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第13巻「海の王の戦い」

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68.浅瀬

 岸に近い浅瀬に少年少女と犬たちはひとかたまりになっていました。ゼンの腕の中でメールがぐったりと気を失っています。海からは怪物のウンディーネがやってきます。一行は沖へ行くことも、岸へ戻ることもできなくて、浅瀬の中に立ちすくんでいました。

 すると、フルートが沖のほうへ駆け出しました。仲間たちをかばうようにウンディーネの前に立ち、ペンダントを突き出します。

「金の石!」

 たちまち魔石が輝き出しました。強い金の光に照らされて、緑のうろこが溶け始めます。ウンディーネは立ち止まると、光をさえぎるように両手を上げました。その手に絡みついた長い海草も、聖なる光に溶けていきます。

 けれども、ウンディーネは巨大すぎました。降りしきる雨も光を弱めています。溶けた体の下から、また新たな体が復活してきます。

「メール! メール!」

 ゼンが必死に呼ぶ声が聞こえています。メールの返事は聞こえてきません。フルートは唇を血がにじむほどかみしめました。光れ! と心で念じると、輝きがさらに強まり、ウンディーネがまた溶け始めます……。

 すると、フルートの目の前に眼鏡の青年が現れました。地面に立つように海の上に立って言います。

「無駄なあがきをするね。ぼくに力を奪われるのに。それとも、まだそれがわからないでいるのかい――?」

 あざ笑うように言って手を伸ばし、ぐい、と引き寄せるしぐさをすると、とたんに金の石が暗くなりました。ウンディーネを照らす輝きが薄れて消えてしまいます。

「金の石!」

 フルートはまた叫びました。精霊の少年はいつの間にか姿を消していました。力を失って、姿を現せなくなったのです。どんなにフルートが強く念じても、輝きは戻ってきません。

 怪物がまた復活してきました。緑のうろこでおおわれた体に、ぼろぼろの海草を羽衣のようにまとい、フルートに向かって歩いてきます。フルートはまた唇をかみしめ、炎の剣を抜きました。どれほど敵が強大でも、一歩も退こうとしません。仲間たちの前に立ち続けます――。

 すると、その隣にペルラが走ってきました。フルートと並んで立って両手を高く上げ、勢いよく振り下ろします。とたんに、青い魔法の光が飛び出しました。ウンディーネの顔面を直撃して、水しぶきのように飛び散ります。怪物が立ち止まって、うるさそうに頭を振ります。

「海の魔法か。確かに、君は海の王女だったね」

 と魔王の青年が言いました。落ち着き払った声です。次の瞬間、闇の魔法が飛んできて、ペルラの体を吹き飛ばします。

「ペルラ!」

 フルートは駆け寄って少女を抱き起こし、ペンダントを押し当てました。力を奪われて弱っている金の石ですが、かろうじてペルラの命を救うことはできました――。

 その前にクリスとザフが駆けつけてきました。二人を守って両手を上げます。

「やらせるか! 海は闇に下ったりはしないんだ!」

「手出しはさせないぞ!」

 叫んで魔法を繰り出します。

 

 けれども、それは魔王の前で砕けてしまいました。黒い壁のような闇の障壁がそそり立っています。

「君たちでは問題にならないよ」

 と魔王はつまらなそうに言いました。

「ぼくと戦うなら、相応の力がなくちゃね。ほら――」

 その手からまた黒い魔法が飛び出しました。魔弾です。海の王子たちはとっさに守りの壁を作りましたが、闇の弾はそれを撃ち抜き、粉々にしました。さらに繰り出された魔弾が、海の王子たちにまともに襲いかかります。

 すると、それが直前で砕けました。王子とフルートたちを淡い金の光が包んでいます。金の石がまた彼らを守ったのです。

 魔王の青年は、じろりと魔石をにらみました。

「まったく往生際が悪い石だな。早くぼくに力を完全に渡すんだ!」

 魔王がまた手招きすると、石がいっそう暗くなりました。輝きが完全に消えて、灰色の石ころのようになってしまいます。同時に彼らを包む金の光も消え失せました。

「金の石……金の石!」

 フルートは呼び続けましたが、石は金色に戻りません。

 そこへまた魔王の魔法が飛んできました。うなりを上げる黒い魔弾です。すると、海中から青い水の壁がせり上がってきて、それをさえぎりました。ペルラ、クリス、ザフが同じ場所に向かって手を上げています。一人ずつの力では魔王にかなわないので、三人力を合わせて防いだのです。

 ふん、と魔王の青年は笑いました。自分の後ろに向かって、ちょっと手招きします。

 すると、巨大な腕が伸びてきて、水の障壁を突き抜けました。ウンディーネがつかみかかってきたのです。三つ子たちがとっさに散らばった後に、岩のような手が降ってきて、大きな水しぶきをあげます。

 フルートは怪物に向かって剣を振りました。炎の弾が飛んでいきますが、魔王の闇の障壁がそれを防いでしまいます。

 

 すると、振り下ろされたウンディーネの腕に、海中から一匹の犬が駆け上がっていきました。ポチです。ウンディーネは全身からまたうろこを発射しようとしていました。うろこが金属の板のように突き立ったので、ポチはその隙間に頭を突っ込んで、奥にあるウンディーネの体に牙を立てました。ウンディーネが悲鳴を上げて手を振り、ポチが振り飛ばされて海に落ちます。

「ポチさん!」

 小犬のシィが叫びました。背の低い犬たちは、浅瀬の中でも完全に水中に潜ってしまっています。そこへポチが落ちてきたのを見て、シィは駆け出しました。ポチではなく、海中に見えているウンディーネの足へ向かっていきます。ポチと同じように怪物にかみつこうとしたのです。

 すると、灰色の犬がそれを追い越して、海底を駆けていきました。

「君には無理だ、シィ。ポチ君のところに戻れ」

 カイでした。次の瞬間にはシードッグに変身して、ウンディーネの足に飛びかかっていきます。大きなシードッグの体がうろこに触れて傷つき血を吹き出しますが、かまわずかみついていきます。

「カイ!」

 驚くシィの目の前で、シードッグがウンディーネの手に捕まり、足首からむしり取られていきます――。

 

 繰り広げられる激戦を見ながら、フルートは必死で金の石を呼び続けていました。シードッグのカイが海上に高々と持ち上げられ、海面にたたきつけられます。赤い波しぶきが上がって、カイが犬の姿に戻ります。灰色の毛並みは血に染まっています。

 駆け寄るクリスに魔王の魔弾が飛びます。ザフとペルラがとっさに水の障壁を張りますが、防ぎきれなくて突き破られてしまいます。クリスがかろうじて身をかわします。

 どれほど味方が危なくなっても、フルートが守りの想いを伝えようとしても、金の石は力を取り戻しません。

 ついに、フルートは心で叫びました。

 頼む、願い石! また出てきて、金の石に力を与えてくれ――!

 祈るように、願うように、赤い精霊を呼びます。

 とたんに、背後から大声が上がりました。

「馬鹿野郎、フルート! 願うんじゃねえ!!」

 ゼンです。その手がフルートの肩を捕まえようとします。

 

 けれども、その瞬間、フルートの周りからすべての景色が消えました。海も、暗い雲におおわれた空も、降りしきる雨も――巨大なウンディーネも眼鏡の魔王も、戦う仲間たちの姿も、何もかも見えなくなってしまいます。

 フルートが立っていたのは、虚ろな空間でした。ほの青い光があふれる中に、一人の人物が立っていました。赤い髪を高く結って垂らし、燃えるような赤金色のドレスをまとった、背の高い女性です。冷ややかなほど静かな声で、こう言います。

「金の石に力を取り戻すこと。それがそなたの願いか、フルート? ならば、私はそれをかなえよう」

 フルートは、仲間たちを助けようとして、願い石を呼び出してしまったのでした――。

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