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第13巻「海の王の戦い」

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エピローグ 見送り

 朝日が昇ってきた砂浜で、フルートとゼンとポポロ、ポチとルルは出発の準備をしていました。

 ゼンが渦王に海の魔力を返した翌朝のことです。彼らは馬を連れてきていないので、旅の荷物を持ちやすくまとめ、手分けして担いだり肩から下げたりします。

 やがて、すっかり準備が整うと、全員はなんとなく島の奥の方を見ました。砂浜に面した森からは、誰も姿を現しません。渦王の城の者も、海の戦士たちも、誰も――。

「ワン、見送りに来てくれませんね」

「メールはどうしたのよ。私たち、出発しちゃうわよ」

 ポチとルルの二匹が言うと、とたんに、ゼンが言い返しました。

「来るわけねえだろう! 俺たちはもう島の連中とは関係なくなったんだ! メールだって海底の岩屋に閉じこめられてるに決まってる。俺たちについてこねえようにな!」

 吐き捨てるようなぶっきらぼうな口調に、仲間たちは思わず顔を見合わせてしまいます。

 いくら待っても、誰も現れませんでした。日がすっかり昇って、砂浜が白々と輝き始めます。いつまでもそうしているわけにもいかなくて、とうとうフルートは言いました。

「ポチ、ルル、変身してくれ。出発しよう」

 とたんにポポロが涙ぐみました。待ちわびるように渦王の城の方向を振り向きますが、メールはやっぱり姿を見せません。犬たちが風の犬になり、フルート、ゼン、ポポロが乗り込みます――。

 

 島を離れて海の上を飛んでいくと、後ろから朝の光が差して、海面に彼らの影が落ちました。彼らはまだ行ったことのない西へ向かっていたのです。すると、その影に寄り添うように、もうひとつの影が現れました。何かが細長い体をくねらせて海中を泳いでいます。

「ワン、あれは水蛇だ」

「アクアかしら? それともハイドラかしら?」

 と犬たちが言ったので、フルートが答えました。

「きっとハイドラだよ。ゼンを慕って追いかけてきたんじゃないかな」

「俺はもう渦王じゃねえって」

 とゼンが顔をしかめます。

 水中の蛇の影は、風の犬が海面に落とす影をいつまでも追いかけてきました。どうしても離れたくないと言っているようです――。

 

 すると、突然どこからかたくさんの鳥が飛んできて、フルートたちを空で取り囲みました。大小さまざまな海鳥たちです。羽ばたきながら口々に話しかけてきます。

「ゼン様、勇者の皆様方――!」

「ご出発の前にこちらへ」

「渦王様がお待ちです」

 渦王が? とフルートたちは驚きました。海鳥たちの案内についていくと、大勢が海上で待ち構えていたので、また驚きます。渦王とアルバと三つ子たち、それに何万もの海の戦士たちです。渦王とアルバは地面に立つように海面に立ち、三つ子は自分たちのシードッグに乗り、海の民や半魚人、たくさんの魚や海の生き物たちは海中から顔を出していました。戦車を引いたマグロやカジキたち、海の民の老戦士もいるし、魔法戦士のイソギンチャクも魚が引く戦車に乗って海面に浮いています。あまり数が多いので、一帯の海が真っ黒に見えるほどでした。

 フルートたちの表情を見て、渦王が笑いました。

「我々がそなたたちの見送りもしない薄情者だと思っていたのか? ゼンが渦王になろうがなるまいが、そなたたちが海を救ってくれた事実に変わりはない。以前、謎の海の戦いの時にも言ったが、今一度、このことばをそなたたちに贈ろう。そなたたちは、永遠に海の友だ。海、空、大地のいずれの場所にあっても、我らの友情は末永く続かん。……また島に来るがいい。我々はいつでも仲間として歓迎するぞ」

 王の周りの戦士たちがいっせいにうなずきます。

 けれども、その中にメールの姿は見当たりませんでした。フルートが尋ねようとすると、それより早くポポロがいいました。

「あの、渦王様……! メールは……!?」

 なんだか必死に聞こえる声です。

 それに答えたのは、渦王ではなく、海の王子のアルバでした。

「メールはもう君たちと一緒に出発していたじゃないか。ほら」

 とたんに、ざばぁっと水音をたてて、海中から水蛇が姿を現しました。アクアやハイドラではありません。色とりどりの海草が寄り集まってできた水蛇です。首には緑の髪の少女が乗っています――。

 

「メール!!」

 フルートたちは思わず声を上げました。たちまちゼンが真っ赤になってどなり出します。

「なんでついてきたんだよ!? 島に戻れ、馬鹿野郎! それに、なんだよその蛇!? 花じゃないじゃねえか!」

「花だよ。海草は海の花なんだからさ」

 とメールはすまして答えると、すぐにゼンをにらみつけました。

「あたいを置いていこうったって、そうはさせないんだからね。あたいはもう、こうやって海も渡れるようになったんだ。あんたたちがどこに行ったって、絶対についていくよ。あたいだって、れっきとした勇者の一員なんだから」

「おまえは陸に上がれねえだろうが! 無茶を言うな、馬鹿!」

「無茶じゃないったら! あたいにはこれがあるんだ!」

 メールは怒って左の上腕にはめた腕輪を見せました。青く光る輪の上で、深い青色をした楕円形の石が光っています。

 なんだよ、それ? とゼンが聞き返そうとすると、とたんにポポロとルルが声を上げました。

「つけてくれたのね、メール!」

「色も青くなってる! 渦王が許してくれたのね!?」

 渦王が穏やかに笑ってうなずきました。

「石に海の気をたっぷり込めておいた。当分あれで間に合うはずだ」

「良かった――!」

 ポポロがとても嬉しそうに笑います。

 

 そんな人々や腕輪を見比べて、フルートは尋ねました。

「あの腕輪は? ポポロが何か関係しているの?」

 ルルがそれに答えました。

「あれはね、ポポロが作ったメール専用の腕輪なのよ。海の気が蓄えられるようになっていて、メールがつけていると、少しずつそれをメールに渡してくれるの。――ポポロが天空王様に呼び出されたのは、これを作るためだったのよ。メールを大切に想う魔法使いにしか作れないものだから。もちろん、天空王様も力を貸してくださったわ。これさえつけていれば、メールは陸の上でも大丈夫よ。私たちと一緒に行けるわ!」

 お、おい、とゼンは目を丸くしていました。まだ半分くらいしか話が理解できずにいます。

「つまり、えぇと――その腕輪には海の力がいっぱい詰まってるってことか? 渦王がそれを入れてやったって? だが――陸に上がって、それを使い切ったらどうなるんだよ? また島に来て、渦王に力を入れてもらわなくちゃならねえんだろう?」

「ううん、腕輪に込める力は、どんな力でも大丈夫なのよ。聖なる魔法で作ったものだから、闇に属する力だけはだめだけれど、それ以外の力なら、腕輪が海の気に変えて、蓄えてくれるの。だから、誰でもメールに力をあげることができるわ」

 とポポロが笑顔で説明します。ゼンはますます面食らいました。

「誰でも――? だ、だが――渦王がやってるんだから、かなりの力が必要なんじゃねえのか――? そんなに簡単にいくものなのかよ?」

「そうね……。普通の人なら、腕輪に力を取られすぎて、死にそうになるかもしれないわ」

「でも、私たちには生気があり余っている人物がいるから、絶対大丈夫よ」

 とポポロとルルが答えます。とたんにフルートが吹き出しました。

「なるほど、そういうことか」

「ワン、確かにぼくらには適任者がいますね。その人なら、どんなに腕輪に力をわけたって、びくともしないや」

 とポチも言います。

 一同は一人の人物を見ていました。風の犬のルルに乗ったゼンです――。

 

 ゼンはどうしようもなくうろたえていました。おい、とか、だけど、とか、意味もないことばばかり繰り返してしまいます。

 そんなゼンを見上げて、メールが言いました。

「この腕輪は、あたいを本当に好きでいてくれる人にしか、力を込めることができないんだってさ。力の受け渡しってのは、そういうものなんだって……。陸に上がって腕輪が力をなくしてきたら、力をわけてくれるよね、ゼン? ねえ――きっとそうしてくれるよね?」

 うっすらと涙を浮かべた瞳が、信頼を込めて見つめています。

 ゼンは、ぎゅっと唇を真一文字にしました。そのまま、ものも言わずにルルを急降下させると、海草でできた水蛇の上からメールをさらって抱き上げます。

 メールはゼンの首にしがみついて泣き出しました。嬉し泣きです。それを強く抱きしめ、腕輪の青い石を撫でながら、ゼンは言いました。

「あたりまえのことを言うな、馬鹿……! もう二度とおまえを倒れさせたりしねえよ。絶対、おまえを守ってやらぁ」

 

 フルートはポチの背中から渦王に言いました。

「それじゃ、メールを連れていきます。本当にありがとうございました」

 渦王は鷹揚にうなずきました。

「息災でな。海はいつもおまえたちの無事と勝利を祈っている。デビルドラゴンとの決戦のときには我々を呼べ。海は必ずおまえたちと共に戦うだろう。そして――近くを通りかかることがあったら、島に立ち寄って、元気な顔を見せなさい」

「東の大海を通りかかったときには、海王城に来るといい。父上もぼくらも大歓迎するよ」

 とアルバも言い、三つ子たちとシードッグがいっせいにうなずきます。

 

 ポチは空からシィに舞い下りました。ぶち犬のシィはまたシードッグになって、背中にペルラを乗せていました。

「ワン、海の首輪が直ったんだね。また変身できるようになって良かったね」

「ええ、海王様が新しい首輪をくださったの。あの……ポチさん」

 大きなシードッグになったシィが、同じくらい大きな風の犬のポチを見上げます。

「あの……あたし、本当はポチさんのことが……」

 口ごもり、思い切って何かを言おうとするシィに、ポチは風の顔で笑って見せました。

「ワン、ぼくもシィに言うことがあったんだ。あのね――ぼくはあそこにいるルルが好きなんだ。ルルはぼくと同じ風の犬で、ずっと一緒に旅をしてきた、ぼくの大事なひとさ。シィは妹みたいで、かわいくて大好きだったよ」

 相手の感情を匂いで知ることができる犬は、すべてに先手を打ってそう言いました。妹、とシィがしょげると、ポチは今度は隣にいたカイに言いました。

「シィを大切にね。君たちの幸せを心から願ってるから」

 灰色犬のシードッグは面食らった顔になり、すぐに笑いました。

「そうだね。シィに信頼してもらえるようにがんばってみるよ」

「ワン、大丈夫。きっとうまくいくから――」

 ポチがまた空に舞い上がっていきます。

 すると、話を全部聞いていたルルが、小声でからかうように言いました。

「残念だったわね、ポチ。かわいい子だったのに、彼氏がいて」

「ワン、しかたないよ。そんなことより、ごめんね、ルル。シィをあきらめさせるのに、勝手にルルを恋人みたいに言ってしまってさ」

 その口調が今までになく大人びて聞こえて、ルルは面食らいました。そんなの言われなくてもわかってるわよ、と言おうとして失敗してしまいます。ポチはさらに上空へ舞い上がりました。背中にはフルートとポポロを乗せています。

 

 それを見上げていたペルラに、クリスが話しかけました。

「いいのかい? ペルラも彼らについていくつもりだったんだろう?」

 ペルラは肩をすくめました。

「ついていったって無駄なのは、見ればわかるじゃない。いくらあたしでも、負けるとわかってる勝負はしないわよ。悔しいけど、本当にあの二人はお似合い。あたしが入り込む隙なんて、全然ないもの」

 風の犬の上で、フルートがポポロにほほえみかけていました。ポポロが頬を染めながら、優しく笑い返しています。二人の間にことばはありません。それなのに、寄り添い通い合う心が、はっきり見えています。

「まったくだ。ぼくらもああいう恋人を見つけたいよなぁ」

 とザフがうらやましそうに言いました。こちらは空の上で抱き合っているメールとゼンを見上げていたのです。その下で、黒いシードッグのマーレも溜息をつきます。

「そうか、ルルはあの白い彼と恋人同志だったのか。どうりで全然振り向いてくれなかったはずだよね」

 海上の三つ子とシードッグの話す声は、空の一行には聞こえません――。

 

 すると、海の王子のアルバが手を高くかざして言いました。

「ぼくから君たちへ、旅立ちの餞別だよ。これに乗っていくといい」

 両手を招くように振ると、水平線の向こうからとどろきが聞こえてきました。波が横一文字の壁になって押し寄せてきます。

「波の馬だ!!」

 とフルートたちは歓声を上げました。海の王たちが呼ぶ魔法の生き物です。すぐに飛んでいって水の背中に乗り移ります。フルートとポポロ、ゼンとメールがそれぞれ同じ馬に乗り、その上空を風の犬のポチとルルが飛んでいきます。

「それじゃまた――」

「行ってくるよ、父上!」

「みんな、元気でいろよ! また会おうな!」

 陽気な声を残して、一行は見送る者たちの間を駆け抜けていきました。波の馬たちは海を渡る津波のようです。たちまち西の水平線へ遠ざかっていきます。

 すると見送る海の戦士たちがいっせいに声を上げました。

「ゼン様!!」

「ゼン様、いってらっしゃいませ!!」

「ご武運を――!!」

 それは海の王の旅立ちを見送る声のようでした。海の民と半魚人が手を突き上げて何度も繰り返し、魚たちがひれや尾で海面をたたき、空では海鳥たちが翼を鳴らして声を上げます。

 ひゃっほう、と海の彼方からかすかに返事が聞こえます……。

 

 波の馬が水平線の彼方へ駆け去り、勇者たちの姿が見えなくなっても、渦王や海の戦士たちは、いつまでも見送り続けました。

 海の向こうには空が広がります。空はどこまでも青く、異国の竜のような雲が、長くたなびいて銀色に輝いていました――。

The End

(2009年8月22日初稿/2020年3月26日最終修正)

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