌そうになりました。ふてくされたように黙り込んで、そっぽを向いてしまいます。

 

 そんな竜子帝にフルートはまた尋ねました。

「あなたはまだ若いと言いましたね。ぼくたちは、あの時、寺院にいた誰が竜子帝なのか判断できませんでした。あなたはおいくつなんですか?」

「十六だ」

 と竜子帝が答えたので、ゼンがあきれました。

「なんだ、俺たちとほとんど同い年かよ! それでもう皇帝なのか?」

 フルートとゼンとメールは十五歳、ポポロはひとつ年下の十四歳です。

 メールも言いました。

「そういや、あの時、ポチのすぐ近くに子どもがいたよね。あれが竜子帝だったんだ。へぇ」

 竜子帝はにらみ返す目になりました。

「先帝には四人の男児があった。朕は五番目だ。兄上たちが次々に亡くなられて、最後に先帝も亡くなった。その時に、先帝は朕に皇位を譲っていったのだ」

 するとフルートが言いました。

「ロムド国王もそうだよ。もっと年上の王位継承者がいたんだけど、次々に病気や事故で亡くなって、今の国王陛下に王位が回ってきたんだ。その時、陛下はわずか十二歳だった。ロムドの敵国が王位継承者を魔法で暗殺したんだと言われている――。ひょっとしたらこのユラサイもそうなんじゃないですか、竜子帝?」

「そうかもしれない。違うかもしれない」

 と竜子帝は曖昧(あいまい)な返事をしました。

「ユラサイを目障りにする国は多い。ユラサイの乗っ取りを企む連中も掃いて捨てるほどいる。だが、一番怪しいのは叔父上たちだ――。朕が正当な皇位継承者ではないと言って、朕を皇帝の座から引きずり下ろそうと企んでいる」

 それを聞いて、ゼンとメールは顔をしかめました。

「ったく。またその話かよ! 人間ってのは本当にそういう奪い合いが好きだな!」

「それで同族同士が殺し合うんだからさ、ほぉんと、馬鹿みたいで話になんないよね」

 ドワーフのゼン、海の民と森の民の血を引くメール。どちらも自然と共に生きる種族なので、権力争いとは無縁なのです。

 

 フルートは考え込みました。

「皇位を狙う親族のしわざ……? でも、それなら、竜子帝を殺す方が手っ取り早いはずだ。どうして、わざわざポチと竜子帝を入れ替えるようなことをしたんだろう?」

 竜子帝が答えます。

「あの黒い術師は、朕を使い物にならないようにしろ、と命じられていたらしい。だが、そばに犬がいるのを見て、考えを変えたのだ。犬になった朕を連れ去ろうとした」

「そうか。犬ならばさらっていってもまず追いかけられない。犬になった竜子帝を別の場所に連れ去って、そこでゆっくり始末するつもりだったんだ」

 フルートの話に、ゼンとメールがまた、やれやれ、と肩をすくめます。

「どうするの、フルート?」

 とポポロが尋ねました。金の兜からのぞく少年の顔は、ひどく真剣です。

「作戦を練らなくちゃいけない……。どうやらこの件にデビルドラゴンは無関係のようだけれど、身近に命を狙う敵がいるなら、竜子帝を元に戻してそれで終わりってわけにはいかないからな。犯人を見つけて捕まえないと、また竜子帝の命が狙われる」

 それを聞いて竜子帝は驚きました。

「朕を助けるために犯人を捜し出すと言うのか! 何故!?」

 すると、ゼンが変な顔をしました。

「何そんなに驚いてやがる。人間に戻っても、すぐにまた魔法をかけられたり殺されたりしたら、どうしようもねえだろうが」

「そ、そうではない――! 何故、朕のためにそこまでする、と聞いているのだ! 

おまえたちは朕の家来ではない。おまえたちの犬を取り戻せたら、それで充分なはずだろう!?」

「だって、放ってはおけないですよ」

 とフルートはあっさり答えると、改めて竜子帝に言いました。

「まだ確かめたいことはいろいろあるけど、竜子帝にもきっと聞きたいことがたくさんありますよね。答えられることなら話します。どうぞ聞いてください」

 聞きたいこと? と犬の姿の皇帝は繰り返すと、小さな頭を精いっぱいそらしました。

「知りたいことなら山ほどある! おまえたちは何者だ!? 金の石の勇者とか言っていたが、それはいったいなんだ!? このユラサイに何をしに来た!? そして――」

 声を張り上げていた竜子帝が急に言いよどみました。疑うようにフルートたちを見直し、低い声になって言います。

「どうして、おまえたちは朕に驚かないのだ? 犬が人のことばをしゃべっているというのに……?」

 フルートたちはまた顔を見合わせました。次の瞬間、全員が大笑いを始めたので、竜子帝は驚いて腹を立てました。

「何故笑う!? 何がそんなにおかしい!?」

 すると、ゼンが答えました。

「その説明は話が長くならぁ。そろそろ日も傾いてきた。続きは飯を食いながらにしようぜ」

 ゼンの提案に、またいっせいに賛成の声を上げたフルートたちでした――。

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