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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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5.乱入

 社殿の礼拝堂に飛び込んできたのが子どもだと気がついて、一同はまた驚きました。金の鎧兜の少年がまた呼びます。

「ポチ! ――ポチ!」

 まだ完全に声変わりがすんでいない声です。

「返事をしないよ!」

 と少女が叫び、青い胸当ての少年もどなりました。

「そこをどけ、こんちくしょう! ポチに何かあったら、てめえら全員ただじゃおかねえからな!!」

 顔つきも背丈も声の調子も間違いなく子どもです。おそらく竜子帝と同じくらいの年頃でしょう。それなのに、彼らは信じられないほど強力でした。鎧の少年が周囲の警備兵を切り伏せ、そこから逃げ出した兵を、胸当ての少年がむんずと捕まえます。よく見れば、鎧の少年は兵士の刀を剣でたたき落としているだけでした。その一撃があまり強烈なので、兵士たちは倒れて武器が持てなくなり、逃げ出したところをもう一人の少年に投げ飛ばされているのです。

 

 そこへもう一人の少女が駆け込んできました。青い上着に白いズボンを着て、赤い髪をお下げに編んでいます。足下には茶色い犬もいます。

「気をつけなさい! 魔法が来るわよ!」

 と少女が言いました。――声が犬のほうからしたような気がして、人々は、まさか、と頭を振りました。お下げの少女が叫んだのに決まっています。

 術師のラクだけは意外な侵入者に驚いていませんでした。術師が自分の姿を変えて年齢や性別を偽るのは、よくあることです。この一行が見た目通りでないことをすぐ見抜くと、呪符を取りだして呪文を唱え始めます。

 とたんに、周囲を飛び回っていた花が向きを変えました。術師の手元に群がり、呪符を引きむしっていきます。床に落ちた呪符を花の茎に穴だらけにされて、ラクは目をむきました。こんな術を見たのは生まれて初めてです。急いで二枚目の呪符を取り出そうとします。

 すると、鎧の少年が後ろを振り向きました。最後に入ってきた少女へ呼びかけます。

「ポポロ!」

「はいっ!」

 と少女が答えました。それが先の少女の声と違っていることに、人々は気がつきませんでした。部屋中を飛び回る花が、いっせいに彼らに襲いかかってきたからです。まるで蜂の群れのように、茎で肌を突き刺してきます。

 後見役は竜子帝をかばって抱き続けました。その胸の中で皇帝の少年がうめきます。術師のラクも花を追い払うのに必死になりました。術を繰り出すことができません。

 お下げの少女がひとこと言いました。

「レムーネ――」

 

 とたんに、人々の目の前から少年少女たちが消えました。うなりを上げて飛び回る花も一瞬で消え失せます。礼拝堂には何もいません。

 人々は驚き、あっけにとられて目をぱちくりさせました。夢だったのだろうか、と考えますが、彼らの肌には花に刺された痕が残っていて、虫に刺されたように痛み続けています。

 すると、皇帝の少年がまたうめきました。後見役の胸の中で息が詰まりそうになっていたのです。後見役はあわててそれを離してのぞき込みました。

「だ、大丈夫でございましたか、竜子帝?」

 少年は返事をしませんでした。茫然とした顔で周囲を見回します。彼らがいる檻の中に小犬はもういませんでした。乱入してきた少年少女たちと一緒に姿を消してしまったのです。

 ところが、警備兵の一人が急に叫びました。

「あんなところに犬がいるぞ!」

 部屋の出口に近い場所に、茶色の長い毛並みの犬が残っていました。一匹だけで立って、こちらを見ています。

「あれは敵の犬だ!」

 と術師のラクが即座に呪符を取り出しました。短く唱えたとたん、呪符が光る糸に変わって、茶色の犬に絡みつきます。犬はキャンと鳴いて逃げ出しましたが、糸が脚にも絡まって倒れてしまいました。そこへ大勢の人間が駆け寄って取り押さえます。

 

 すると、竜子帝が叫びました。

「やめろ!!」

 人々は驚いて振り向きました。皇帝の声がひどく真剣だったからです。後見役が言いました。

「あの犬は敵の正体を知る手がかりでございます。徹底的に調べて――」

「だめだ! さわるな!」

 と皇帝は言って後見役を振り切り、檻から飛び出して犬を奪い取りました。犬は蜘蛛に捕らえられた虫のように、光る糸にがんじがらめにされていました。口にも糸が絡まっているので、ほえることもできなくて、咽の奥でうなり続けています。

 竜子帝は術師のラクに言いました。

「この糸を消して! 今すぐに!」

「それはなりません、帝。敵の犬を自由にすれば、何が起きるか」

 とラクは言いましたが、少年は聞き入れませんでした。先より強い口調で命令します。

「いいから――早く糸を消せ! 大丈夫だ、この犬は悪いものではない!」

 そう言い切る根拠など何もないはずでしたが、皇帝の勅令ではしかたがありません。ラクはしぶしぶまた呪符を取り出し、呪文と共に魔法を発動させました。糸が溶けるように消えていきます。

 

 自由になった犬を竜子帝は抱きしめました。茶色の毛並みの雌犬です。竜子帝の腕の中でもがき、逃げ出そうとします。

 すると、雌犬の顔に顔を寄せて皇帝が言いました。

「静かに。変身しても、しゃべってもだめですよ、ルル――」

 茶色の雌犬は急におとなしくなりました。確かめるように少年を見ます。竜子帝はその耳許に顔を寄せて、いっそう低い声で言いました。

「ぼくです、ルル」

 雌犬はさらに大きく目を見張りました。首をねじってまじまじと少年の顔を見つめます。竜子帝がそれに笑い返しました。なんだか困ったような笑顔です。

「ポチ……?」

 雌犬は信じられないようにつぶやきました。

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