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第13巻「海の王の戦い」

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第23章 浅瀬

67.上陸

 入り江の奥の湾に、二台の戦車とシードッグが浮いていました。乗っているのは、金の石の勇者たちと海王の三つ子たちです。その目の前の海に、巨大な女の怪物のウンディーネが立っていました。陸に近い海は水深が四、五十メートルあるので、そこに上半身を出して立つウンディーネは、百メートル近い身長があることになります。

 ウンディーネとフルートたちを激しい雨がたたいていました。風も吹き荒れていて、海上には大波が起きています。ついさっきまで穏やかだった海と空です。魔王の魔法に違いありません。

 すると、ウンディーネの全身で、ざわっとうろこが震えました。次の瞬間には四方八方に飛び散り、それが細かく砕けて、無数のナイフのように周囲を襲います。海上を飛んでいた海鳥戦士が、何羽もやられて海に落ちます。

 同じうろこは戦車やシードッグにも降りそそぎましたが、フルートの胸で金の石が光ると、弾き飛ばされて海に落ちました。その水面に海中から赤いものが湧き起こってきて、波を赤く染めます。

「こんちくしょう」

 とゼンは歯ぎしりしました。赤いものは血です。ウンディーネは海中にもうろこを発射して、海の戦士たちを傷つけたのでした。

 フルートが金の鎧兜を雨と海のしぶきでずぶ濡れにしながら言いました。

「とにかく、あの怪物を陸に引っ張り上げよう――! あれは水の怪物だ。陸に上がれば、きっと弱るはずだ!」

 荒れ狂う波の音がものすごくて、大声を出さなければ話が届きません。

 

 海の民の老戦士が戦車を湾の奥へ走らせ始めました。乗っているのはペルラとシィとポチです。ゼンとフルートとメールの戦車がその後に続きます。こちらには手綱を握るものはいません。戦車を引くマグロとカジキたちが、自分から陸を目ざしているのです。シードッグのカイに乗ったクリスとザフがそのすぐ後を行きます。

 ウンディーネはまだ海中に立ったままでした。一行が陸を目ざしてもついてきません。その全身で、また、ざわりとうろこが鳴ります。いくら飛ばしても、すぐに増えて全身をおおってしまうのです。

 フルートは戦車の上に後ろ向きに立って両手に剣を構えました。黒い柄の炎の剣です。

 その隣ではゼンがエルフの弓矢を構えていました。常人には引くこともできない強弓が、大きくしなって矢を放ちます。雨の中、矢が白い弧を描いて、ウンディーネの左目に突き刺さります。

 とたんにフルートも剣を振り下ろしました。ごうっと大きな音を立てて炎の弾が飛び出し、矢を食らった怪物の顔に激突します。海草の髪の毛が燃え上がり、怪物が悲鳴を上げて顔をおおいます。

「来い、緑のお化け女!」

 とゼンはウンディーネへどなりました。

「俺たちはこっちだ! 捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ!」

 ジュウッと水が蒸発するような音がして、ウンディーネの頭から火が消えました。海草が黒く焦げた頭で金切り声を上げ、ゼンやフルートたちの後を追い始めます。

 そんな怪物を戦車の中から見上げて、ぶち犬のシィが言いました。

「あれがウンディーネだなんて、あたし、信じられない……」

「ワン、どうして?」

 とポチが聞きつけて尋ねます。

「だって、ウンディーネって、もっと綺麗な女の人の姿をしてるはずなのよ。海を守る聖なる存在で、海王様たちにしか呼び出せないから、めったに見ることはできないんだけど。ウンディーネがあんな醜い姿をしていたなんて話、聞いたこともなかったわ」

「ワン、あれは魔王が自分の手下の体を使って作り上げた、闇のウンディーネだからね。要するに、ウンディーネの偽物だもの。そんなのが、本物のように綺麗な恰好をしているわけがないよね」

 とポチが答えます。シィが相手だと、なんとなくフルートに似た口調になるポチです。

 

 闇のウンディーネはしぶきを蹴立てて戦車を追いかけてきました。自分に怪我を負わせた少年たちを捕まえようとしますが、戦車とシードッグが速すぎて追いつけません。やがて、彼らは海の浅瀬までやって来ました。

 ゼンは戦車から飛び下りると、マグロたちにどなりました。

「よぉし、ここまででいい! 海が浅くて、これ以上戦車では進めねえ! 後は俺たちで行く。おまえらは早く深い場所に戻れ!」

 フルートも戦車から浅瀬に飛び降りました。別の戦車からはペルラとポチとシィが降ります。シードッグのカイは灰色の犬の姿に変わり、クリスとザフも浅瀬に自分の足で立ちました。

 そこへメールまでが戦車から降りてきたので、一同は驚きました。ついさっきまで立ち上がることもできなくて、戦車でぐったりしていたメールです。

「馬鹿野郎! おまえは戦車に残ってろ!」

 とゼンがどなると、メールが言い返してきました。

「やだよ! 言ったじゃないさ! あたいは最後まであんたと行くんだ。置いてきぼりなんて絶対に承知しないからね――!」

 足下がふらついているのに、それでも青い瞳を燃え上がらせてゼンをにらみつけます。

 ゼンは、ちっと舌打ちしました。海の大女はすぐそばまで迫っています。ぐずぐずしている暇はありません。

「行け、マグロ、カジキ、海の戦士のじいちゃん! 絶対に捕まるなよ!」

 戦車の仲間たちにそうどなると、ゼンはメールの体をすくい上げました。いつものように軽々と抱いて浅瀬を駆け出します。フルート、ペルラ、クリスとザフ、そしてポチ、シィ、カイの三匹の犬たちが、その後に続きます。海は荒れ狂っています。頭から何度も波をかぶりながら、彼らは懸命に岸へ走ります。

 すると、後ろでウンディーネが立ち止まり、体からうろこを発射してきました。ナイフのようなかけらが彼らを襲います。とたんにフルートの胸で魔石が輝きました。うろこから彼らを守ります。

「もう少しだ!」

 とゼンがどなりました。フルートも言います。

「ペルラ、クリス、ザフ! あいつが上陸したらすぐに魔法で攻撃しろ!」

 わかった、と三つ子たちが答えて、いっそう足を速めます。フルートや、メールを抱えたゼンを追い越し、先になって岸に駆け上がっていきます――。

 

 とたんに、三つ子たちは、がくりとその場に膝をつきました。湾の奥に広がる狭い砂浜に座り込んで、そのまま立てなくなってしまいます。

「どうしたの、ペルラ!?」

「クリス、ザフ、大丈夫か!?」

 一緒に走ってきたシィとカイが尋ねましたが、三つ子たちは返事をすることができません。全身からいきなり力が抜けてしまったのです。

 そこへゼンとフルート、ポチも駆け上がってきました。

「どうしたんだ、いったい――!?」

 ゼンが言ったとたん、メールが短くうめきました。一瞬体を引きつらせると、そのままゼンの腕の中でぐったりしてしまいます。

「メール! メール!?」

 驚くゼンたちの目の前に黄金の髪と瞳の少年が現れました。鋭い口調で言います。

「この岸辺には闇魔法がかけられている! 海の民が上陸すると、体から海の気を吸い取られるぞ!」

 フルートたちは仰天しました。魔王のしわざです。

 早く海に戻れ! と金の石の精霊に言われて、ゼンはまた海に飛び込みました。メールを抱いたまま水に潜ります。

 クリスとザフはなんとか自力で立ち上がり、よろめきながら海へ戻っていきました。ところが、ペルラは逃げることができません。うつぶせになった姿勢から起き上がろうとしても、腕に力が入らなくて砂の上に倒れてしまいます。

 そこへフルートが駆けつけてきました。自分より背の高いペルラを横抱きにして持ち上げると、海に向かって駆け出します。海では、先に飛び込んだクリスとザフが、肩で息をしていました。海に戻って、生気を取り戻したのです。クリスがいまいましそうに岸を見ました。

「なんて魔法だ……。海の民に合わせて仕掛けていたな」

「ペルラ、大丈夫かい?」

 とザフは妹に尋ねました。フルートに海へ戻してもらって、ペルラもやっと元気を取り戻していました。

「ええ、もう大丈夫……。油断したわね。海の気を守る魔法をかけてから上陸しなくちゃ」

 そう話しながらも、ペルラはまだフルートの腕から下りようとはしません――。

 

 すると、水しぶきを立ててゼンが海中から立ち上がりました。両腕にはメールを抱いたままです。

「メール! おい、メール! 起きろ――!!」

 大声で呼んで揺すぶっても、メールは目を開けません。気を失っているのです。フルートは大急ぎでペルラを下ろすと、ペンダントをメールに押し当てました。そのすぐ脇には精霊の少年も姿を現していますが、メールはやはり目覚めませんでした。ゼンの腕の中で痩せた体が力なく揺れるだけです。

「まただ。メールの生気が減りすぎていて、ぼくには起こせない」

 と精霊の少年が言いました。冷静な声ですが、その表情は真剣です。

「メール!! メール!!!」

 ゼンが必死で呼び続けます。他の者たちは青ざめて立ちすくみます。メールを目覚めさせる方法がありません。

 その時、ワン、とポチがほえました。

「来る! ウンディーネがここまで来ますよ!」

 緑色の大女が、海を渡りきって上陸してくるところでした――。

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