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第14巻「竜の棲む国の戦い」

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第1章 ユラサイ

1.ユラサイ

 「おい、本当にここがユラサイなのか? どこまで行っても山ばかりじゃねえかよ」

 空を飛ぶルルの背中で、ゼンがぶつぶつ言っていました。がっしりした体に青い胸当てをつけ、弓矢を背負った少年です。

 その後ろに乗っていたメールも、地上を見ながら言いました。

「ホント、一面緑だよねぇ。家もほとんど見かけないしさ。ユラサイには大きな町はないわけ?」

 色とりどりの袖無しシャツにうろこ模様の半ズボン、緑の髪を後ろで束ねて、少年のような恰好をしていますが、その顔は驚くほど美人です。

 すると、並んで空を飛んでいたポチが笑いました。

「ワン、まさか。ちゃんとありますよ。ユラサイはとても広い国なんです」

 ポチは普段は白い小犬ですが、今は変身して巨大な風の犬になっていました。犬の頭と前足に大蛇のような胴体の風の獣です。半ば透き通った白い体は長々と伸びて、やがて青空の中に見えなくなっていました。

 同様に風の犬になったルルが口をはさみます。

「広いって言っても、ちょっと桁が違うんじゃないの? ヒムカシの国から海を越えて来て、もう丸一日以上陸の上を飛んでるのに、まだ町が見えないだなんて。ねえ、ポポロ、あなたの魔法使いの目で町は見えないの?」

 聞かれて、ポチに乗っていた赤いお下げの少女が首を振りました。

「見えてるけど、まだ着かないわ……。このまま、あと半日くらい飛ばないと」

 すると、ポポロの前に座っていたフルートも言いました。

「ぼくらはわざと人の住んでいなさそうな場所の上を飛んでるんだよ。風の犬の姿を見られたら、きっと大騒ぎになるからね。町はもうポポロに見つけてもらってある。近くまで行ったら地上に下りて、その先は歩いて行こう」

 金の鎧兜で身を包み、剣を二本も背負って勇ましい恰好のフルートですが、その顔は少女のように優しげです。

 

 この少年少女と犬たちが、金の石の勇者の一行でした。人間の血を引くドワーフのゼン、海の王と森の姫の娘のメール、もの言う犬のポチとルル、天空の国の魔法使いのポポロ、そして、金の石と呼ばれる魔石を持つフルート。彼らは世界を闇から救う勇者たちなのですが、とてもそんな偉大な一行には見えません。今も賑やかに話し続けています。

「あと半日だぁ? んなにかかるのかよ!? おい、下りろ下りろ、ルル! 腹が減った、飯にしようぜ!」

 大声で言うゼンに、ルルが聞き返しました。

「下りるってどこによ? 下は見渡す限り山と森よ」

「馬鹿言え、だからいいんだろうが。昼飯を捕まえてやらぁ。獲物のいそうなところに下りろ」

 ゼンは一流の猟師です。自信満々な口調に、メールが笑います。

「あんた、すごく生き生きしてるよ、ゼン。あんたにはやっぱり海より山のほうが合ってるんだねぇ」

 ゼンはついこの間まで、海の戦士たちを率いて世界の海を大遠征していたのです。ゼンがにやりと笑い返します。

「海も決して嫌いじゃねえけどな――。おっ、見ろ! カモの群れだ! 行け、ルル! あれを捕まえるぞ!」

「そんなに大騒ぎしなくても、ちゃんと行くわよ。ほんとにゼンったらもう」

 ルルは空を飛ぶ鳥の群れへ急降下していきました。ポチがフルートとポポロを乗せてその後を追います――。

 

 

 一時間ほど後、彼らは山の森の中で火を囲んで、鳥の丸焼きに舌つづみを打っていました。

「そら、こっちも焼けたぞ。鳥をのせて食え」

 とゼンが全員に薄いパンも配ってくれます。粉に香草を練り込んで、熱した石の上で焼いたもので、ちぎると良い香りがします。

「あたいはいつものように森からデザートを分けてもらってきたよ。これは桃、こっちはグミ。どっちも甘くておいしいよ」

 とメールは果実を前に得意そうでした。半分森の民の血を引く彼女は、植物と会話することができるのです。

「ゼンの手料理を食べるのは久しぶりの気がするな。やっぱりうまいや」

 とフルートが言いました。口にはパンや肉をいっぱいにほおばっています。おう、とゼンは嬉しそうに笑いました。

「海の王の戦いは海中だったし、その後もずっと海を越えてきて、料理ができなかったからな。確かに久しぶりだ」

「ワン、メールも元気になったし、すっかり元通りって感じですよね。落ち着けていいなぁ」

 とポチが肉の残った骨をかじりながら言いました。今は小犬の姿に戻って、満足そうに尻尾を振っています。

 すると、ポポロの隣でルルが顔を上げました。こちらは茶色い毛並みの雌犬の姿です。元通りって……と口の中でつぶやいて、ポチを見つめてしまいます。

 ポチはルルのそばに来ようとしません。以前なら、当然のようにルルの隣に来て、一緒に食べたり体を寄せ合って眠ったりしたのに、海の王の戦いのあたりから、ぴたりとそういうことをしなくなったのです。小さかったポチもだんだん大人になってきたのかもしれませんが、ルルとしては、なんとなくとまどう気持ちがするのでした。人の気持ちが匂いでわかるはずの小犬が、ルルには知らん顔を続けています――。

 

 食事がすんでも一行はまだ出発しませんでした。

 空から夏の太陽が照りつけていますが、森の中はひんやりとして心地よかったのです。急いで行かなくてはならない目的地もなかったので、それぞれに座ったり寝転んだりして、食後の休養を取ります。

 すると、草の上に仰向けになっていたゼンが言いました。

「よう、ここはユラサイだけどよ、そもそもユラサイってのはどんな国なんだ? 広くてでかくて山が多くて――で、あとは?」

 同じく腕枕で草の上に寝転んでいたフルートがそれに答えました。

「ユラサイは中央大陸の東の端の国さ。ぼくらが出発してきたロムドから東にどんどん進むと、その最果てにユラサイがあるんだ」

「ワン、黄泉の門の戦いの時に、ぼくとフルートはシェンラン山脈まで魔王を倒しに行ったけど、その山を越えたむこうがユラサイだったんですよ。ほんとに、もうすぐ世界一周しちゃうんだなぁ」

 とポチが言いました。面白がるような口調ですが、座っている場所はフルートの隣で、やっぱりルルのそばには近づきません。

 

「そういえば、ゼンの名前はユラサイの国のことばから来ている、って言っていなかった?」

 と言ったのはポポロです。あれ、と隣に座っていたメールが驚きました。

「そうなの? 初耳だね」

「ああ、そういや、そんなことを聞いた気がするな……」

 ゼンは仰向けのまま笑いました。

「俺の名前は死んだ母ちゃんがつけたんだけどな、ユラサイのことばで良い子とか善人とかいう意味だって言ってたな。母ちゃんは少しユラサイ人の血を引いていたらしいんだ」

 ゼンは目を閉じて話していました。自分の名前の由来を聞いたときのことを思い出していたのです。黄泉の門の前に広がる狭間の世界で、ゼンの母親が、生まれたばかりのゼンを抱いて語っていました。過去の夢を呼び出してゼンに見せてくれたのは、ポポロです――。

 ところが、メールがそれを混ぜっ返しました。

「善人? 単細胞の間違いじゃないのかい?」

 ゼンはしんみりした気分も忘れて、たちまち跳ね起きました。

「なんだとぉ!? どういう意味だ、こら!」

「嘘は言ってないよ。あんたの母さんだって、今のあんたを見たら、きっともっと別の名前をつけたがるに決まってるさ。単純とか力馬鹿とか食いしん坊とか」

 メールは笑って言うと、つかみかかってきたゼンの手をすり抜けて逃げ出しました。ゼンが後を追って駆け出します。喧嘩が始まったように見えますが、仲間たちは誰も心配しませんでした。死んだ母親の話をするとき、決まってゼンはひどく淋しそうな様子になります。メールはそんなゼンをわざとからかって、元気づけているのです。

 

「ユラサイは竜の棲む国か――」

 とフルートは寝転がったままつぶやきました。そういう言い伝えがユラサイにはあるのです。

 隣に座っていたポポロが、そっと言いました。

「見つかるといいわね、デビルドラゴンを倒す方法が」

 うん、とフルートは答えると、頭上を見ました。うっそうと重なり合う枝の間から、鮮やかな青空がのぞいていました――。

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