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第13巻「海の王の戦い」

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86.爆発

 魔王が岩屋に映しだした景色を、ゼンやフルートたちは呆気にとられて眺めました。

 十数人の半魚人が、蔓の命綱を頼りに絶壁を降りて、渦王とアルバを救い出そうとしています。ギルマンが率いる半魚人の精鋭部隊です。

「冗談だろう。あいつら、どうやってあそこまで行ったんだよ……?」

 とゼンが言いました。山頂にたどりつくには、ゼンたちでさえ大変な山道をよじ登らなくてはならないのです。

 すると、ポチが言いました。

「ワン、自力で登ったんだ! ほら、あの手足!」

 半魚人たちは全員、手や足から血を流していました。指の間の水かきが裂けて、深い傷になっていたのです。握る蔓や足をついた崖の上が、血に紅く染まっています。

「馬鹿野郎……!」

 ゼンはうめきました。半魚人は海で素早く泳ぐことに適していて、地上を歩くのには向いていません。その体で山の急な斜面を登り、岩場や崖を乗り越えて頂上にたどりついたのですから、想像を絶する苦しい道のりだったのに違いありません。

 それでも、半魚人たちはためらうことなく崖を降り、渦王たちに群がっていました。抱きかかえ、鎖を断ち切って崖の上に引き上げようとしています。

 

 魔王の青年が歯ぎしりして言いました。

「ここに力を送り込んでいるのは渦王だな。いつの間に海の力を取り戻した!?」

 光景に向かって手を振ると、四本の鎖が音を立ててはじけました。渦王とアルバは、その鎖で崖に留めつけられていたのです。いきなり鎖が切れて二人の体が宙に放り出されます。二人を抱えていた半魚人たちの命綱も、ぶつりと切れます。

 彼らは地上千メートルもある岩壁の頂上にいました。そのまま海へ落ちれば、途中で崖にぶつかって即死です。少年少女や犬たちが悲鳴を上げます。

 すると、光景の中から、ばさばさと激しい音が聞こえてきました。数え切れないほどの鳥たちが飛んできて、崖にいる人々へ集まっていきます。崖は鳥で埋め尽くされ、渦王やアルバ、半魚人たちを隠します。海鳥部隊の戦士たちが、翼と体で落下を止めたのです。

「金の石が頂上の闇の壁を消したからだ」

 とフルートが言いました。魔王が張っていた闇の障壁がなくなったので、手出しできずにいた戦士たちが渦王たちの救出を始めたのです。

「そうはさせるか!」

 魔王の青年がまた手を振ると、山の上空に暗雲が現れました。雷鳴が響いたと思うと、巨大な稲妻が山頂めがけて落ちていきます。

 すると、その光が跳ね返されて飛び散りました。半魚人や鳥の戦士たちの上に、屋根のように青い輝きが広がって、稲妻の直撃を防いでいました。戦士たちは無傷です。

「また霧の障壁! 本当に、どこに力を隠していた、渦王? あれほど探しても見つけられなかったのに!」

 青年が悔しがり続けます。

 他の者たちも同じ光景を見ていました。半魚人や鳥たちが無事だったことに胸をなで下ろし、彼らがまた崖を登り始める様子を見守ります。命綱はなくなりましたが、海鳥たちが羽ばたきで彼らを支え続けています。

 その時、フルートはふと小さく首をかしげました。群がる鳥たちの間から、ちらりと渦王の姿が見えたのです。海の王は半魚人のギルマンに背負われて、頂上へと運ばれていくところでした。ギルマンの前へ回した渦王の腕が、登る動きに合わせて力なく揺れています……。

 

 ゼンがまた魔王に飛びかかっていきました。熊さえ殴り殺す拳を繰り出します。

 青年は大きく飛びのいてそれをかわしましたが、岩壁に突き当たってしまいました。もうそれ以上さがれません。その前でゼンがどなりました。

「降参しろ、魔王! もうてめえに勝ち目はねえぞ!」

 すると、青年が冷笑しました。

「どうして、そう考えられるのかな? ぼくは少しも負けていないじゃないか」

 また手を振ると、光景の中で山頂が急に大きく揺れ始めました。同じ震動が地下の岩屋にも伝わってきて、全員がひっくり返りそうになります。

「見て、あれ!!」

 とペルラが指さしました。山頂に大きな亀裂が走っていったのです。

「ワン、山頂が崩れる! 全員を墜落させるつもりだ!」

 とポチが叫びます。

 とたんに、ゼンとフルートが動きました。それぞれに拳と剣を構えて魔王に飛びかかっていきます。力ずくで魔王の魔法を阻止しようとしたのです。

 その目の前から青年が姿を消し、次の瞬間、岩屋の別の場所に現れました。冷笑しながら一同へ手を向けます。

「渦王はあっちに手一杯になったよ。さあ、君たちにも死んでもらおう」

 声と同時に、今度は岩屋の中へ稲妻が降ってきました。轟音が響き渡り、部屋が大揺れに揺れます。稲妻が岩屋のいたるところを打ちのめしたのです。片隅の水場から水蒸気が上がり、きな臭い匂いと共に漂います――。

 

 ところが、水蒸気が消えていくと、ゼンやフルート、その仲間たちが姿を現しました。全員が無傷です。その周囲を青く輝く霧が包んでいました。また水の障壁が霧の姿で彼らを守ったのです。

 何故だ!? と驚く魔王の声に、弱々しい別の声が重なりました。

「アムダ様ぁ……」

 人魚の少女が床に倒れていました。フルートに切りつけられて背中に傷を負ったシュアナですが、全身にさらにひどい火傷を負って動けなくなっていました。フルートたちに降ってきた稲妻が、人魚まで一緒に打ちのめしたのです。

「アムダ様、痛いよ……すごく熱くて痛いよ……助けて……」

 泣いて訴え、細い手を青年に伸ばします。その顔にも腕にも、痛々しい火傷の痕があります。

 けれども、青年はそれを無視しました。両手を振り上げ、今度は無数の魔弾を岩屋に落とします。人魚の上にも闇の弾が雨のように降りそそぎます。

 すると、青い霧の壁がまた一同を守りました。今度は人魚も包み込んで、一緒に守ります。

「ばっか野郎!!」

 とゼンはどなりました。

「この人魚はてめえを守ろうとした仲間じゃねえか! なんでそんな残酷な真似ができるんだよ!?」

 シュアナが守ろうとしたのは、実際には姿を変えられたゼンでした。それを魔王と思いこんでかばったシュアナの気持ちは、ゼンにもしっかり伝わっていたのです。敵とはいえ、悲しいくらい一途でひたむきな少女でした。

 ふん、と魔王は笑いました。

「敵にまで情けをかけるとは、さすがは正義の勇者たちだな。でも、それはつまらない海の怪物さ。この後はもう役に立つこともないよ」

「なんだとぉ――?」

 ゼンの声がいきなり低くなりました。青年をにらみつけたまま、静かな口調になっていきます。

「それが貴様のやり方かよ……? 仲間も使い捨てにして、敵と一緒に殺すって言うのかよ……?」

 ゼンが突然穏やかになるのは、爆発の一歩手前の証拠でした。焦げ茶色の瞳は激しい怒りを浮かべています。

「何故怒るんだ。シュアナはぼくのために死んでもかまわないと言った。だから希望通りに使ってやっただけさ。残念ながら、ぼくの計画通りにはいかなかったけれどね。ぼくのために死ねて、シュアナだって満足だろう」

 傷ついた人魚は倒れてすすり泣いていました。アムダ様、熱いよ、痛いよ、と繰り返しています。冷酷な青年のことばが聞こえたのかどうかは、わかりません――。

 

 ゼンはついに爆発しました。

「てめぇ、仲間をなんだと思ってやがる!!?」

 今まで手加減してきた拳に、全身の怒りと力を込めて青年に殴りかかっていきます。

 すると、青年の姿がまた消えました。次の瞬間にはまた別の場所に現れて、高く叫びます。

「砕けろ!」

 岩屋の中にまだ外の景色は映り続けていました。魔王の魔法で亀裂の走っていた山頂が、音を立てて崩れ始めます。崖の途中にしがみつく半魚人や渦王たちも一緒です。海鳥たちが必死で羽ばたいて抑えようとしますが、巨大な岩の塊を鳥の力で支えられるはずはありません。全員が岩と一緒に海へ向かって滑り落ち始めます。

「父上!」

「兄上!」

「ギルマン――!」

 メールや三つ子やゼンが思わず声を上げます。ポポロや犬たちも立ちすくみます。ここは山の地下にある岩屋です。助けは間に合いません。

 魔王の青年が高らかに笑いました。

「さあ、これで本当に邪魔は入らなくなった! 今度こそ君たちを――」

 

 その時、フルートが山頂の光景から振り向きました。鋭い声で言います。

「助けを呼べ! 早く!」

 えっ、とポポロは驚きました。自分に言われたのだと思ったのです。けれども、フルートが見ていたのは別の人物でした。がっしりした体格の少年が、フルートに見つめられて面食らった顔になります。

 すると、フルートがまた言いました。

「呼ぶんだ、ゼン! 海を――! 渦王たちを助けるんだ!!」

 魔王がまた笑いました。

「何を血迷ってる? ゼンに何ができると言うんだ。崩れた山は海に落ちて、そこにいる渦王の戦士たちも残らず押しつぶすぞ。渦王軍は全滅さ!」

 なんだとぉ!? とゼンが言いました。フルートはもう何も言いません。ただ親友を見つめます。

 

 すると、岩屋に突然亀裂が走りました。床から壁へ、そして天井へ、音を立てて大きな裂け目ができていきます。次の瞬間、裂け目の底から噴き出してきたのは、海水でした。あっという間に岩屋を充たし、裂け目に沿って上昇を始めます。岩屋にいた全員がその流れの中に巻き込まれます。

 上へ、上へ……。水に押し上げられながら、魔王の青年は驚いていました。これは彼の魔法ではありません。もっと別の、もっと強い力が、海から岩屋の中へ流れ込んできたのです。爆発するような勢いです。

 すると、目の前にゼンが現れました。青年に向き合う形で、一緒に水に押し上げられていきます。魔王の青年は、ぎくりとしました。彼をにらみつけるゼンの目は、いつの間にか茶色から深い青に変わっていたのです――。

 ゼンが言いました。

「てめえだけは許さねえ! 絶対に絶対に、海に手出しはさせねえぞ!!」

 水の流れが、ぐんと速まりました。渦を巻きながら猛烈な勢いで割れ目をさかのぼり、岩を砕く音を響かせます。とたんにあたりが明るくなりました。鈍色の雲におおわれた空が広がります。

 そこはもう山の上でした。砕けて今まさに落ちようとしている岩壁の後ろから、水が激しく噴き出します。

 突然現れた裂け目と奔流は、岩山を頂上まで引き裂いて、山頂から水の柱を噴き上げたのでした――。

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