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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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6.小犬

 山の上の寺院を脱出したフルートたちは、花鳥で空を飛んでいました。

 ゼンが後ろを振り向いて言います。

「いいぞ! 連中は追いかけてこねえ!」

 フルートが前方を警戒しながら答えました。

「ポポロに眠りの魔法をかけてもらったからね。彼らには、ぼくたちが一瞬で消えたように見えたはずさ。でも、あそこには魔法使いがいた。まだ油断はできないよ」

「ポチの様子は?」

 とメールが尋ねると、ポポロが首を振りました。

「まだ目を覚まさないわ。気を失ったままよ」

 その膝の上には白い小犬が抱かれています。ゼンは舌打ちしました。

「ったく。いったい何をされたって言うんだよ? あいつら、あんな檻の中にポチを入れて、何をするつもりだったんだ?」

「それはポチに聞いてみないとわからないな……。それよりも、ルルはまだ追いついてこない? ポポロ、ちょっと呼んでみてくれるかい?」

 とフルートは言いました。ポポロがうなずいて目を閉じます。

 

 花鳥は大空を飛び続けていました。翼を打ち合わせるたびに、ばさり、ばさりと羽音がします。無数の花からできていても、本物の鳥のように危なげなく一行を運んでいきます。

 すると、ポポロが目を開けました。両手を頬に当てて言います。

「ルルから返事がないわ……。どうしたのかしら?」

 返事がない? とフルートたちは驚きました。

「やだな。まさか、あそこで捕まったんじゃないだろうね?」

「ルルがかぁ? あんな連中、風の犬になって蹴散らしてくるに決まってるだろうが」

「いいや、わからないよ。それこそ魔法使いがいたんだから。いくら風の犬でも、魔法には捕まってしまうからね。――ポポロ、もう一度あの寺院を見てくれ」

「ええ」

 魔法使いの少女が遠いまなざしで透視を始めたところに、小犬が目を覚ましました。頭を上げて、少年少女たちを見回します。

「あ、やっと目を覚ましたね。大丈夫かい?」

「おい、大変だぞ! ルルが寺院から追いかけて来ねえ! あいつら、いったい何者なんだ!?」

 メールとゼンに口々に言われて、小犬が驚いた顔をします。

 フルートも言いました。

「ポチ、君を助け出すのにポポロは今日の魔法を使い切っちゃったんだ。ルルが捕まっていたら、今度は本当に力ずくでやらなくちゃいけない。風の犬に変身できるかい?」

 ところが、小犬は何も言いませんでした。きょろきょろとせわしく一同を見回し続けます。その様子に、ゼンが不思議そうな顔になりました。

「どうしたんだ? 何そんなにびっくりしてやがる。ルルが捕まったかもしれねえのに、心配じゃねえのかよ?」

 やっぱり小犬は何も言いません。

「ポチ?」

 フルートは小犬を両手で抱き上げました。どこか具合でも悪いのかと考えたのです。とたんに、キャン、と小犬が鳴きました。おびえた声です。その反応に、フルートたちはますます驚きました。

 すると、小犬が言いました。

「こ――ここはどこだ!? 朕はいったいどうしてしまったというのだ――!?」

 悲鳴のような声でした。

 

 一同はあっけにとられました。ゼンが言います。

「朕? なんだそりゃ?」

「昔の王様が自分自身を言うときのことばだよ。だけど――」

 とフルートが言ったとき、小犬が大きく身をよじりました。フルートの手を振り切って花鳥の背中に飛び下り、そのまま駆け出します。

「ちょっと、危ないよ!」

 とメールが言いましたが、小犬は止まりません。鳥の背中を駆け抜け、端まで来て二の足を踏みました。はるか下の方に見える地上の景色に、本物の悲鳴を上げます。

「危ない!」

 と仲間たちは叫びました。飛びのこうとした小犬が花鳥を強く蹴りすぎて、脚の下で花が崩れたのです。とっさにフルートが飛びつきましたが、間に合いませんでした。小犬が花鳥から落ちます。

「馬鹿! 何やってんだ、早く変身しろ!」

 ゼンがポチへどなりますが、風の犬は現れませんでした。小さな体がたちまち墜落していきます。

「変身できないんだよ!」

 とメールが言って、花鳥を急降下させました。小犬に追いつき、追い越して下に回り込むと、フルートが懸命に体をねじって、落ちてくるポチを捕まえます。

 花鳥は翼を大きく広げました。ふわりとまた宙に浮き、羽ばたきと共に前進を始めます。

 

 一同は身を起こしてポチを眺めました。小犬はフルートの腕の中で体を丸め、ぶるぶると震えています。

「ったく。ほんとに、どうしちまったって言うんだよ、ポチ?」

 とゼンがまた尋ねますが、やはり小犬は答えません。フルートは真剣な顔になりました。じっと小犬を見つめて言います。

「これはポチじゃないよ」

 仲間たちは仰天しました。

「ポチじゃないだと!?」

「どうしてさ!? どう見たってポチじゃないか!」

「いいや、違う。見た目はそっくりでも、ポチじゃないよ。……君は誰だ? 本物のポチはどこにいるんだ?」

 フルートの声の奥で鋭さが増しました。小犬を抱く手に力を込めます。悪いものがポチに化けているのなら、逃がさずに退治しようと考えているのです。殺気を感じて小犬が震えるのをやめました。顔を上げ、必死の声で言い返します。

「朕は竜子帝だ――! 何故、朕はこんなところにいるのだ!? こんな犬の姿になっているのは何故だ!?」

 犬の表情は人間とは違います。それでも、ポチとつきあいの長いフルートたちには、小犬が今にも泣きそうになっているのがわかりました。涙を流すことができれば、きっと本当に泣き出していたことでしょう。

 ポポロが言いました。

「これは間違いなくポチの体よ……。中身が別の人と入れ替わっているんだわ。たぶん、あの時ポチのそばにいた誰かと」

 仲間たちはまた仰天しました。ゼンがフルートの手から小犬をひったくってどなります。

「おい、ポチをどうしやがった!? てめえはどこのどいつだ!?」

 激しく揺すぶられて小犬が悲鳴を上げたので、メールがあわてて止めました。

「やめなよ、ゼン! それはポチの体なんだよ! 怪我しちゃうじゃないのさ!」

 

 また震え出し、いっそう泣きそうな顔になった小犬に、フルートは言いました。

「君は誰なんだ? 竜子帝と言ったみたいだけど、それは誰のことだ」

 相変わらず、穏やかさの陰で鋭いものがひらめくフルートの声です。小犬は身をすくませ、必死で話し続けました。

「ち、朕はこの国の皇帝だ! 敵の術にこんな姿に変えられてしまったのだ! そうだ、あの黒い服の術師のしわざだ――!」

「皇帝だとぉ?」

「このユラサイの?」

 ゼンとメールがあっけにとられましたが、フルートは真剣な表情を変えませんでした。すぐにポポロを振り向いて言います。

「ポチはこの国の皇帝と入れ替わって、あそこに残っているんだ。ルルが追いついてこないのも関係あるのかもしれない。寺院を透視して、ルルに呼びかけてみてくれ」

「わかったわ!」

 ポポロがまた遠いまなざしになります。

 

 すると、小犬になった皇帝が言いました。

「お、おまえたちは朕をどうするつもりだ!? 朕はどうなる!? そもそも、おまえたちは何者だ!?」

 フルートは答えました。

「ぼくたちは金の石の勇者の一行です。ポチはぼくたちの大切な仲間だ。まず、あなたに詳しい話を聞かせてもらいます。状況がわからなくてはポチを救出できないから。ポチを助け出したら、あなたとポチを元に戻します。だけど、万が一、ポチにもしものことがあったら――絶対に、あなたたちをただではおきません」

 仲間たちは思わずフルートを見つめました。透視を始めていたポポロさえ、驚いてフルートを見ます。フルートの声には、ぎょっとするほど激しいものがありました。穏やかな顔の中で青い瞳が炎のように燃えています。フルートは本当に腹を立てていたのです。

 小犬は全身の毛を逆立てました。何かを言おうと口を動かしましたが、結局それはことばになりませんでした――。

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