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第13巻「海の王の戦い」

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80.急展開

 「金の石! 金の石!」

 フルートは魔石に呼びかけました。

 石は輝きを失って灰色に変わっています。魔王の結界を打ち消すために、力を使いすぎたのです。けれども、フルートが呼び続けると、その表面に、ぼんやりと金色が戻ってきました。

「金の石――!!」

 フルートは必死で呼び続けます。

 すると、いきなりポチがまた振り向きました。

「ワン、危ない!」

 そこに立っていたのはゼン一人だけでした。地面から黒い大蛇が飛び出して、襲いかかってきたのです。巨大な口を開け、ばくりとゼンを呑み込むと、そのまままた地面に潜ってしまいます。本当に、一瞬のできごとでした。

「ゼン!!!」

 仲間たちは仰天して駆けつけました。金の石が弱々しく明滅を繰り返すのを見て、フルートが言います。

「闇の怪物だ! 金の石が弱ったのを見て襲いかかってきたんだ!」

 黒い大蛇が消えた場所に、蛇が潜った痕は残っていませんでした。クリスやザフが地面に手を向けて魔法を繰り出しますが、表面の土や石がいくらか吹き飛んだだけで、蛇はどこにも見当たりません。フルートたちは思わず立ちつくしました。

 

 すると、黒い大蛇がまたいきなり地面から現れました。太く長い体で、のたうちながら斜面を転げ回り、やがて、ぐったりと伸びてしまいます。その体の中から剣の切っ先が突き出てきて、腹を切り裂きました。ゼンが無傷で飛び出してきます。

「ったく! こう何度も敵に食われるなんて、やってられるか! 俺は餌じゃねえ!」

 わめきながら、手にしたショートソードで大蛇の頭を切り落とし、フルートたちを振り向きます。

「おい、早くこいつを始末しろよ! 闇の怪物だから、放っておくと復活してくるぞ!」

 ぽかんとしていた三つ子たちが、我に返って魔法を繰り出しましたが、闇の蛇は消せませんでした。海から離れた上に、結界で力を奪われたので、魔力が弱ってしまったのです。フルートが炎の剣を振って蛇を焼き尽くし、改めて友人に笑いかけます。

「やっぱりゼンだな。何があっても絶対にやられないんだから」

 へっ、とゼンも笑い返しました。

「俺を誰だと思ってる。渦王の後継者だぜ。あの程度のことでどうにかなるもんかよ」

 自信たっぷりの調子に、ポチが、あれあれ、という顔をします。

「さあ、渦王たちを助け出そうぜ! 魔王の結界は消えたみたいだからな。今なら渦王たちのそばに行けるぞ」

 とゼンが言ったので、彼らはまた山頂を見ました。渦王とアルバが絶壁に囚われています――。

 

 その時、声が響きました。

「行かせないぞ! 君たちはここで死ぬんだ!」

 魔王の青年の声です。同時に、彼らの足下が揺れ始めました。山鳴りと共に地面が動き、次第に激しくなっていきます。フルートたちは立っていられなくなって、その場にしゃがみ込みました。体が前後左右に振り回されます。

「ワン、こ、これは普通の地震じゃない――」

 とポチが言いかけたとき、いきなり彼らの下で地面が裂けました。山の斜面が陥没して、大きな亀裂が現れたのです。あっという間に彼らを呑み込んでしまいます。

 亀裂の中は絶壁になっていました。どこまでも深く続いていて、底が見えません。その中を真っ逆さまに落ちながら、ゼンが言いました。

「おい、やばいぞ! この亀裂、山の一番下まで続いているんじゃねえのか!?」

 フルートも落ちながら同じことを考えていました。魔王が魔法で作った亀裂なのです。下手をすれば、山の高さと同じだけの深さがあるかもしれません。

 その周囲で三つ子たちが必死に手を振っていました。魔法で落下を止めようとしているのですが、魔法がまったく発動しません。ポチも風の犬に変身しようとしましたが、やはり姿は変わりませんでした。亀裂の中は魔王の支配下にあるのです。

 フルートの手の中で、金の石がぼんやりと光り続けていました。暗闇に沈んだ亀裂の中、見えるのは石の金の輝きだけです。フルートはそれへ呼びかけました。

「金の石! 頼む――!」

 魔法の鎧兜を着たフルートはともかく、仲間たちはこの高さから落ちたら絶対に助かりません。みんなを守ってくれ! と守りの魔石に強く念じます。

 すると、金の輝きが強まり、彼らを光で包み込みました。体がふわりと浮き上がったように感じます。実際には、まだ落ち続けているのですが、その速度が鈍ったのです。どんどん墜落の速度が遅くなり、やがて、ほとんど停止した状態になります。

 そこはもう亀裂の終点でした。むき出しの岩の底がすぐ下に見えています。かろうじて激突をまぬがれて、一同がほっとしたとたん、突然金の光が消えました。あたりが真っ暗闇になり、全員が折り重なるようにして地底に落ちます。

 その衝撃で岩が崩れて穴が開き、さらに下へと落ちていきます――。

 

 一同が落ちたのは、四角い部屋の中でした。天井と壁は白っぽい岩でできていますが、床は鏡のように磨き上げられた黒大理石です。その真ん中に岩と一緒に落ちていったのですが、岩は床にあたると崩れて砂になりました。非常にもろい岩だったのです。フルートたちが床に投げ出されます。

 すると、金切り声が部屋中に響き渡りました。

「やだ! あんたたち、いったいどこから入ってきたのよ!?」

 部屋の片隅にテーブルがあって、その前に人魚の少女がいました。長い銀髪を垂らして短い上着を着ています。その後ろの椅子には、黒衣に黒いマントの青年が座っていました。眼鏡の奥で目を見張って、やはり驚いた顔をしています。

 フルートたちはいっせいに跳ね起きて身構えました。彼らは山の頂上から、山の真下にあった魔王の岩屋まで落ちてきたのです。

 ゼンがショートソードを手にどなりました。

「こんなところにいやがったな、魔王! 今度こそ、てめえを殺してやる! 覚悟しやがれ!」

 誰よりも早く飛び出して、青年に切りかかっていきます。人魚の少女が悲鳴を上げて青年にしがみつきます。

 すると、青年は何も言わずに片手を上げました。走っていくゼンの全身から、青い胸当てや盾、弓矢といった防具が外れ、音を立てて床に落ちます。魔王の魔法で、装備を解かれてしまったのです。

 けれども、それでもゼンは停まりませんでした。握っていたショートソードを振りかざし、青年へ切りつけていきます。

 フルートは思わず叫びました。

「ゼン、よせ!!」

 魔王の青年はまだ片手を上げ続けていました。その手のひらから黒い魔法の弾が撃ち出されてきます――。

 

 魔弾がゼンにまともに当たりました。

 防具をつけていない胸の真ん中を貫いていきます。

 ゼンが少しよろめいて、立ち止まりました。ぽっかりと穴の開いた自分の胸を、驚いたように見下ろします。

 

 とたんに、その傷口から鮮血が噴き出しました。

 激しく咳き込み、口からも血を吐きます。

 ゼンはその場にうずくまり、咳をし続けました。そのたびに大量の血が傷と口からほとばしります。そのまま、崩れるように倒れていきます――。

 

 フルートは悲鳴を上げて駆け寄りました。

 親友を抱き起こそうとして、その傷の大きさに手を止めてしまいます。傷口からは血があふれ続けています。ぐずぐずしていたら、あっという間に失血死してしまいす。

 フルートは手にまだペンダントを握り続けていました。それをすぐにゼンに押し当てますが、傷はふさがりませんでした。魔王の結界を消滅させ、今また、墜落するフルートたちを衝突から守って、力を完全に使い果たしてしまったのです。灰色の石ころになってしまった金の石に、癒しの力はありません。

「ワンワン、ゼン! ゼン!!」

 ポチが駆けつけました。三つ子たちや、シィやカイも駆け寄ってきます。三つ子たちがそれぞれに手を伸ばし、ゼンに癒しの魔法をかけようとしましたが、やはり血は止まりません。ペルラが言います。

「魔王よ! あいつが魔法を妨害しているのよ!」

 青年は椅子に座り続けていました。まだ片手を上げています。今度はフルートたちに魔弾を繰り出そうとしているのです。

 ポチがまた叫びました。

「ワン、魔王を倒せば! そうすれば、癒しの魔法でゼンが助かるんだ――!」

 フルートは思わず息を呑みました。もう一方の手に握っていた剣を見つめます。ひとかすりでもすれば敵を燃やし尽くすことができる、火の魔剣です。冷たい汗がどっと噴き出してきます。

 ゼンは目に見えて弱っていました。もう咳をする力も残っていません。自分が流した血の海の中で、次第にぐったりとしていきます。

 フルートは青ざめた顔を上げました。ペンダントをゼンの体の上に残したまま、立ち上がります。その金の鎧兜にも、友人の血しぶきが飛んでいます。

 そして、フルートは剣を握り直しました。冷たい汗に濡れた両手で柄を強く握りしめ、魔王に向かって駆け出します。

「ゼンは――ゼンは、死なせない――!!」

 フルートはそう叫んで剣を振り上げました。

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