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第13巻「海の王の戦い」

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71.選抜

 雨と風がやんで静かになった海から、半魚人のギルマンが現れました。浅瀬でフルートと抱き合っているポポロを見て、魚の顔で微笑します。

「ポポロが駆けつけていたのか。道理で急に静かになったはずだ。怪物も魔王も追い払ってくれたんだな」

 ギルマンは誉めているのに、ポポロは真っ赤になってフルートの背中に隠れてしまいました。代わりにフルートが言います。

「ウンディーネは消滅したし、魔王は自分の隠れ家に逃げていきました。海の戦士たちの様子は? 大勢怪我をしましたか?」

「かなりやられたな。特に魚部隊に負傷者が多い。軍医や魔法戦士たちが手当を始めたところだ。魔王の隠れ家というのはどこなんだ?」

「まだわかりません。この近くだとは思うんだけど。魔王は、そこでぼくたちと決着をつける、と言っていました」

 話しながら、フルートは目を岸の岩山へ向けました。垂直に切り立った崖の頂上付近には、鎖ではりつけにされた渦王とアルバがいます。目の前でこれほど激しい戦闘が起きても、雨や風にたたかれても、まったく目を覚ましません。

 ギルマンが低い声で言いました。

「魔王との決着は後回しだろう。まず渦王様たちを助け出さなくては」

「海の民は上陸できないんですよ。陸に魔法がかけてあって、海の気を吸い取られてしまうんです。魔王の闇魔法です」

 考え込みながらフルートは言いました。海の中には何万という海の戦士たちがいます。魔王が敵をすべて怪物のウンディーネに変え、そのウンディーネをポポロが倒したので、今はもう海に敵はいません。それなのに、戦士たちは渦王を救出に上陸することができないのです。

「わしら半魚人は平気だぞ。海の民とは体が違うからな」

 とギルマンが意気込むと、とたんにゼンが、馬鹿野郎! とどなりました。ずっと抱いていたメールを離して、浅瀬から立ち上がります。

「半魚人にあんな急な山が登れるか! ギルマンが自分でそう言っていただろうが! 水かきがついた手足で登れるような山じゃねえ! 渦王たちを助けに行けるのは、陸に上がっても山に登っても平気なヤツだけだ!」

 それって、とメールが顔色を変えました。ゼンはメールにも、ここに残れ、と言っているのでした。

 

 すると、フルートが言いました。

「ゼンの言うとおりだよ。そもそも、魚や海の生き物の戦士たちは陸には上がれない。海の民は、陸に上がったとたん魔法に生気を吸い取られて動けなくなる。半魚人たちもあんな険しい山を登るのは不可能だ。……魔王はぼくらの構成を知った上で、決戦の場所を準備した。渦王たちの救出に行ける者は限られているんだよ」

 とたんに、メールがかみつくような勢いで反論しました。

「あたいは絶対に行くよ! 花で花鳥を作って空を行くさ! それなら海の気も吸い取られないだろ!?」

「どう、ポポロ?」

 とフルートは背後の少女に尋ねました。ポポロは緑の瞳をじっと陸に向けていたのです。

「だめね……闇魔法が陸地と上空をおおってるの。空を飛んでいっても、メールは生気を吸い取られちゃうわ」

 そんな、とメールがまた言ったとたん、悲鳴が上がりました。ルルが突然風の犬から犬の姿に戻り、背中に乗せていたポチと一緒に浅瀬に落ちてしまったのです。

「い、いきなり変身が解かれたわ!」

「ワン、風の犬に変身できません!」

 口々に言う犬たちに、フルートは一瞬唇をかみました。

「これも魔王の魔法だよ――。ぼくらの勢力をできるだけ小さくしようとしているんだ」

「ちっきしょう! 魔王め、調子に乗りやがって」

 とゼンも歯ぎしりします。

 

「結局、誰が救出に向かうんだ? ぼくたちは魔王の魔法を自分たちで防げるから、今度は大丈夫だぞ」

 とクリスが言い、他の三つ子たちがうなずきました。ペルラの隣からシィが言います。

「あたしも行きます! ポチさんは行くのでしょう? あたしも絶対一緒に行きます!」

 決心を感じさせる強い口調に、灰色犬のカイが、ちらっとシィを見て、すぐに目をそらしました。ルルのほうは驚いたようにシィを眺めます。ぶちの小犬は白い小犬に駆け寄って、熱心に言い続けました。

「いいでしょう、ポチさん? あたし、足手まといにはならないから。一緒に戦わせて」

「ワン、シィがそうしたいなら。多分、途中には犬の足では登れないような場所があると思うんだけど、シィは小さいからフルートたちに運んでもらえるね」

 とポチが答えたので、ルルはますます驚いた顔をしました。小柄なポチですが、自分より小さなシィに話す声は、なんだかいやに大人びて聞こえたのです。

 すると、カイも言いました。

「ぼくもついていっていいだろう、クリス? 山の上ではシードッグには変身できないけれど、犬として戦うことはできるからな」

「もちろん。カイが登れない場所はぼくが運んでやる」

とクリスが答えます。

 よし、とゼンは言いました。

「ぐずぐずしてる暇はねえ。渦王たちの救出に向かうメンバーを言うぞ。三つ子たち、カイ、シィ、俺とフルートとポチ、それからポポロとルルだ。――メールはここに残るんだぞ。いくら留守番が嫌いでも、上陸すればおまえは死ぬんだ。絶対に連れていけねえ」

 生気を奪われて死にかけるメールを何度も見てきたゼンです。厳しい声には、反論の余地がまったくありません。

 すると、フルートが言いました。

「ポポロとルルもここに残るんだ。……怒らないで。万が一に備えて、メールのそばにいてほしいんだよ。魔王が魔法の範囲をこの海にまで広げるかもしれない。そのとき、ポポロならすぐに気がついて、みんなを避難させることができるだろう? ルルには、ポポロとメールの護衛にいてほしいんだ」

 ルルは思わずポチを見ました。その隣には、寄り添うようにぶちの小犬がいます。一瞬まじまじとそれを見つめてから、ルルは、つんと顔をそむけました。

「いいわ、わかったわよ」

 ことさら尖った声で言います。

 ポポロのほうは大きな目から涙をこぼしていました。自分も置いて行かれるとわかって、泣き出してしまったのです。その両手を取って、フルートはそっと話しかけました。

「ごめん、ポポロ。でもわかってくれ……。メール一人をここに残したら、絶対に後を追ってくる。死ぬことになるとわかっていてもね。それを引き止めてほしいんだよ」

 泣きながらポポロはうなずきました。気をつけてね、と小さな声で言い、フルートがうなずき返します。そんな二人をペルラが鋭い目で見つめます。

 

 ゼンが今度はギルマンに言いました。

「海の戦士たちをしっかり抑えておけよ。海の民でも半魚人でも、陸に上がったらみんな死んじまう。いくら勇猛で死を恐れない海の戦士でも、そんな死に方は無様だからな。陸のことは俺たち陸の者に任せとけ。しかも、俺は山のドワーフだ。必ず渦王たちを助け出してくるから、安心して待ってろ」

 相手は自分よりずっと年上で長身の半魚人ですが、胸を張って言い切ります。

 ギルマンは微笑とも苦笑ともつかないものを顔に浮かべました。

「我々は将来、面白い王をいただくことになりそうだな……。山の民の海の王か。だが、こういう場面では頼もしい」

「こういう場面では、ってのは余計だろうが。他の場所でも俺は頼りになるぞ」

 口を尖らせて言い返すと、ゼンはフルートや三つ子たちに言いました。

「さあ、行くぞ! 上陸して山登りだ。渦王とアルバを助け出すぞ!」

 よし、と選ばれた者たちが答えて、岸へ歩き出します。

 メールは海に立ちつくしていました。さすがの彼女も、この状況では追いすがるわけにはいきません。悔し涙を浮かべながら、にらむように一行を見送ります。

 すると、ゼンが足を止めて振り向きました。にやっと笑って言います。

「ばぁか。鬼姫は泣かずに怒ってろよ。父上を助け出してこなかったら承知しないから、って言ってな」

 メールは眉をつり上げました。なにさ、馬鹿! とこちらも言い返しますが、ゼンは平然と受け流しました。

「信じて待ってろ。で――渦王を助け出したら、おまえを本当に元気にしてもらおうぜ」

 メールは立ちすくみました。怒りが一瞬で消え、代わりに目から涙がこぼれ落ちてきます。

「泣くな」

 ゼンはまた笑って言うと、メールに背を向けました。先を行く仲間たちを追って、水しぶきを立てながら走っていきます。

 こぼれ続ける涙をぬぐいながら、メールは言いました。

「承知しないからね、ゼン……。あたいがいないところで勝手に死んだりしたら、絶対承知しないんだから……!」

 その声が聞こえたのか聞こえなかったのか。

 ゼンはもう振り向くこともなく、陸へと駆けていきました。

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