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第13巻「海の王の戦い」

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90.解消

 入り江で魔王を倒し、海の王の戦いに決着をつけた渦王軍は、翌日にはもう渦王の島へ戻っていました。ゼンが天空の国に呼びかけて、天空王に軍勢を島へ連れ戻してもらったのです。

 フルートたち勇者の一行は、渦王の城で死んだようになって眠りました。激戦にすっかり疲れ果てていたので、目を覚ましたのは、次の日の夕方近くでした。城の家来が準備した食事を飲んだり食べたりしているところに、渦王からの呼び出しがありました。城の大広間に来るように、と言われます。

「いよいよか」

 とゼンがつぶやいて、真っ先に食事のテーブルから離れたので、ルルが、あら、という顔をしました。

「珍しいわね、ゼンがすぐに食べるのをやめるなんて。やっぱり渦王となると違うのね」

 からかい混じりで言ったのですが、ゼンは反応しませんでした。黙って大広間へ向かいます。そんなゼンの様子に仲間たちはちょっと驚きました。

「ゼン?」

 とメールが不思議そうに首をかしげます。

 

 大広間に行くと、玉座に渦王が座っていました。

 いつものように青い衣を着て、マントをはおり、頭には金の冠をかぶっています。青い髪、青いひげ、深い青い瞳……魔王の術から解放されて、すっかり元気になっています。

 ただ、どことなく力がなくなったように見えました。大きな体が一回り小さくなり、背中が少し丸くなって、なんだか急に老け込んできたようにも見えます。ゼンやフルートたちを見て笑う声も、今までになく穏やかでした。

「このたびは本当に世話になったな、ゼン、勇者たち……。またおまえたちに海を守ってもらってしまった。わしの命を救ってもらったのも、これで二度目だ。今回は、次の海王であるアルバまで一緒だった。海の王の一族を代表して、心から感謝するぞ」

 渦王は偉ぶらない人物です。子どものフルートたちに、ためらうことなく頭を下げて感謝します。

 渦王の隣にはアルバと海王の三つ子たち、半魚人のギルマンがいました。シィ、カイ、マーレの三匹のシードッグも、犬の姿で控えています。海の王子のアルバが言いました。

「本当にありがとう、ゼン、フルート……。結局ぼくは途中で人質になってしまって、魔王を倒せなかったどころか、あいつに海の魔力まで与えてしまった。まったく面目ないよ」

 すると、ゼンが答えました。

「あんたがいなかったら、俺たちは魔王のところまでたどり着けなかったさ。それに、仲間を助けに行くのは当たり前のことだ。気にする必要はねえよ」

 それを聞いて、アルバは微笑しました。

「ありがとう。――ぼくのことも仲間に数えてくれるんだね」

「あたりまえだ。アルバも三つ子もギルマンもシードッグたちも、今回のこの戦いに参加したヤツはみんな仲間で友だちだ」

 ゼンがあっさり言い切り、三つ子や半魚人や犬たちも嬉しそうな顔になります。

 

「もうすっかり渦王らしくなったな、ゼン」

 と玉座の渦王が言い、ゼンが急に憮然としたのを見て、笑って続けました。

「わかっている。今はまだ王になるのは早い、と言いたいのであろう? それはその通りだ。おまえたちには、闇の竜を倒すという、何より大切な使命があるのだからな。ゼンが正式に渦王になるのは、その後のことだ……。だから、それまでの間、渦王の島と西の大海をアルバに委ねることにした。わしにはもう渦王の力はないからな。ゼンがデビルドラゴンを倒して戻ってくるまで、彼が渦王の代行をする」

 全員に注目されて、海の王子はまたほほえみました。

「父上にも――ああ、父上はもう東の大海に戻られたけれどね、父上にも、海王になる修業だと思ってやるように、と言われたよ。デビルドラゴンを倒してゼンが戻ってきたら、島も西の大海もちゃんとゼンに返すから、心配しなくていい」

「あとは、ゼンとメールの結婚式をとりおこなうだけだ」

 と渦王が上機嫌で続けました。

「ゼンが渦王の力を身につけたからには、すぐまたメールをつれて、島を旅立つつもりであろう。その前に、大急ぎで結婚式を挙げなくてはな」

 これにはメールも他の仲間たちも驚きました。

「そんな、父上! まだ早いったらさ――! ゼンはドワーフだから、十八になるまで結婚できないんだよ!」

「なんの。ここは海の民の島だ。結婚式ぐらい挙げておいたって、誰も文句など言うものか。おまえたちが旅に出る前に、ぜひメールの花嫁姿を見ておきたいのだ」

「結婚式なんか挙げねえよ」

 とゼンはいっそう憮然として言いました。そうだよ、ホントに父上はせっかちなんだからさ! とメールにも反論されて、渦王は苦笑しました。

「やれやれ。つれないことだ。親の心子知らずとはこのことだな」

 世界の海の半分を治めてきた王が、今はただの父親の顔になっていました。

 

 すると、ゼンが言いました。

「そのことで、ちょっと話があるんだ……渦王と二人だけでな」

 他の者たちはまた驚きました。なんの話をするつもりだろう、とゼンを見ます。ゼンはいつになく大真面目な表情をしています――。

 渦王はうなずきました。

「よかろう。他の者たちは広間の外にいなさい」

「あたいも?」

 とメールが怒ったように尋ねましたが、ゼンが即座に言い返しました。

「おまえもだ」

 

 全員が広間から出て行くと、渦王はゼンを見上げました。

「さあ、これで二人だけになったぞ。話というのはなんだ」

 そう言う渦王は、海の魔力を失っても、まだ堂々とした話し方をしていました。ただ、本当に、体が一回り小さくなってしまったように見えました。精悍(せいかん)だった顔は疲れたように穏やかになり、青い髪やひげには、白いものがちらほらと混じり始めています。

「急に老けたよな、渦王」

 とゼンが言ったので、渦王は苦笑しました。

「それはしかたなかろう。わしはおまえに海の魔力を渡してしまったからな。その分、おまえが――」

「フルートが言ってたぜ」

 とゼンは相手の話をさえぎって続けました。

「海の民は他の種族より寿命がずっと短い。王族だけは長生きだけど、海の魔力を渡した渦王は、普通の海の民と同じになってしまったはずだ。寿命も短くなってしまったんじゃないか――ってな。海の民は三十歳くらいまでしか生きられねえ、って聞いてる。あんたはいくつだ、渦王。絶対にそれより年上になってるだろう?」

「四十四だ。メールが不安がるから言わずにいたのだが、フルートは気がついていたのか。さすがに賢いな」

 渦王は落ち着き払っていました。

「これは、海の王族以外の者を王にしたときに、先王が負う宿命だ。海の王の力を新しい王に受け渡して、自分はじきに老いて死んでいく。そうやって、海の王は続いてきたのだ」

「だから、メールの花嫁姿を早く見たかったんだろう? 俺たちがデビルドラゴンを倒して戻ってくるまで、自分は生きていられないだろうと思って」

 ゼンの声は低く静かです。

「そのとおりだ」

 と渦王が答えます。

 

 すると、ゼンが言いました。

「俺は渦王にはならねえよ――」

 渦王は眉をひそめました。

「今、何と言った、ゼン?」

 声が低すぎて、よく聞き取れなかったのです。

 ゼンは顔を上げると、大声になって言いました。

「俺は渦王にはならねえ! 絶対に、ならねえぞ!!」

 両手をさっと渦王に向けると、とたんに、渦王は玉座の中から動けなくなりました。ゼンに魔法で抑え込まれたのです。声も出せなくなってしまいます。

 驚いた表情をしている渦王に、ゼンは歩み寄りました。渦王の両肩をつかみ、深い青い目で相手の目を見て言います。

「海の魔力はあんたに返すぜ。受けとれ――!」

 

 どーん、と突然激しい音が大広間から響いたので、外にいたフルートたちたちはびっくりして飛び上がりました。何事があったのかと駆け込んでいくと、広間を出ようとするゼンに出くわしました。驚いている一同に、ゼンが言います。

「海の力は残らず渦王に返した。俺は元通り、ただのドワーフのゼンだ。もう渦王でも、渦王の後継者でも、なんでもねえぜ」

 一同を見るゼンの目が、明るい焦げ茶色に戻っています。

 渦王は玉座の中に深く身を沈めていました。何か強烈な一撃を食らったような恰好でしたが、すぐにそこから顔を上げました。――ついさっきまで、生気を失ってくすんでいた顔や姿が、また元のような輝かしさを取り戻しています。

「何を言っているのだ、ゼン! 海の王の力なしで、どうやってメールを連れていく! メールは陸に行くと弱って死んでしまうのだぞ!!」

 どなると、広間中がびりびりと震えます。

 けれども、ゼンは平然と答えました。

「連れていかねえよ。婚約は解消だ。メールは島に残していく」

 これには、渦王も他の仲間たちも仰天しました。メールが金切り声を上げます。

「ちょっとゼン、なにさ、それ――!? 婚約解消だなんて、あたいに相談もなしに何言い出してんのさ!! 説明しなよ!!」

「るせぇ、騒ぐな。やっぱり俺は山のドワーフなんだ。ドワーフは海の王なんかにはなれねえ。それがはっきりわかった、ってだけのことなんだよ。おまえは島に残って別のヤツと結婚しろ。そこに、ちょうどいいヤツがいるだろう」

 ゼンに指さされて、アルバが目を丸くしました。メールはあんまり腹を立てすぎて、何も言えなくなってしまいました。青ざめたり真っ赤になったりを繰り返しています。

 そんな二人にたたみかけるように、ゼンは言い続けました。

「メールから聞いたぜ、アルバ。あんたはもう十年以上も前からメールが好きだったんだってな。その気持ちは、今でも変わってねえんだろう? あんたは未来の海王だから、メールが生気をなくして弱ったときにも、すぐ助けてやれる。――メールの結婚相手には文句なしだろうが!」

 最後のことばを言い捨てるように残して、ゼンは大広間から出て行きました。ゼン! ちょっと待て、ゼン! とメールやアルバが後を追い、さらに三つ子やシードッグたちがその後を追いかけていきます。

 

「大馬鹿者が」

 玉座の中で渦王がうめくと、フルートが言いました。

「ゼンはあなたのために渦王になるのをやめたんですね……。ゼンを渦王にすると、あなたが寿命で死んでしまうから」

 一緒に大広間に残っていたポポロ、ポチ、ルルが、また驚きます。

「そなたが余計なことをゼンに話したからだ」

 と渦王に批難されて、フルートは言い返しました。

「このまま何も知らずに旅立って、その間にあなたが死んでしまったら、そっちのほうが残酷なことです。ゼンは、誰かの犠牲で自分が幸せになるのが大嫌いな奴だ。そんなことをしたら、ゼンは一生自分を許さなくなります」

「だが、メールはどうする。あれは絶対ゼンについていこうとするぞ。行けば死ぬとわかりきっていれば、わしはそれを許すわけにはいかん」

「探します。道を――」

 とフルートは答えました。

「願い石を使わない方法を探しているように、メールが同行できる方法も探します。そして、それが見つかったら、メールを迎えに来ます。彼女はぼくらの仲間だ。たとえ種族が違ったって、ゼンとメールが一緒に幸せになっていく道は、絶対にあるはずなんだ」

 その道がどんなものなのか。言っているフルート自身にも、まだわかってはいません。それでも、フルートは揺らぐことのない表情をしていました。海の王へきっぱりと言い切って、ポチと一緒にゼンを追いかけていきます。

 

「そんな方法が見つかると思うのか。あれは海と森の危うい組み合わせの上に生まれてきている子なのだぞ」

 ひとりごとのように言って頭を抱えてしまった渦王に、半魚人のギルマンが話しかけようとして、ためらいました。何と言って慰めれば良いのかわからなかったのです。

 すると、ルルが隣の少女を鼻でつつきました。

「ポポロ」

 うん、と黒衣の少女はうなずきました。椅子に座っていても大きな渦王の前へ、決心した顔で進み出ていきます。

「あの……渦王……。お願いがあるんですが……」

 両手を祈るように組み合わせて、少女はそう言いました――。

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