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第13巻「海の王の戦い」

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81.偽り

 「おっ?」

 自分が見知らない場所にいることに気がついて、ゼンは驚きました。思わずあたりをきょろきょろ見回してしまいます。

 そこは四角い部屋の中でした。天井と壁は白っぽい岩、床は鏡のような黒大理石でできています。

 ゼンはその部屋の片隅で、テーブルに向かって座っていました。テーブルの上にはチェス盤が載っています……。

 なんだ、ここは? とゼンは考えました。自分がどうしてここにいるのか、いつの間にこんな場所に来たのか、さっぱりわかりません。

 ゼンはフルートたちと一緒に山頂に近い斜面にいたのです。結界に捕らえられた三つ子たちを助けるために、金の石が力を使い果たし、フルートが必死で呼びかけていると、後ろに大蛇が現れてゼンを呑み込みました。本当に突然のことだったので、逃げることも戦うこともできませんでした。あたりが夜のように真っ暗になり――

 気がついたら、ゼンは岩に囲まれた部屋で、椅子に座っていたのです。

 

 すると、部屋の真ん中から少女が振り向きました。短い上着を着た銀髪の美少女ですが、下半身が大きな魚の尾になっています。魔王の仲間の人魚です。

 人魚の少女は驚いた顔をしましたが、やがて、その目を細めると、にっこりゼンに笑いかけてきました。

「やだぁ、アムダ様ったら。そんなところにいたんだぁ。なんで急に姿を消したりしたの? 心配しちゃったよ」

 魚の尾を器用にくねらせて床を進み、ゼンに近寄ってきます。その笑顔はとても親しげでした。ゼンの膝に手をかけて、甘えるようにすり寄ってきます。

 な、なんだこれ? とゼンはますます面食らいました。人魚はゼンにまったく警戒していません。それどころか、アムダ様、と呼びかけてくるのです。それは、あの魔王の青年の名前のはずです。

 

 その時、部屋の中央でいきなり天井が崩れました。大小の岩が部屋の中に落ちてきて、床の上で砕けて砂になります。それと一緒にひとかたまりになって落ちてきた集団がありました。フルート、ペルラ、クリス、ザフ――ポチ、シィ、カイの三匹の犬たち、そして――

 ゼンは驚いて目を見張ってしまいました。目の前に落ちてきた仲間たちと一緒に、もう一人の自分がそこにいたからです。青い胸当てをつけ、腰には丸い青い盾を下げ、弓を背負い、ショートソードを腰に差して、ゼンとそっくりの恰好をしています。

 人魚のシュアナが金切り声を上げました。

「やだ! あんたたち、いったいどこから入ってきたのよ!?」

 フルートたちがいっせいに跳ね起きました。人魚とゼンに向かって身構えます。それは敵に対する態度でした。

 もう一人のゼンがショートソードを抜いて駆け出しました。

「こんなところにいやがったな、魔王! 今度こそ、てめえを殺してやる! 覚悟しやがれ!」

 ゼンはどうしようもなく混乱しました。本当に、何がどうなっているのか、まったくわかりません。俺がゼンだぞ! おまえこそ何者だ!? と言い返そうとしましたが、何故か声がまったく出ませんでした。椅子に座ったまま、その場から動くこともできません。

 ただ、人魚がおびえてしがみついた拍子に、足下の床が目に入りました。鏡のように磨き上げられた黒大理石に、自分たちの姿が映っています。人魚にしがみつかれたゼンは、丸い眼鏡をかけて黒い服を着た、小柄な青年の姿をしていました――。

 

 ゼンは仰天しました。仲間たちが何故自分にこんな態度をとっているのか、やっと理解します。ゼンは姿を変えられていました。フルートたちの目には、ゼンが魔王に見えているのです。

 ところが、それを言おうとするのに、声がまったく出ませんでした。体も椅子に座り続けたまま、自分の意志で動かすことができません。

 すると、まるで何かに操られるように、ゼンの片手が上がり始めました。突進してくるもう一人のゼンに手のひらを向けます。

 とたんに、その全身から青い防具や弓矢が落ちました。装備が外れたのです。

「ゼン、よせ!!」

 とフルートが叫びました。椅子に座るゼンではなく、ショートソードを握って走るもう一人のゼンに向かって言っています。フルートも、そちらが本物のゼンだと思っているのです。

 馬鹿野郎、俺はこっちだぞ――! どなろうとするのに、相変わらず声は出ません。体も自分の自由にはなりません。上げた片手から、黒い光の弾が出ていきました。突進してくるもう一人のゼンを撃ち抜きます。

 

 ゼンは、悪夢を見る想いで、目の前の光景を眺めていました。

 もう一人の自分が血をまき散らしながら床に倒れます。

 フルートが悲鳴を上げて駆け寄り、ペンダントを押し当てます。金の石は力を失って、灰色の石ころに変わってしまっています。傷は治りません。

 ポチが半狂乱で駆けつけてきました。三つ子たちや他の犬たちも飛んできます。全員が、もう一人のゼンを必死で助けようとしています。

「魔王よ! あいつが魔法を妨害しているのよ!」

 とペルラが椅子に座ったゼンを指さしてきました。メールによく似た青い瞳が、敵意に燃えています。ポチも言いました。

「ワン、魔王を倒せば、癒しの魔法でゼンが助かるんだ!」

 やはり本物のゼンに向かって牙をむいています。

 たちまちフルートが顔色を変えました。真っ青な顔で、椅子に座るゼンを見ます。

 馬鹿、やめろ――! とゼンは心でどなり続けました。俺だぞ、フルート! わかんねえのかよ!?

 けれども、フルートも敵を見据える目をしていました。自分自身が死人のように青ざめた顔になって立ち上がってきます。その手には黒い剣が握られていました。

 ゼンは椅子から飛び上がって、馬鹿野郎! とわめこうとしました。やっぱり身動きができません。声も少しも出てきません。まるでゼン自身が魔王のように、フルートへ片手を突きつけているのです。

 フルートが剣を握り直しました。その顔は冷や汗をびっしょりかいています。何かを振り切るように叫びます。

「ゼンは――ゼンは、死なせない――!!」

 フルートは駆け出し、ゼンに向かって剣を振り上げました。

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