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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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2.ことば

 午後になっても天気は良いままでした。

 再び風の犬に乗って飛びたったフルートたちは、快適な気分で空を進み続けていました。風はごうごうと吹き抜けていきますが、夏なのでそれが心地よく感じられます。

「ねえさぁ、これからあたいたちが向かう町って、どんなところなのさ? なんて町?」

 とメールに聞かれて、ポポロが答えました。

「町の名前まではわからないわ。町の様子は見えているし、たぶん町の名前もどこかにあると思うんだけど、あたしには読めないの……。文字が全然違うのよ」

「ワン、この国はユラサイ文字を使ってますからね。ことばは普通に通じるけど、字は読めないんですよ」

 とポチが言います。

 それを聞いて、ふとフルートは首をかしげました。

「それはぼくも学校の授業で教わったけど、どうしてなんだろうね……? 話すことばは同じなのに、文字だけが違うってのは。普通に考えたら、話しことばも文字も同じになりそうな気がするのに」

 すると、ポポロが言いました。

「あたしたちの天空の国でもそうよ。あたしたちが使う文字はフルートたちの文字とは違うの。覚えてる? ずっと以前、風の犬の戦いの時にエスタ城で開けた魔法の扉。あれは天空の国まで続いていたけれど、あの扉に刻まれていたのが、あたしたちの国の文字なのよ」

「ああ、そうだ……何かの模様みたいで、ぼくらには全然読めなかったっけ。不思議だね。話はこうして全然不自由なく通じるのに」

「ワン、北の大地でもそうでしたよ。雪と氷でできたダイトの町で見たのは、全然違う文字だった」

「あたいたち海の民もそうだ。やっぱり、海の民だけが読める文字を使ってるよ」

「俺たちドワーフは、普段は文字を使わねえ……。大事なことは全部、語り伝えるんだ。だから、俺たちには大切なことわざってのが山ほどあるんだけどよ、特別大事なことだけは、石や金属に刻んで残しておくんだ。古代ドワーフ文字って呼ばれてるぜ」

 口々に仲間たちが話すのを聞いて、フルートはまた首をかしげました。文字は国や種族によって違うのに、話だけは世界中どこでも通じるのです。今まで当然のように思ってきましたが、改めて考えれば、とても不思議なことでした。

 

「それって、どうしてなんだろね?」

 とメールが言うと、少し考えてから、ポポロが言いました。

「魔法のしわざかもしれないわ……。強力な魔法が、世界中の話しことばをひとつにしたのかも」

「なんのために?」

 とメールがまた尋ねました。それにはポポロも答えられません。

 代わりに、フルートが考えながら言いました。

「昔、世界は種族を超えてひとつになって、闇の軍勢と戦った……。初代の金の石の勇者と一緒にね。それが何か関係しているのかもしれないな」

 根拠は何もありません。まったくの思いつきで話しているのですが、なんとなく良いところを突いているような気もします。

 すると、ゼンが言いました。

「まあ、理由がなんだったとしても、こうして話は通じるってのはいいよな。話しことばまで違っていたら、俺たちは友だちになれなかったかもしれねえぞ」

 それは確かにその通りでした。お互いの間にことばの壁が存在したら、理解し合うのはなかなか難しかったはずです。そう思うと急に嬉しいような気がしてきて、一同は声を上げて笑い出しました――。

 

 

 ところが、それからほどなく、ポポロが言いました。

「どうしたの、ポチ、ルル? 町はもっと向こうよ。どうしてこっちへ行くの?」

 それまで南下を続けていた二匹の犬たちが、急に向きを変えて、南東へ飛び始めていたのです。

 ポチが困惑したように答えました。

「ワン、まっすぐ飛ぼうとしてるんですよ。なのに、どんどん曲がってきちゃうんだ」

「なんだか変な感じよ。私たちは風なのに、見えない手に引っぱられているみたい」

 とルルも言います。

 フルートはすぐに首の鎖をつかんで、鎧の中から金のペンダントを引き出しました。花と草の透かし彫りが日の光に輝きますが、真ん中の魔石は明滅していません。

「金の石は反応していない――。闇の敵じゃないんだ」

 とフルートは言って周囲を見回しました。空はよく晴れています。敵が迫っている気配はありません。

「あたしも何も感じないわ……どうして?」

 とポポロが言いました。大きな緑の瞳がうるんで、もう泣き出しそうになっています。

 フルートは背中の剣を引き抜いて、親友に呼びかけました。

「ゼン」

「おう!」

 ゼンもたちまち背中から弓を外して矢をつがえます。狙ったものは決して外すことのない魔法の弓矢です。

 

 ポチとルルはさらに見えない力に引き寄せられていきました。頭が完全に東を向いてしまいます。幻のような白い尾が、空に大きく弧を描きます。

「ワン、だめだ!」

 とポチが言いました。どんなに抵抗しても、力を振り切ることができないのです。

「魔法の匂いがするわ。でも、こんな匂い、かいだことがない!」

 とルルが顔をしかめます。

 その時、メールが大声を上げました。

「見なよ、みんな! あれ――!」

 メールが指さす空に、巨大な手が現れていました。黄色味を帯びた肌の、人間の手です。五本の指を広げてつかみかかってきます。

「よけろ!」

 とフルートは叫んで剣を大きく振りました。切っ先から炎の塊が飛び出して、空の手に激突します。フルートは炎の剣を握っていたのです。ゼンも立て続けに矢を放ちました。一本残らず柱のような指に突き刺さります。

 とたんに手が大きく後退しました。熱と痛みに思わず手を引いたような動きです。

「効いてる! こいつ、実体だぞ!」

 とゼンがまた矢を射ようとすると、突然強い風が巻き起こりました。矢を押し返し、さらに風の犬をあおります。フルートたちは振り落とされそうになって、あわててポチとルルにしがみつきました。

 

 すると、巨大な手がまた前進してきました。空に伸びたポチの白い尾をつかみます。

「キャン!」

 ポチは悲鳴を上げました。何もかも素通りさせるはずの風の体が、がっちりと手に握られてしまったのです。逃げることができません。

「ポチ!」

 フルートは振り向いてまた炎の弾を撃ち出しました。ゼンもルルの上から矢を放ちます。

 また手が後退しました。今度はポチをつかんだままです。勢いよく引かれた反動で、乗っていたフルートとポポロが空に投げ出されます。

「危ない!」

 ルルは急降下して、背中に二人を拾い上げました。そこからまた転げ落ちそうになったポポロを、フルートがとっさに抱き支えます。

 ところが、今度はルルが空から落ち始めました。背中に四人も乗せたので、重くて飛べなくなってしまったのです。

「お、お――ルル――!?」

「ちょっと、ルル、がんばりなよ!」

 ゼンとメールが叫びますが、落下は止まりません。

 フルートは歯を食いしばって下を見ました。緑におおわれた山々がものすごい勢いで迫ってきます。このままでは地上に激突です。

 

 すると、フルートの腕の中でポポロが言いました。

「レタキーヨナハラカマーヤ!」

 魔法の呪文です。とたんに、山の真ん中で渦が湧き起こりました。竜巻のように空へ伸びてきます。

「花だ!」

 とメールが歓声を上げました。山に咲く花が風に巻き上げられて来たのです。メールはすぐさま両手をかざして呼びかけました。

「おいで、花たち! ルルとあたいたちを止めておくれ!」

 メールは花使いです。たちまち花が渦を離れ、生き物のように飛んできて、落ちるルルと少年少女たちを受け止めます。

 そのとたん、ルルは犬の姿に戻ってしまいました。疲れて変身していることができなくなったのです。花の網の上にへたばって舌を出し、ぜいぜいとあえぎます。危機一髪でした。

 

 やれやれ、と一同が思わず安堵したとき、今度はフルートの声が響きました。

「ポチ! どこだ!?」

 一同は、はっとして上を見ました。

 彼らの頭上には青空が広がっていました。巨大な手は消えてしまっています。その手に捕まっていたポチが、どこにも見当たりません。

「ポチ! ポチ!! ポチ――!?」

 仲間たちは大声で呼び、空や周囲を探し続けましたが、風の犬も白い小犬も、見つけることはできませんでした。

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