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第13巻「海の王の戦い」

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87.渦王

 岩山の山頂から噴き出した水と一緒に、フルートたちは空中に飛び出しました。山の上空です。頂上が崩れて、崖をゆっくり滑り落ちていくのが見えます。そこにしがみついた半魚人たちや、彼らに背負われた渦王やアルバ、それを支えようとする海鳥たちも一緒です。

 落ちていく海からは声が聞こえていました。灰色の海面にたくさんの人や魚が顔を出し、山を見上げていたのです。崩れ落ちてくる頂に、驚きと恐怖の悲鳴を上げ、あわてて避けようとします。その上へ岩は崩れ落ちていきます――。

 すると、フルートがまた叫びました。

「彼らを助けろ!!」

 呼びかけている相手は、やっぱりポポロではなくゼンです。

 ゼンは空中から眼下を見つめていました。フルートに言われたとたん、海へ大きく手を振ってどなります。

「来い!!」

 

 そのとたん、灰色の海から姿を現したものがありました。輝く青い水の柱です。みるみる大きくなって、標高千メートルの山にも匹敵するほどの高さになります。それだけの水がせり上がったのに、不思議なことに、海面には波一つ立っていません。

 すると、山の上空に吹き上がった水が、細かいしぶきになって水の柱へ集まっていきました。雨の降るような音が響き、水柱が形を変えます――。

 それは山と同じくらい巨大な女性でした。長い金の髪を波打たせ、輝く青いドレスを着ています。その顔は美しく、青い瞳はすべてを包み込むような深いまなざしをしていました。

「ウンディーネ!」

 とペルラが叫んだので、仲間たちは驚きました。全員空中に放り出されていて、海へ墜落を始めていたのですが、それでも目の前の光景に呆気にとられて眺めてしまいます。

「ワン、あれが本物のウンディーネ……? ぼくたちを襲った奴とは全然違う」

 とポチが言うと、そのすぐ近くにいたフルートが答えました。

「当然だよ。だって――本物の渦王が呼び出したんだからな」

 フルートは、海の女性ではなく、自分の親友を見つめていました。ゼンがまた手を振ってどなっています。

「みんなを助けろ、ウンディーネ!」

 海の女性が動きました。両腕を広げ、何かをすくい上げるように、しなやかに動かします。

 すると、落ちていく人々が、空中でふわりと止まりました。山頂から放り出されたフルートやゼン、メール、ポポロ、海王の三つ子たち、五匹の犬たち……岩と共に落下していた半魚人と渦王とアルバたち……全員が、まるで何かに受け止められたように空中に浮き上がります。崩れた山頂さえ、宙に浮かんで停まっていました。頂の岩はやがてまた落ち始めますが、今度は羽根が舞い下りるようにゆっくりした動きです。一度は大混乱に陥った海の戦士たちが、それを見上げて歓声を上げます。

 

「本物の渦王って……」

 少年少女たちと犬たちは、ぽかんと頭上を見上げました。そこにはゼンが浮いていました。まるで地面に立つように空中に仁王立ちになり、海へ降りていく大岩を見つめ続けています。その瞳は、海のような深い青色です。

 フルートもゼンと同じものを見ていました。ゆっくりと海上へ落ちていく岩に、半魚人たちがしがみついています。渦王はその大きな体を蔓の切れ端でギルマンの体に縛りつけられて、ぐったりと背負われていました。ギルマンの肩から垂れ下がる腕は、相変わらず力なく揺れ続けています。

「岩屋でぼくたちを助けてくれていたのは、あの渦王じゃないよ」

 とフルートは仲間たちに言いました。

「渦王はあんなふうにずっと、魔王の魔法に捕らえられていたんだから。岩屋で魔王の攻撃からぼくらを守ってくれたのも、海を岩屋に呼んで頂上まで突進させたのも、ウンディーネを呼び出したのも、全部ゼンさ。それよりも前、魔王の元にたどり着くまでに、死にかけたメールを何度も助けていたのも、やっぱりゼンだったんだ――。渦王の海の魔力は、やっぱりゼンに引き渡されていて、ゼンは知らない間に、その力を使っていたんだよ。ゼンは、本物の渦王になっていたのさ」

 すると、空中に立ったゼンが腕組みして言いました。

「俺は渦王じゃねえよ。海のことなんか、さっぱりわからねえからな。ただ――今は俺の中に海の力を感じるぜ。けたはずれにでかい魔力だ。それの動かし方も、今はもうわかるんだ。勝手に頭ン中に浮かんでくるんだけどよ」

 なんとなく憮然としているように見えるゼンに、フルートは、くすりと笑いました。

「そうだね。それはきっと、ゼンが本気で海を想って、海のものたちを守ろうとしたからだと思うよ。きっと、それが渦王になるために絶対必要なものだったんだ……。ゼン、魔王はまだ無事でいる。あいつを倒して闇を追い払おう!」

「おう。だが、この力をどう使えばいいのか、俺にはよくわかんねえんだ。俺がやることを指示しろ、フルート。その通りにやってやらぁ!」

「まず、この一帯から魔王の魔法の影響を消せ。君にはもうできるはずだ」

 

 すると、ゼンのすぐ目の前に青年が現れました。眼鏡をかけた魔王です。黒いマントをはねのけてどなります。

「そうはさせるか! ゼンが渦王の力を持っていたのは意外だったが、そうとわかれば、ぼくがいただくだけのことだ! さあ、力をよこせ!」

「へっ、欲しかったら、それこそ力ずくで奪い取ってみろよ。――ドワーフの俺に力で勝てるんならな」

 とゼンは自分から魔王に殴りかかっていきました。魔王が素早く身をかわします。が、その瞬間、マントの裾をゼンに捕まえられました。ぐいと引っ張られてよろめいたところに、ゼンの拳が命中します。

「同じ手に二度も引っかかるなんて、喧嘩慣れしてねえぞ、魔王。頭でっかちに策略ばかり巡らしてるから、実戦のほうがからっきしになるんだ」

 とゼンはあざ笑い、両腕を振りました。魔法を使う手の動きです。

 とたんに、ポチとルルの二匹の体がふくれあがるように大きくなり、異国の竜のような風の犬に変わりました。

「ワン、変身できた!」

「ゼンが魔王の闇魔法を消したのよ!」

 二匹の犬は歓声を上げ、空を飛んで背中に仲間たちを拾い上げました。ポチはフルートとポポロを、ルルはメールを。

 すると、フルートがメールに言いました。

「花鳥を呼んで乗り移って。ルルはゼンのところへ」

「わかった!」

「わかったわ」

 メールが呼びかけると、入り江を囲む山々から花が飛んできました。翼を広げて大きな鳥に変わり、メールだけでなく、三つ子や三匹の犬たちも上に乗せます。ルルはすぐさま空を飛んで、背中にゼンをすくい上げました。

「おう、ありがとよ、ルル。空中には立てるんだが、移動ができなくて困ってたんだ」

「役に立てて嬉しいわよ。でも、驚いた。ゼンが渦王になってただなんて。あなた、ポポロの見せ場を取っちゃってるんじゃない?」

「知るか。ポポロはもう今日の魔法を使い切ってるんだからな。この際、誰が魔王にヤキ入れようが、そんなのはかまわねえはずだぞ」

 ルルにからかわれて、ゼンがむきになって言い返します――。

 

 すると、そこへフルートとポポロを乗せたポチが飛んできました。フルートがまた言います。

「ゼン、あいつからデビルドラゴンを追い出すぞ! 海の力を金の石に送り込んでくれ!」

 ゼンは、おっという顔をしました。

「おまえなぁ、そいつは海の魔法の中でもかなりでかい技なんだぞ。初心者相手に高度な要求するんじゃねえ」

「でも、できるだろう?」

 フルートの信頼は揺らぎません。にこりと笑って見せます。

 ふふん、とゼンも笑い返しました。こちらはふてぶてしい笑顔です。

「もちろん、できないなんて言ってねえさ。金の石をやられて、このまま黙ってるわけにもいかねえしな。海の力を送り込んでやるよ――!」

 

 ごうっと遠くから海鳴りのような音が聞こえてきました。入り江の入口の方向から奥に向かって、激しい風が吹き出します。灰色の海が、たちまち白い波でいっぱいになります。

 その中に山の頂が静かに落ちていきました。たちまち海中に沈んでしまいますが、その前に半魚人たちは岩から離れ、急いで海を泳いでいきました。岩が沈んだ後にできた渦を避けたのです。半魚人たちに背負われている渦王やアルバに、海の戦士たちが、わっと集まっていきます――。

 すると、ウンディーネが渦の上に手をかざしました。美しい女性の姿をした、巨大な海の精霊です。吸い込まれるように渦が消えていき、女性の青い衣が輝きを増します。そこへ風が吹いてくると、さらに衣の色は濃くなりました。風も波もすべて吸い込んで、鮮やかに輝き始めます。

 ゼンはそれへ手を向けて言いました。

「行け、ウンディーネ! 金の石に力を渡してやれよ!」

 とたんにウンディーネの姿が崩れました。青い水そのものになり、うなりを上げて空を飛びます。水が向かった先はポチに乗ったフルートでした。胸に下がったペンダントに激突していきます。

「ワン、す、すごい力だ!」

 ポチは必死で空に踏みとどまり、ポポロはフルートを後ろから抱き支えました。押し寄せてくる水の勢いがあまり激しすぎて、フルートがポチの上から跳ね飛ばされそうになったのです。フルートは息を詰まらせながら、懸命に耐えていました。押し寄せる青い水は、すべてペンダントの石の中に吸い込まれていきます。灰色の石が金色に輝き始めます――。

 すると、空中にいきなり小さな少年が現れました。黄金の髪と瞳の金の石の精霊です。腰に両手を当てて、あきれたように言います。

「まさかゼンから力をもらうことになるとはね。これはポポロの役目だとばかり思っていたのに。なんだか調子が狂うな」

「るせえな、どいつもこいつも! いいから早く魔王をぶっとばせよ! 勝負が決まんねえだろうが!」

 ゼンがどなり返します。

 

 魔王の青年は空中で青ざめていました。守りの魔石はすっかり輝きを取り戻しています。フルートがそれを手に握って突きつけてきます。

 青年は叫びました。

「まだだ! ぼくはまだ負けない! 闇の力も海の力も、まだぼくの中にあるんだからな! しかも、ぼくにはこの頭脳がある! おまえたちみたいな愚かな連中に負けるものか――!」

 そのままマントをひるがえして姿を消していこうとします。

 が、それより早くゼンが飛んできて、またマントを捕まえました。

「これで三度目だ。実戦のほうもちっとは鍛えておけよ、魔王」

 と魔王を殴り飛ばします。空中に倒れた青年へ、フルートはペンダントを向けました。

「光れ!」

 とたんに金色の少年と魔石が輝き出しました。目もくらむような鮮やかな光を周囲に投げかけます。

 じゅうっと音を立てて、魔王の体が溶け始めました。黒いマントや服がぼろぼろになっていきます。

 黒い霧を集めて体と服を戻すと、青年は空を飛んで逃げ出しました。光を振り切って姿を消そうとします。

 すると、その前にゼンが飛んできて立ちふさがりました。両腕を伸ばして、がっきと青年を捕まえます。どんなにもがいても暴れても、青年はゼンを振りほどくことができません。

 そこへまたフルートが飛んできました。輝き続ける魔石をまた突きつけます。石はいっそう明るく輝き、光の奔流を周囲へ広げます。まぶしく照らされた青年の後ろ側が、濃い影に縁取られます。

 すると、その影が急に空へ登り始めました。煙のように青年から離れて立ち上り、空の中でふくれあがっていきます。

 やがて、それは一つの巨大な生き物になって空に浮かびました。四枚の翼が広がって、羽ばたきを始めます。影だけでできた、実体のない翼です。

 青年から抜け出した闇が、デビルドラゴンに変わっていました――。

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