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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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3.社殿

 社殿は山の中腹にありました。

 麓(ふもと)から伸びる長い階段の果てに、朱塗りの建物が建っていて、入口の扉には金の顔料で竜の絵が描かれています。大蛇のように長い姿をしたユラサイの竜です。

 扉をくぐって建物に入ると、いくつもの部屋が並ぶ通路があって、その奥にひときわ広い部屋がありました。大きな黒檀の机の向こう側に色鮮やかな絵が掲げられています。白い竜が、赤や青、緑といった雲の間をぬって空へ駆け上っていく絵です。そこは礼拝堂でした。黒檀の机は祭壇、掲げられた竜の絵は神の象徴です。

 今、祭壇の前に一人の人物がいました。背は高いのですが、まだ少年です。金の刺繍の立派な服を身につけ、大きな袖をまくって、祭壇にかがみ込んでいます。少年はたくさんの木彫りの竜を並べていました。机の端から端まで並べ終わると、体を起こし、自分の仕事のできばえを眺めます。竜はひとつの方向を向いて、綺麗な列を作っています。

「よし」

 と少年はつぶやいて、一番手前の竜を指先で押しました。傾いた竜の像が、次の竜の像を押し倒し、その像がさらに次の像を倒します。像はどれも細長い不安定な形をしていたので、次々に将棋倒しになっていきます。最後の竜の像が向こう端で倒れて祭壇から床に落ちると、少年は歓声を上げました。すべての像が倒れたのです。

 

 すると、その声を聞きつけて二人の人物が飛んできました。髪を短く刈り上げた紫の長衣の男と、白髪頭の男です。紫の衣の男が、倒れている彫刻を見て金切り声を上げます。

「二十四竜神のご神体になんということを――!! し、神罰が下りますぞ!!」

 彫刻に飛びつくようにして拾い上げ、壊れているところがないかどうか確かめます。

 白髪の男のほうは渋い顔で近づいてきて、少年に言いました。

「お戯れもたいがいになさってください、帝。神を恐れぬ行為をしていると、本当に神罰が下りますぞ」

「下るなら下ればいい」

 と少年は答えました。尊大な口調です。

「その時には、朕(ちん)を罰するために神竜が現れるだろう。朕は神竜を呼び出したことになる」

 朕とは、皇帝が自分自身のことを言うときのことばです。この少年は、ユラサイの皇帝の竜子帝でした。

 白髪男は頭を振りました。

「馬鹿なことをおっしゃってはなりません……。神竜が怒ってこの国に被害を及ぼしたら何とします」

「そんなことがあるものか。神竜は朕には決して現れない。なにしろ、朕は先の帝の本当の子どもではないのだからな」

 笑いながら答える少年の声が、急に尖りました。怒りを含んだ声です。

 白髪男は疲れたようにまた頭を振りました。

「帝はすぐにそれをおっしゃる……。そうではございません、と何度申し上げればよろしいのですか? 帝はまことに先の帝のお子であられます。だからこそ、先帝は帝位を――」

「では、何故朕には神竜が現れない!?」

 と少年は鋭く聞き返しました。かみつくような勢いです。

「朕はこの神殿にこもって、すでに三日も呼んでいるのだぞ! だが、神竜はいっこうに現れない! やっぱり朕が皇帝の息子ではない証拠ではないか!」

 すると、拾い集めた神像を抱えて、紫の衣の男が言いました。

「まだたった三日でございますぞ、竜子帝。先帝も竜を呼び出すにはひと月かかりました。帝も一心不乱に祈り続けて竜を呼び続けねばなりません」

 この男は社殿の大僧正でした。皇帝にも諭すように話します。

 少年はそれをはねつけました。

「無駄だ! 神竜など出てくるものか!」

 とりつく島もありません。

 

 そこへ、また別の人物が姿を現しました。黄色い衣を着た男で、同じ色の帽子をかぶり、帽子から下がる布の陰に顔を隠して、目だけをのぞかせています。大僧正がそれを振り向いて顔をしかめました。黄色い衣の男は、部屋の真ん中に煙のように姿を現したのです。魔法のしわざでした。

 少年はたちまち歓声を上げました。

「見つかったのか!?」

「見つかりましてございます、帝。こちらへ運んでまいりました」

 黄色い衣の男がうやうやしく答えます。白髪男はいぶかしい顔をしました。

「見つかったとは、いったい何が?」

 少年がそれに答えました。

「竜だ! 見つけて捕まえてこい、と命じていたのだ。確かに生け捕りにできたのだな!?」

「は。空をつがいで飛んでいるところを見つけて、一匹を捕まえました。火を吐いて反撃してきたので、私めはこれ、この通り――」

 黄色い衣の魔法使いは右手を挙げて見せました。手のひらと指に白い布が巻かれています。

「それは神竜ではありません!」

 と大僧正が叫びました。

「竜はそれ自体が非常に珍しい存在ではありますが、野や山の獣などと同じただの生き物です! 天に棲みユラサイに下ってくる神竜とは、まったく関わりのないものですぞ!」

「人民にはそんなことはわからない」

 と少年皇帝は皮肉っぽく答えました。

「確かに色は違うだろう。野生の竜に白竜はいないからな。だから、竜の全身に白い壁土を塗りたくって白くすればいい。竜は、放てばすぐ空に駆け上っていく。それだけで、朕に呼び出された神竜が、また空に帰っていったように見える」

「人民をあざむくとおっしゃるか――!? 偽物の神竜を飛ばすなど、それこそ神竜の天罰を恐れぬ冒涜(ぼうとく)ですぞ!」

 大僧正がどなり続けますが、少年は平気な顔です。自分の親より年上の相手に言い放ちます。

「この件に関して他言は無用だ。もし一言でも洩らせば、その日のうちに大僧正の葬式と新しい大僧正の就任祝いが開かれることになるぞ」

 大僧正はたちまち顔色を変えました。皇帝の少年は、他言すれば彼を即刻処刑すると言っているのです。大僧正は紫の衣を怒りに震わせ、そのまま何も言わずに礼拝堂から出て行きました。

 

 渋い顔でそれを見送った白髪男が、少年に言いました。

「大僧正を敵に回してはなりませんぞ、竜子帝。そんなことをすれば、大切な味方を失うことになります」

「そんなものは必要ない。朕が今ほしいのは竜だ」

 と少年が答えました。大僧正の怒りも側近の忠告もどこ吹く風です。黄色い衣の魔法使いに言います。

「おまえは竜をここに連れてきたと言ったな。さあ、早く見せろ。どこだ!?」

「こちらでございます」

 魔法使いの声と同時に、礼拝堂の真ん中に巨大な檻(おり)が現れました。一辺が十メートル以上もあって、上から白い布でおおわれています。広い部屋の中がたちまち狭くなって、少年と白髪男が端へ追いやられます。

「これが……?」

 白髪男がまたいぶかしそうな顔になりました。檻の中は静まり返っていたのです。

 すると、魔法使いが話し続けました。

「正確には、これは竜ではございません。だが、非常に竜に似た姿をしているし、なにより、色が白うございます。一瞬ならば誰にも見分けはつきません。神竜の替え玉には絶好でございましょう」

「講釈はもういい。早く見せろと言っているのだ!」

 少年は興奮に頬を染めていました。魔法使いが白い布をつかんで引き落とす様子を見守ります。鉄格子と木でできた檻が現れます。

 

 とたんに、うなり声があがりました。

 ウゥーウウウゥー……!!

 少年も白髪男も魔法使いも、全員があっけにとられて檻を見ました。

 中にいたのは巨大な白い竜ではありませんでした。竜に似た生き物でもありません。片隅で毛を逆立てて、大声でほえ出します。

 ワン! ワンワンワンワンワン!!

 それは全身真っ白な、ただの小犬でした――。

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