「あいつが最後だ! 逃がすな!」
とゼンがどなりました。弓弦の音が響いて白い矢が飛び、大きなカエルの背中に突き刺さります。カエルはグエッと鳴いて地面に落ちると、たちまち姿を変えました。人より大きなバッタになって飛び跳ね、緑の羽根を広げます。
クリスとザフの二人が駆け出して、虫へ両手を向けました。
「これでも食らえ!」
二人の手から飛び出した魔法が、バッタの硬い体を貫きます。
とたんに、敵はまた形を変え、一羽の大きな鳥になりました。そのまま空に舞い上がって逃げようとしますが、今度はペルラが手を振りました。
「逃がさないったら! いいかげん観念しなさいよ!」
再び魔法を食らって、鳥が墜落しました。地面にぶつかったとたん、大蛇に変わります。
そこへポチ、シィ、カイの三匹の犬たちが飛びかかりました。犬たちに牙を突き立てられて、蛇は大きくのたうち、ばらばらになりました。その一つ一つがスライムに変わったので、犬たちはあわてて飛びのきました。触れれば溶かされてしまいます。
すると、フルートが剣を高く振り上げました。赤い宝石をはめ込んだ黒い大剣です。
「みんな、よけろ――!」
仲間たちがさらに下がったところへ、火の弾が飛びました。スライムたちが炎に包まれて、ふるふると揺れながら燃え上がります。……もうそれ以上、変身して逃げることはできません。
燃え尽きていく敵を見ながら、一同は、ほっと息をつきました。全員が息を弾ませ、汗まみれになっています。激戦に次ぐ激戦だったのです。
ポチが舌をだらりとさせながら言いました。
「ワン、すごかったですね。オオカミを倒した後にツノウサギが集団で襲ってきて、それも倒したら触手の化け物が出てきて――それも倒したら、今度は変身する怪物だもの。まだ出てくるのかな?」
それを聞いて、一同はまた身構えました。一番小さなシィの前に、かばうようにカイが出たので、シィが目を丸くします。
すると、どこからか溜息が聞こえてきました。フルートたちは、はっとして、あたりを見回しました。あの魔王の青年の声だったのです。あきれたように、やれやれ、と言った気がします。
けれども、魔王は姿を現しませんでした。彼らが倒した獣や怪物たちの死体がいたるところに転がっていますが、そこに新しい敵が出現することもありません。しんと静まりかえった山の斜面に、はるか下の方から、波の音が聞こえてきます。
「攻撃してこねえな。魔王め、何を考えてやがる」
とゼンが言いました。油断のない目で警戒を続けています。
フルートも抜いた剣を鞘に収めようとはしませんでした。
「あいつがこのままぼくたちを行かせるわけがない。絶対何か罠をしかけているんだ。気をつけよう」
先頭にポチが飛び出し、行く手の匂いをかぎながらを進み始めました。全員が用心しながらそれについていきます――。
すると、突然森が終わって、視界が開けました。背の低い草や木がまばらに生えている山頂が、目に飛び込んできます。山頂は右半分が大きく欠け落ちて、切り立った崖になっていました。その途中に、二人の男性が宙づりにされています。
「兄上! 叔父上!」
と三つ子たちは声を上げました。宙づりになっているのはアルバと渦王です。両手にはめられた鉄の輪から太い鎖が伸び、先端が崖に留めつけられています。彼らを支えているのは、その二本の鎖だけでした。崖のはるか下には海が見えていますが、海面までは千メートル近い高さがあります。崖を吹き上がってくる風が、囚われの男たちを頼りなく揺らします。
「よくも!」
三つ子たちがいっせいに駆け出しました。山頂の斜面を崖に向かって上っていきます。フルートとゼンは思わず叫びました。
「待て!」
「馬鹿野郎、勝手に行くな!」
とたんに、三つ子がその場に崩れるように倒れました。斜面にうつ伏して、動けなくなります。シィとカイがあわてて駆け寄り、同じように地面に倒れて動けなくなりました。
驚くフルートやゼンやポチの前に、淡い光とともに金色の少年が現れました。行く手をさえぎるように両手を広げて言います。
「突っ込んじゃいけない。この先に魔王の結界が作られているんだ。入り江の砂浜より強力な闇魔法がかけられているから、この中に入り込むと、海の民じゃなくても力を吸い取られるぞ」
「だが、あいつらが――!」
とゼンは歯ぎしりをしました。見えない結界の中で、三つ子たちがもがいていました。まるで見えない手で上から押さえつけられたように、体を起こすことができずにいます。
「苦しい……」
とシィがうめきました。小さなシィは完全に抑えつけられていて、身動きすることさえできません。カイが地面をかきむしってシィの元へ行こうとしますが、すぐにまた倒れてしまいます。
フルートは青ざめた顔で唇をかみ、すぐに金色の少年に言いました。
「君にならできるな、金の石? 魔王が作った結界なら、あれは闇のものだ。聖なる光で打ち消せるな?」
精霊の少年は上目づかいでフルートを見ました。
「相変わらず君は石使いが荒いな。あれだけの結界を消すのに、どれほどの力が必要だと思っているんだ」
「でも、彼らをあのままにしてはおけないぞ」
とフルートが食い下がります。
黄金の髪と瞳の少年は溜息をつきました。
「わかった、やればいいんだろう。ぼくは守りの魔石だ。持ち主の君が守りたいと考えれば、その役目は果たさなくちゃならないんだからな」
どこか拗ねたような口調で言って、姿を消していきます。代わりに、フルートの胸のペンダントから声が聞こえてきました。
「ぼくを結界へ向けろ。力ずくで破るぞ」
「わかった」
フルートが急いで首から鎖を外し、手に握ったペンダントを突き出します。
とたんに石が強烈な光を放ちました。前方へまっすぐ伸び、何かに衝突ように、激しい火花を散らし始めます。そのまばゆさにゼンやポチは思わず目をそらしました。金の石の光が闇の結界に激突しているのです。その光が前へ伸びていきますが、硬い壁を破ろうとしているように、本当に少しずつしか進みません。
「がんばれ、金の石!」
とフルートは叫びました。目がくらむような輝きにも顔をそらさず、じっとペンダントとその向こうの光景を見つめ続けています。
すると、またどこかから魔王の声がしました。
「無駄だよ。これはぼくが作った結界だ。そんな小さな石に破れるものか」
馬鹿にしている声です。金の石が怒ったように一瞬明滅します。フルートが即座に言い返しました。
「金の石は小さくたって強い! 実力を見せてやるさ!」
結界にぶつかる光がいっそう強くなりました。飛び散る火花や光の粉に、あたりが白々と輝きます。光に押されて結界が後退して、やがて三つ子たちや犬たちの上から追い払われてしまいます。
「ゼン!」
とフルートが呼んだので、ゼンは、おう、と駆け出しました。フルートを追い抜いて先へ飛び出し、倒れているペルラとクリスをザフをまとめて抱えて駆け戻ってきます。シィとカイにはポチが駆け寄り、一生懸命鼻面や頭で押して言いました。
「しっかり! 立ち上がって!」
カイがよろめきながら立ち上がり、シィもなんとか起き上がったところへ、三つ子を降ろしたゼンが戻ってきて、犬たちも運びます。
仲間たちが無事に助かっても、フルートはペンダントを掲げるのをやめませんでした。魔王の結界は彼らの行く手をさえぎっています。これを消滅させなければ、渦王やアルバを救出できないのです。石の光に結界はさらに追い払われていきます。
ところが、バチッと大きな火花の散るような音を立てて、黒い光が弾けました。あたり一帯を呑み込むように、底なしの暗闇が広がります。
石が対抗して強く輝き、金の光でフルートたちを包みました。闇の光から守ります。彼らの周囲で、また火花が飛び散ります――。
やがて、黒い光は消えました。闇の結界が消滅したのです。金の石が輝きを収めていきます。
フルートは、ほっとして仲間たちを振り向きました。クリス、ザフ、ペルラ、それにシィとカイ……皆が立ち上がろうとしているところでした。フルートと目があったペルラが、にこりと笑いかけてきます。
「ありがとう、フルート。助かったわ」
「なんだよ。おまえらをここまで連れてきた俺には、礼はねえのかよ」
とゼンが不満そうに突っ込みます。
その時、ポチが急に声を上げました。
「ワン、フルート! 金の石が!!」
光を収めた守りの魔石は、フルートの手の中で輝きを失って、灰色の石ころのようになっていたのでした――。