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第13巻「海の王の戦い」

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第25章 沢

73.沢

 入り江の奥の湾から上陸した一行は、砂浜を横切り、右手の山へ向かいました。

 先頭はゼン、二番手がフルート、そこにペルラ、ザフ、クリスが続き、ポチ、シィ、カイの三匹の犬たちは一行の足下を歩きます。海岸はすぐに終わり、上り坂が始まりました。山に入ったのです。

 山の入り江に面した側は切り立った崖ですが、反対側はもう少しなだらかな斜面になっていました。木が生い茂り、谷や沢も見えます。ゼンは足を止めると、そんな山を見上げました。登っていくルートを見定めようとします。

「ずいぶん急な山だな」

 とクリスが言いました。山を登ることを嫌だとは思いませんが、かなり大変な行程になりそうだ、と見ただけで予想がついたのです。

「ゼンはいいよね。山暮らしだから、こういう道にも慣れているんだろう? ぼくらは置いていかれないようにしないとな」

 とザフも言いました。その声に、もう皮肉や反発の響きはありません。

 すると、ゼンが低い声で、馬鹿野郎、と言いました。

「どんなに山に慣れていたって、山に油断なんかできるか。そんなのは傲慢(ごうまん)って言うんだ。しかも、ここは初めての山だぞ。どこにどんな危険があるか読めねえ。充分注意しろよ」

「ワン、山中にはきっと魔王の手下も待ちかまえてますよね」

 とポチも言います。フルートは黙って胸の上のペンダントを確かめました。金の魔石は静かに輝いているだけで、闇の敵の接近は知らせていません。

「よし、あの沢が山頂近くまで続いてるようだな。ついてこい」

 とゼンは先頭に立って歩き出しました――。

 

 沢は山の斜面を削りながら流れていました。岩だらけの浅い谷を水が流れ、両側から木々がおおいかぶさるように生い茂っています。その河原や岸辺を登っていくと、一行はすぐに息が上がって全身が汗ばんできました。本当に、かなり急な山だったのです。

 崖が崩れて瓦礫になった場所に差しかかったとき、ゼンが言いました。

「ポポロを連れてこなくて正解だったな。これじゃ登るのにかなり苦労したぞ。背負っていくようになったかもしれねえ」

「でも、あの子は魔法使いだろう。逆に、連れてきたほうが良かったんじゃないのか? 魔法でぼくら全員を一気に山頂まで運んでもらえたのに」

 とクリスが言うと、フルートが苦笑しました。

「それが、そういうわけにもいかなかったんだ」

 どうして、と聞き返されたので、今度はゼンが答えました。

「ポポロが今日の魔法を使い切ってたからだよ――。あいつの魔法はめちゃくちゃ強力だけど、一日に二回しか使うことができねえんだ。あいつはウンディーネを消滅させるときに一度、メールを目覚めさせるのにもう一度、魔法を使ってる。今日の魔法はこれで打ち止めだ。連れてきても、もう魔法は使えなかったんだよ。だから、フルートもポポロを海に残してきたんだ。危険すぎるからな」

 それを聞いたとたん、ペルラがきゅっと口を結んできつい表情になりました。にらむような目でフルートを見つめますが、フルートは沢を登り続けていて、後ろからの視線には気がつきません。

 やがて、ペルラが一行から遅れ始めました。瓦礫の山は踏みしめようとしても足下で崩れるので、少女のペルラには、かなりきつい道だったのです。フルートが気がついて引き返してきました。

「大丈夫、ペルラ? ほら、つかまって」

 と手を差し伸べると、ペルラはぴしゃりとそれを払いのけました。

「大丈夫よ! 私は自分で登れるわ!」

 とげとげしく言って、足を速めます。フルートは驚いてそれを見送り、先を行くクリスとザフが振り向いて顔を見合わせました。彼らには妹の気持ちがわかりました。黙ったまま肩をすくめ合います。

 

 すると、山の中を吹いてくる風が、急に風向きを変えました。ざわざわと森の梢がなります。とたんにポチがばっと背中の毛を逆立てて身構えました。

「ワン、敵の匂い! これは――オオカミだ!!」

 沢の岸の森へうなり始めます。カイとシィも即座に身構えました。カイがほえながら飛び出していこうとします。

 すると、ポチが急にまた警戒を解きました。

「ワン、大丈夫です。逃げていきました。……ずいぶんあっさり引き上げていったな。なんだったんだろう?」

 と拍子抜けしたように言います。

 ゼンとフルートは岸の森を眺めました。警戒の目で木々の間を見透かしますが、そこにはオオカミも怪しいものの姿も、まったく見当たりませんでした。

 

 

 岩屋の中で、魔王の青年はチェス盤を眺めていました。

 盤上には幻のように外の景色が映し出されています。緑の山中を流れる沢を、勇者の一行が登っていきます……。

 ふぅん、と青年はつぶやきました。

「ポポロが同行していないから、どうしたんだろうと思ったが、そういうことだったのか。魔法が一日に二度しか使えなかったとはね。まさかそんな弱点を抱えているとは思わなかったよ」

 青年が見ている光景は、山中で勇者たちを見張るオオカミが送ってきているものでした。ついさっきまで間近にいたので声も聞こえていたのですが、今は離れてしまったので、遠景に姿が小さく見えているだけです。

 すると、椅子に座ったシュアナが言いました。

「アムダ様が読んだ本には書いてなかったの? あんなにたくさん読んだのに」

 と部屋の片隅に積み上げられた本を示します。

 青年は肩をすくめ返しました。

「連中だって馬鹿じゃない。自分たちの弱点をわざわざ吟遊詩人たちに歌わせるもんか。だが、そういえば確かにポポロは魔法を使う回数が少なかったな。ひとつの戦闘で一度か二度しか使っていないんだ。回数に制限があったのなら、それも納得がいくよ」

 言いながら、魔王の青年は考え続けていました。眼鏡の奥で赤い瞳が何かを計算しています。

 

 シュアナが首をかしげてまた話しかけてきました。

「ねえ、アムダ様、連中をこのまま行かせるつもり? 頂上に着いたら、渦王たちを助け出しちゃうよ。それでいいの?」

「まさか」

 と青年が今度は笑います。

「ちゃんと準備はしてある。だが、ポポロが一緒でないとしたら、それもすぐに始めて良さそうだな。どれ、少し派手にやってみるか」

 青年が手をかざすと、急に盤上の光景が移動しました。彼らが登っていく先の景色を映します。

 すると、山の奥で木々が揺れて、崩れるように動き出しました。沢に沿って流れ下り始めます。まるで山の斜面が森ごと雪崩を起こしたようです――。

 

 

 突然聞こえてきた轟音に、フルートたちは驚いて顔を上げました。音は沢の上流から響いてきます。

「な、なんだ?」

 と面食らう一行に、ゼンがどなりました。

「この音は山津波だ――! 逃げろ! 川に沿って山が崩れてくるぞ!!」

 言っているそばから目の前に茶色の濁流が現れました。山の上から土砂や木々を巻き込みながら、猛烈な勢いで沢を駆け下ってきます。全員が下へ逃げ出しますが、山津波が速すぎてとても逃げ切れません。

 すると、フルートが立ち止まりました。振り向きざまペンダントをかざします。

「金の石!」

 金の光が輝いたのと、彼らを山津波が呑み込んだのが同時でした。すさまじい音を立てながら、岩や土がさらに下流へ流れていきます。

 数頭の大きなオオカミが森から飛び出してきて、谷をのぞき込みました。魔王が配していた見張りです。沢は巨岩と土と倒木で埋まっていて、その中に勇者の一行の姿を見つけることはできませんでした――。

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