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第13巻「海の王の戦い」

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第29章 最終決戦

85.力ずく

 フルートとゼンの名前を呼びながら、ポポロとメールが水場から駆け上がってきました。フルートは驚いてすぐには反応できませんでした。入り江の海で待っているはずの少女たちが、いきなり岩屋に姿を現したのです。二匹の犬たちも一緒です――。

「マーレ!」

 とザフがシードッグの名を呼びました。魔王に捕らえられた時に、離ればなれになった友だちです。黒犬が、ワンワン、と高らかに応えます。

 ポポロがフルートに飛びつきました。ずぶ濡れの顔を涙でまた濡らしながら、フルートにしがみつきます。

「だめ! 願ってはだめよ、フルート……! 願い石でゼンの生き返りを願っても、それはもうゼンじゃないの! 願い石でも、ゼンは助けられないのよ――!」

 ポポロは声を詰まらせて泣き出しました。引き止めるように、フルートを堅く抱きしめます。

 メールは茫然と立ちつくしました。フルートの腕の中で、ゼンが血を流してぐったりしています。もう息をしていないことは、見ただけでわかりました。全身が激しく震え出します。

「ゆ……許さないよ……!」

 メールは涙をこぼしながら声を上げました。にらみつけた相手は、椅子に座っている魔王です。

「よくも、よくも、ゼンを……! 許すもんか! 殺してやる!!」

 大理石の床に鞘から抜いたゼンのショートソードが落ちていました。メールはそれに飛びつくと、魔王に向かって駆け出しました。また、傷を負った人魚が跳ね上がって魔王を守ろうとしますが、それを突き飛ばして剣を振り上げます。

 魔王の青年はまた片手を上げていました。メールへ魔弾を撃ち出そうとしているのです。ルルが叫びました。

「危ないわ、メール! よけて!」

 けれども、メールは逃げません。怒りと恨みを込めて剣を振り下ろそうとします。

 

 すると――魔王が急に自分で自分の右手首をつかみました。魔弾を打ち出そうとする手を、ぐっと膝に押しつけます。まるで力ずくで押し下げたような動きです。

 意外な行動にメールが思わず目を見張ると、魔王がそれを見上げてきました。丸い眼鏡、平凡そうな顔……その顔が大きく歪んでメールを見つめています。怒っているような、泣いているような、なんだかひどく複雑な表情です。

 それを見たとたん、メールは呆気にとられました。切りつけることも忘れて立ちつくし、次の瞬間、大声を上げます。

「ゼン――!!?」

 岩屋中の者たちがいっせいに振り向きました。フルートが、ポポロにしがみつかれたまま、ぽかんとします。

 すると、椅子の中で魔王が泣き笑いをしました。それは、仲間たちが本当によく知っている人物の表情でした。フルートやポチ、ルルやポポロまでがいっせいに叫びます。

「ゼン!!!」

 彼らの目の前で魔王の姿が溶けるように消え始めました。小柄な体がもっと小さくなり、肩幅が広く、腕が太くなり、茶色い髪の少年の姿に変わります。泣き笑いしながら、いつもの声で話しかけてきます。

「やっと気がついたな、このすっとこどっこい。揃いも揃って魔王の術にはめられてんじゃねえや」

 メールは歓声を上げてゼンに抱きつきました。ゼンがそれをしっかり受け止めます。ゼンは、魔王にメールを攻撃させられそうになって、死にものぐるいで抵抗したのです。魔弾を撃つ手を力ずくで押し下げると、魔王の魔法が根負けしたように緩み、表情に自由が戻ったのでした。

 

 とたんに、フルートが大きく飛びのきました。ゼンの死体を腕の中から放り出し、ポポロを抱いて離れます。その左肩を魔弾が貫いていきました。金の鎧に傷はつきませんが、紅いしぶきが散って、肩当ての下から血が流れ出します。

「フルート!」

 ポポロは真っ青になりました。フルートが体でかばったので、彼女に怪我はありません。

 死んでいたはずのゼンが目を開け、片手を上げていました。みるみるその姿が変わって、今度はこちらが黒ずくめの魔王になります。

「まったく。予想外の連続だな」

 と魔王の青年は立ち上がってきました。片手をフルートに向けたまま、もう一方の手で、ずれた眼鏡を押し上げます。

「勇者は魔王を殺せない。女の子たちはこんな場所まで駆けつけてくる。どうやって崩れた通路から脱出してきたんだ? ポポロは魔法を使い切っていたはずなのに。おまけに、ゼンは力ずくでぼくの魔法を振り切った。ぼくは魔王の力に加えて、海の王子の魔力まで持っているんだぞ? いったいどれだけ馬鹿力なんだ」

 ゼンは椅子から跳ね起きました。体も声ももうすっかり思いのままでした。魔王に向かってどなります。

「いい加減にしやがれ、この陰険野郎! 人がそんなにてめえの思い通りになるかよ! 俺を殺してフルートに願い石を使わせるなんてこと、絶対にさせねえからな!」

「フルート! フルート……!」

 ポポロは泣いていました。金の石は力を使い果たして灰色の石ころになっています。魔弾に撃ち抜かれたフルートの傷が治らなくて、肩当ての下から血が流れ続けていたのです。

「大丈夫だよ。大したことない」

 とフルートが痛みをこらえて答えます。

 ったく! とゼンは言い続けました。

「ほんとにおまえはしょうがねえな、フルート! ポポロがいねえと、すぐ願い石に負けそうになるんだからよ! ポポロ、その馬鹿をしっかり抱いて捕まえてろ! 魔王の野郎をぶっ飛ばして、デビルドラゴンを追い出してやる!」

 願い石の精霊はもう姿を消していましたが、ポポロはまたフルートを抱きしめました。そのまま泣き顔を鎧の胸に埋めたので、フルートがたちまち真っ赤になります……。

 

 すると、魔王が笑いました。

「ぼくをぶっ飛ばすだって? どうやって。守りの石は力を失っている。ポポロは魔法を使い切った。他の魔法もすべてこの岩屋では使えない。この状況で、どうやってぼくを倒すつもりだい?」

「るせぇ! てめえなんか、これで充分なんだよ!」

 ゼンがメールを放り出すように離して、魔王に殴りかかっていきました。

 青年がまた笑います。

「ぼくにそんな攻撃が効くわけがないだろう。ぼくは魔王だぞ。簡単にかわしてしまうさ――」

 青年の体が透き通っていきます。黒ずくめの体もはおったマントも、黒い影になって消えていきます。

 ところが、ゼンは手を伸ばして影のマントを捕まえました。ぐっと引き戻すと、隠れていた場所から引きずり出されるように、魔王が再び姿を現します。その顔にゼンは拳をたたき込みました。眼鏡が吹き飛び、青年が床に倒れます。

「アムダ様!」

 人魚のシュアナが驚いて叫びましたが、青年のほうはもっと驚いていました。

「ぼくを殴り飛ばした――!? いったい何を使ったんだ、ゼン? ぼくを別空間から引き戻して、実体化させるだなんて!」

「んな難しいこと、俺にわかるか!」

 とゼンは言い返して、立ち上がってきた青年をまた殴りました。今度は腹に強烈な一発を食らって、青年の体が部屋の端まで吹き飛びます。

 けれども、壁に激突する直前で、青年は止まりました。魔法で自分の傷を癒し、眼鏡も元通りにして、確かめるように一同を眺めます。

「聖守護石はやはり力をなくしているな……。ポポロも魔法を使っている形跡はない。誰だ、ゼンに力を貸しているのは?」

 ゼンがまた飛びかかってきました。もう一度、青年を殴り倒そうとします。

 魔王の青年は飛びのき、ゼンに手を向けて魔弾を撃ち出しました。ゼンは魔法を解除する胸当てをつけていません。闇の弾の直撃を食らいます――。

 ところが、魔弾はすべてゼンの前で砕けました。青く輝く霧が流れてきて、包み込むようにゼンを守ったのです。

 青年は部屋の隅の水場を振り向きました。

「水の守りの壁! 水場から水を霧にして呼び寄せているのか!」

 ゼンがまた間合いに飛び込みました。隙を突かれた青年を、また殴り倒します。

 

 魔王の青年は跳ね起きてどなりました。

「そうか、あいつらだ!」

 青年が手を振ったとたん、岩に囲まれた部屋の中に外の景色が現れました。大きく崩れて絶壁になった途中に、二人の男たちが宙づりにされています。今彼らがいる場所の山頂の光景です。

 とたんに青年は、やっぱり、と歯ぎしりをしました。

 ゼンやフルートたちも、驚いてその光景を見ていました。

 地上千メートルの高さから、一気に海に落ち込んでいる絶壁の頂上。鎖でつり下げられた渦王とアルバに、十数人の男たちが群がって、山頂へ引き上げようとしているところでした。男たちはそれぞれ体に丈夫な蔓を縛りつけ、それを命綱にして崖を降りていました。雲におおわれた空の下、男たちの全身でうろこが銀に光ります。

 ゼンは思わず大声を出しました。

「ギルマン――!?」

 絶壁で渦王たちを救出しているのは、ギルマンたち半魚人の集団だったのでした。

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