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第13巻「海の王の戦い」

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第24章 救援

70.救援

 轟音が遠ざかり、海上から光と水蒸気が薄れると、ウンディーネは姿を消していました。代わりに燃えかすのような残骸が波間に揺れています。ウンディーネは、空から落ちてきた稲妻に焼き尽くされたのでした。

 魔王の青年は稲妻の直撃を食らっても無事でいました。眼鏡をかけた顔で信じられないように空を見上げています。

「ポポロだと……そんなまさか」

 空の彼方から猛烈な勢いで飛んでくるものがありました。大きな鳥のようですが、長い白い尾を引いてます。風の犬になったルルでした。降りしきる雨の中、白い霧をまといながらまっすぐに飛んできます。その背中で、赤いお下げ髪に黒い長衣の少女が高く手を上げていました。魔法を使う構えです。

 青年は顔色を変えました。本物のポポロだと気がついたのです。ちくしょう! と叫びます。

「どうやってここに駆けつけてきたんだ!? 天空の国と連絡が取れないように、闇の雲でさえぎっていたのに!」

 フルートは浅瀬を走り続けていました。少女の名前を呼んで言います。

「ポポロ、あいつが魔王だ! 魔法で倒せ――!」

 少女が呪文を唱え始めたのが聞こえました。それがどんな魔法なのか、海にいる人々にはわかりません。

 魔王は黒いマントを大きく広げました。

「この勝負は預ける! ぼくの城まで来い! 決着はそこでつけてやる!」

 戻ったマントが体に絡みついたとたん、小柄な姿が消えていきます。

 

 風の犬のルルは空を飛び続けていました。速度がまったく落ちません。それを見てポチが声を上げました。

「ワン、速すぎる! 減速して、ルル! 山に激突する!」

 ごごごぅ、と風のうなる音が一同の耳に聞こえていました。ルルは速度を落とそうとしていましたが、あまり速く飛びすぎて、停まりきれなくなっていたのです。その目の前に岸辺の山が迫ります。切り立った崖は岩壁のようです。

 ワン! とポチは海から飛び上がり、風の犬に変身しました。うなりながら空に舞い上がっていきます。

「ポチ!」

 とフルートは思わず叫びました。魔王が姿を消しても、雨はまだ降り続けていたのです。その中で風の犬になれば、雨に体を吹き散らされて消滅してしまいます。

 案の定、ポチがみるみる薄れ始めました。雨に削られて、白い幻のような体が淡く細くなっていきます。

 それでもポチは飛び続けました。山の岩壁の前でなんとか向きを変えようとするルルに飛びつき、絡みつくようにして上へとねじ曲げます。二匹の風の犬はもつれ合い、岩壁をこすりながら急上昇しました。ポチは薄れていく体でルルと岩山の間を飛んでいます。自分自身をクッションにしているのです。ルルが山の上へと抜けていきます――。

 すると、ルルの背中からポポロが振り落とされました。ルルがほとんど垂直になったので、しがみつききれなくなったのです。悲鳴を上げながら落ちてきます。

「ポポロ!!」

 フルートはまた浅瀬を駆け出しました。今度は岸へ向かいますが、だいぶ沖まで来ていたので、墜落していくポポロにはとても追いつきません。

「ポポロ!」

「ワン、ポポロ!」

 空から犬たちが叫んでいました。助けに引き返したいのですが、勢いがつきすぎていて、まだ停まることができません。その間にポポロは落ちていきます。下に広がっているのは、海ではなく岩だらけの岸辺の地面です。

 金の石――! とフルートは心で叫びました。魔王が消えたので、金の石が輝きを取り戻しています。けれども、彼らがいる場所はあまりに遠すぎました。石の守りの光も、ポポロまでは届きません。

 

 すると、突然ざーっと激しい音が湧き起こりました。色とりどりの水が岩山の上から滝のように流れてきたのです。ポポロが落ちる速度より速く流れ落ち、地面の上に虹色の水面を広げます。ポポロはふんわりとそこに落ちました。

 フルートとゼンは立ちつくしました。それは水ではありませんでした。色とりどりの花が崖の上から流れるように飛んできて、花びらを重ねた上にポポロを受け止めたのです。ゼンの腕の中では、緑の髪の少女が岸へ片手を向けていました。

「メール」

 フルートは呆気にとられました。ついさっきまで死んだように意識を失っていたメールが、目覚めて花を操っているのです。

「おまえ……どうして……?」

 とゼンも言って、それ以上ことばが続けられなくなりました。しっかりした表情に戻ったメールを、ただただ見つめてしまいます。

 するとメールがゼンの腕の中で肩をすくめました。

「びっくりしたよ。目が覚めたらあんたたちが必死で走ってて、ポポロが岩山にぶつかりそうになってるんだもん。山の上に花が見えたから、大急ぎで呼んだんだよ」

 話す声にも力があります。

 フルートは気がつきました。

「ポポロの魔法だ。二つ目の魔法で、メールを目覚めさせたんだよ」

 とたんにゼンが海の中に座り込んだので、メールが、きゃっと声を上げました。しぶきと波が二人の頭の上から襲っても、ゼンは立ち上がろうとしません。そのまま強くメールを抱きしめます。

 

 そこへ、ポポロとポチを背中に乗せて、ルルがやって来ました。ルルは風の犬のままですが、ポチは小犬に戻っていました。二匹で口喧嘩をしています。

「なんて無茶するのよ、ポチ! あんな雨の中で変身するなんて! もう少しで消滅して死んじゃうところだったでしょう!?」

「ワン、それを言うなら、ルルこそ無茶苦茶だよ! 今はもう雨もほとんどやんだけど、さっきまですごく強く降っていたんだから! あんな中を風の犬で飛んで来るだなんて!」

「私は大丈夫だったのよ! 海王が私に守りの魔法をかけてくれたから、雨の中でも平気で飛べたの! なのにあなたったら――!」

「海王が?」

 二匹の犬のやりとりを聞きつけて、フルートは尋ねました。その時にはもう、ルルは浅瀬にいる一同のところまで来ていました。

「海王がポポロとルルをよこしてくれたの? それで、ぼくらが呼べなくても、助けに来てくれたのかい?」

 すると、ルルの背中でポポロがうなずきました。

「あなたたちと出会ったシルフィードが渦王の島まで海を渡っていったのよ……。島にいる森の長老はシルフィードの声が聞けるわ。フルートたちが魔王に妨害されてあたしたちを呼べなくなっていることや、あたしの代わりに海王の王女様があたしに変装してることを知って、島にいた海王に伝えてくれたの。渦王の島からなら、天空の国へ呼びかけることができるわ……。海王は天空王様に助けを求めて、あたしとルルを島に呼び戻してくれたの。その後は、ここを目ざしてルルとまっすぐ飛んできたわ。夜も昼も、脇目もふらないで――。渦王の島からここまで、一日かからないで来たのよ。間に合ってよかった……」

 ポポロの声が震えました。大きな瞳が涙ぐんでいます。

 フルートはそれへ両手を差し伸べました。

「ありがとう、ポポロ。来てくれて助かったよ」

 穏やかな笑顔で言うフルートに、ポポロが泣き笑いの顔をします。まだ少し高さがあるルルの背中から、フルートの腕の中へ飛び下りていきます。

 そして、ポポロはフルートの首に腕を回しました。ぎゅっと強く抱きしめて言います。

「飛びながら、ずっとここの様子を見ていたわ。間に合わないんじゃないかと思った……。フルートが願い石と一緒に行ってしまうんじゃないか、って……。行かせないわ、フルート。あなた一人だけでなんて、絶対に行かせない。あたしたちは最後までずっと一緒。そう約束したはずよ。約束は――忘れちゃだめ――」

 ついにポポロの声が震えて、嗚咽(おえつ)に変わりました。声を上げて泣き出してしまいます。その両腕はフルートの首に回したままでした。フルートを引き止めるように、強く強く抱き続けています。

 フルートはそれを愛おしく抱き返しました。少女の体は柔らかく、花の香りがします。この世にフルートをつなぎ止める、優しくて強い存在です……。

 

 入り江の奥の浅瀬に、怪物のウンディーネはもういませんでした。魔王も姿を消しました。雨が降り止んで、波が静かになっていきます。空だけがまだ厚い雲におおわれています。

 抱き合ったり、口論したりしている勇者の一行に、海王の三つ子とカイとシィの二匹が近づいていきました。

「その子がポポロなのか」

「天空の国の魔法使いっていうから、もっとすごい人を想像してたよ。こんなにかわいい子だったんだ」

 クリスやザフが安堵の表情で話しかけます。灰色犬のカイは傷をクリスに治してもらっていました。興味深そうに天空の国の少女と犬を眺めます。シィがルルを見て、綺麗なひと、とつぶやきます。

 ペルラだけは、何も言いませんでした。天空の国の少女を大切に抱きしめるフルートを、青ざめた顔で見つめ続けていました――。

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