銀髪の人魚は、自分の庭によそ者がいるのを見て、きいきいと声を上げました。
「早く出ていってよ! ここはあたしの庭よ! アムダ様にだってまだ見せてないんだから! だいたい誰よ、あんたたち!? どこからここに入ってきたの!?」
シュアナはこれまでまともにメールやポポロやルルを見たことがありません。マーレも、前回であったときにはシードッグの姿をしていました。そこにいるのが誰なのか、すぐには見当がつかなかったのです。
メールは青く燃える瞳で人魚をにらみつけました。
「あんただね、魔王の仲間の人魚は。あんたと、あんたのご主人に教えてやりに来たんだよ。ゼンたちがあんたたちになんて負けっこないってね!」
言いながら人魚に飛びかかっていきます。とたんに、シュアナは魚の尾でメールをたたいて飛びのきました。怒りながら言います。
「わかった! あんたたち、金の石の勇者の仲間たちだ! 山の上からだけじゃなく、こんな方からも来るなんて! ヌー! おいで、ヌー! 敵が入り込んできたのよ! 早く追っ払って!」
すると、庭のある部屋の壁の穴から、太い蛇のような魚が現れました。全長三メートル以上もあるウツボです。大きな口には鋭い歯が並んでいます。
「危ない、皆さん下がって!」
と黒犬のマーレがシードッグに変身して、ウツボに襲いかかりました。銀色の魚の尾で跳ね飛ばし、たちまち犬の前足で押さえ込んで頭をかみ砕いてしまいます。
シュアナはまた金切り声を上げました。
「あんた、あの時のシードッグ! どうやって海底の鎖から逃げ出したのよ!?」
「メール姫たちに助け出してもらったんだ! さあ、魔王の元までぼくらを案内しろ!」
とマーレが牙をむき出してうなります。
人魚は一同を見渡すと、メールとポポロの二人の少女に目を止めて言いました。
「メール姫ってのはあんた? で、そっちの赤毛の子が天空の国の魔法使いのポポロね。やだ、二人とも美人じゃない。ダメよ、アムダ様のところになんて、絶対に案内しないから!」
冗談とも思えない口調でそんなことを言うと、身をひるがえして部屋を飛び出していきます。
「待ちな――!!」
メールやポポロ、ルルが後を追います。マーレもまた犬に戻って駆け出しました。大きなシードッグのままでは、部屋をつなぐ通路に入れなかったからです。
すると、明るい通路の中に声が響き渡りました。
「やれやれ。勇者たちっていうのは、女の子でも安心していられないものなんだな。気がつかないうちに、足下から迫ってくるだなんて」
魔王の青年の声です。とたんに、通路が激しく揺れました。トンネルの中で海水が渦を巻き、シュアナとその後を追う一行の間で、天井や壁が崩れ始めます。
「危ない!!」
メールたちはあわてて引き返そうとしましたが、それより早く通路が崩れ落ちてきました。大小の岩が彼らの上に降りそそぎます――。
地響きをたてて不気味に揺れる岩屋へ、人魚のシュアナが飛び込んできました。トンネルの通路は彼女の水場につながっています。そこから岩屋の床に飛び上がり、テーブルのチェス盤に向かっていた青年へ叫びます。
「アムダ様! ダメだよ、あたしの庭を壊しちゃ! アムダ様に見せてあげたくて、せっかくこの入り江に作り直したのに! もう少しで完成するところだったのよ!」
「大丈夫さ」
と眼鏡の青年は落ち着き払って答えました。
「崩れたのは庭の手前の通路だけだ。シュアナの庭は無事だよ。連中の様子はここからでは見えないが、ポポロは今日はもう魔法を使えないから、あそこから助かる方法はない。今頃、全員岩の下敷きだよ」
「でもぉ。あたしはこれから、どうやって庭に行けばいいの? 通路を潰しちゃって」
まだ怒っている人魚の少女に、魔王の青年は苦笑しました。
「連中を全員倒したら、ちゃんとまた通路を直してあげるさ。連中の死体だって、約束通りシュアナにあげよう。だから、シュアナはここにいるんだ。もう外に出て行くんじゃないぞ」
「どうして、アムダ様? あたしが外に出て行っちゃ、どうしていけないの?」
「それはもちろん、シュアナが危険だからさ。外の通路で金の石の勇者たちと遭遇したら大変だからね。この後はもう、ぼくのそばから離れるんじゃないよ」
その言い方がとても優しかったので、人魚の少女はたちまち赤くなりました。
「アムダ様、それって――」
と頬に両手を当てて見上げると、青年は眼鏡の奥で目を細めました。
「シュアナはぼくの大事なクイーンだ。シュアナが怪我なんかしたら、ぼくは耐えられない。いいかい、絶対ぼくから離れちゃだめだからね」
少女は、ぱっと顔を輝かせました。歓声を上げると、飛び跳ねて青年の腕にしがみつきます。
「あたし、絶対離れないよ! これからずぅっと、死ぬまでずうっと、アムダ様のそばにいる! 絶対に絶対に、一緒にいるからね!」
「うん。約束だ」
青年が優しくほほえみ返します。
人魚はいっそう強く青年の腕にしがみつきました。椅子に座ったままの青年の膝に、嬉しそうに銀髪の頭を載せます。
とたんに、青年の笑顔が熱を失いました。相手を見下すような、冷たい微笑に変わります。
けれども、シュアナは青年の膝に顔を埋めていて、目を上げようとはしませんでした。アムダ様ぁ、と甘えるように繰り返し、なんだい、と返事をされて嬉しそうに笑います。
人魚の少女は、青年の冷ややかなまなざしに、とうとう最後まで気がつきませんでした――。
足下の地面が突然大きく揺れたので、ゼンとフルートと三つ子たち、それにポチ、シィ、カイの三匹の犬は、いっせいに立ち止まりました。足を踏ん張り、あたりの様子を確かめます。また魔王が山津波で攻撃してきたのかと思ったのです。
けれども、揺れは間もなくおさまりました。山全体を震わせる地響きも消えていきます。ゼンは足下を見ました。
「なんだったんだ? 魔王のしわざじゃなかったのかよ?」
「どうやら山の下の方で地震が起きたようだね。海にほとんど変化がないから、たぶん、小規模な落盤か何かだ。……魔王が何か企んでいるのかもしれないな」
とフルートは冷静に答えました。さすがのフルートにも、今の地震が、メールたちのいる通路が崩れ落ちた音だと気がつくことはできません。すぐに行く手へ目を向けます。
「気をつけろよ、みんな。だんだん山頂に近づいてきた。渦王たちはもうすぐそこだ。絶対に敵が待ちかまえているからな」
「へっ、上出来だぜ。こちとら急いでるんだ。とっととかかってきて、俺たちにぶっ飛ばされやがれ」
相変わらずゼンはふてぶてしいくらい元気です。一行の先頭に立って、また山の斜面を登り出します。
すると、その目の前に一匹の黒いオオカミが飛び出してきました。身構えて言います。
「魔王様は勇者たちを監視するだけにしろ、と言われた。だが、獲物を追って包囲しながら何もしないというのは、俺たちオオカミの信条に反する。ジムラ山のオオカミの恐ろしさを、とっくりと味わってもらうぞ――」
元が凶暴なオオカミたちです。勇者の一行を再び見つけたとたん、我慢しきれなくなって姿を現したのでした。その背後の藪から三十頭近いオオカミが飛び出してきました。ゼンたちを取り囲み、ウゥゥーッとうなり始めます。
ゼンが背中から素早く弓矢をおろすと、最初のオオカミが笑いました。
「無駄だぞ、人間。弓矢なんかで狙っても、俺たちはすぐに隠れてしまうからな。そんなものでジムラのオオカミが倒せるものか」
「へっ、やってみなくちゃわからねえだろうが。おまえらこそ、北の峰のドワーフ猟師の腕を見くびるな」
狙いをつけた矢が飛んでいきます。オオカミたちはいっせいに木陰や藪に逃げ込みましたが、矢はその後を追って大きく曲がり、木の後ろでオオカミに命中しました。キャン! と犬のような悲鳴が響きます。
フルートが剣を抜きながら仲間に言いました。
「見つかってしまったから、これから次々に敵が来るぞ! ぐずぐずしないで倒していこう!」
「ワン、わかりました!」
「魔法はいつでも大丈夫だ」
犬たちや三つ子たちが返事をします。
木陰や藪からまたオオカミが飛び出してきました。牙を閃かせながら襲いかかってきます。
「よぉし! 片っ端からぶっ飛ばすぞ!」
ゼンの声を合図に、勇者の一行は猛然と戦い始めました――。