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第13巻「海の王の戦い」

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65.にごる海

 敵味方が入り乱れて戦う海を、ゼンとフルートの戦車は突き進んでいきました。目ざしているのは、入り江の奥の小さな湾です。そのすぐ右脇の岩山に、渦王とアルバがはりつけられています。

 次第に狭くなってくる入り江の中では、海の民の戦士が魔王軍のサメやシャチと戦い、銀と黒の半魚人たちが激しく武器をぶつけ合っています。入り江の奥からはウツボや海竜と言った、新たな敵も集まってきます。その中をイワシやニシン、アジたちは先頭を切って泳ぎ続けていました。どれほど敵に襲われても食われても、決して泳ぐことをやめません。自分たちの体で進路を拓いていきます。

 すると、その行く手に巨大な生き物が現れました。ぱっくり口を開けて、先頭を行くイワシたちを海水ごと呑み込んでしまいます。

 さすがの魚の戦士たちも、これには大きく進路を変えました。現れたのはクジラです。大きな口で、今度はアジの群れをひと呑みにします。

「やばいぞ! あいつらが全滅する!」

 ゼンが戦車で飛び出すと、クジラがそれに気がつきました。小山のような体で迫ってきます。

 ゼンは戦車の上から矢を放ちました。水の抵抗を受けないように、白い矢羽根はむしってあります。小さな銛のように水中を飛んで、クジラの片目に突き刺さります。

 すると、クジラが大きく身をよじりました。黒い尾が飛んできて、戦車を跳ね飛ばそうとします。マグロとカジキはとっさに方向を変えて尾をよけましたが、その拍子に戦車が大きく振り回されました。手綱を握るメールが戦車の壁にたたきつけられます。

「メール!」

 ゼンはメールに飛びつきました。抱き起こすと、メールがうめき声を上げます。負傷したのです。

 クジラがまた襲ってきました。片目に矢を突き立てたまま、猛スピードで迫ってきます。鋭い歯が並んだクジラの口は、何もかも吸い込む巨大な穴のようです。

 

 すると、ゼンの戦車の前にもう一台の戦車が飛び込んできました。老戦士が手綱を握る隣に、フルートが炎の剣を構えて立っていました。急降下していく戦車の上から、クジラの頭へ剣を振り下ろします。

 とたんに、すさまじい泡が湧き起こり、クジラがまた身もだえしました。ホォォン、とほえるような声を上げますが、すぐにまた体勢を立て直します。フルートの剣は、かすっただけだったのです。海の中ではあまりダメージになりません。。

 ゼンはメールを床に寝かせて立ち上がりました。戦車を引くマグロたちにどなります。

「まっすぐ行け! クジラのすぐ脇を通り抜けるんだ! 逃げるなよ!」

 マグロとカジキたちが全速力で泳ぎ出しました。ずっとゼンと一緒に戦ってきた魚たちです。ゼンがこう言ったときに何を考えているのか、ちゃんと承知していました。真っ正面からクジラに向かい、体の本当にすれすれの場所を通り過ぎていきます。

 ゼンはベルトから銀色の筒を抜き取りました。両手に握りしめ、気合いを込めると、青く光る刀身が現れます。海の剣の水の刃が、驚くほど長く伸びていきます。

 ゼンはそれを横に構えました。クジラの腹に突き立て、通り抜けていく速度で切り裂いていきます。ブォォォ、とクジラが悲鳴を上げます。

 すると、切られたクジラの腹から魚の群れが飛び出してきました。呑み込まれたイワシやアジの戦士たちです。銀の体を光らせながら、また海を泳ぎ出します。

「よし! いいぞ、フルート!」

 魚たちが全員脱出したのを確かめて、ゼンがどなりました。フルートはまた戦車の上で炎の剣を構えていました。同じ戦車に乗るペルラが思わず言います。

「だめよ、海の中じゃ剣は効かないじゃない!」

 すると、その足下からポチが言いました。

「ワン、大丈夫ですよ。さっきフルートはわざと浅く切り込んだんです。中の魚たちを助けようとして。今度は手加減なしですよ」

 戦車がクジラの頭上に差しかかったとたん、フルートが戦車から飛び出しました。クジラの頭の上に着地して、両手に握った剣を力一杯突き立てます。

 とたんに、クジラがまた悲鳴を上げて、猛烈に暴れ出しました。大きな頭を上下させ、ひれと尾を激しく動かして泳ぎ回ります。ゼンが切りつけた横腹の傷から、赤い泡が湧き起こっています。

「あれは?」

 とシィが尋ねると、ポチが答えました。

「クジラの体の中の血が沸騰してるんですよ。炎の剣のせいで。水の中でも、炎の剣はすさまじい熱を敵に伝えるから――。大きなクジラでも、とてもかないませんよ」

 クジラは頭をフルートに刺されたまま、海の中をめちゃくちゃに泳ぎ回っていました。痛みと泡で周りは何も見えていません。やがて、入り江の脇にそびえる岸壁に激突すると、そのまま動かなくなってしまいました。ゆっくりと海底に沈み始めます――。

 フルートは海中に浮いていました。その周囲を淡い金の光が包んでいます。岸壁に激突する瞬間に、金の石がフルートを守ったのです。

 

 そこへ、ゼンが戦車で駆けつけてきました。

「フルート、来てくれ! メールが怪我をした!」

 フルートはすぐにゼンの戦車へ飛び込みました。金の石を押し当てると、怪我はすぐに治って、メールが目を開けます。

 ところが、メールは立ち上がれませんでした。戦車の壁にもたれかかったまま、目眩でもするように額を抑えてしまいます。

「ごめん……なんか力が入んないんだ……。立てないよ」

 フルートとゼンは顔色を変えました。またメールの体内から生気が減り始めたのです。

「そのまま休んでろ」

 とゼンは言って立ち上がりました。自分で戦車の手綱を握って、マグロたちに言います。

「行け! とにかく上陸地点に向かえ! 一刻も早く渦王たちを助け出すぞ!」

 魚たちがまた猛然と泳ぎ出します。フルートはゼンの戦車に乗ったままです。

 すると、そこへ戦車に乗ったペルラやシードッグに乗ったクリスとザフが追いついてきました。ひとかたまりになって進みながら、ペルラが言います。

「もう少しで敵がいる場所を抜けるわ! 先を行く魚たちを襲う敵がいなくなってきたの!」

「敵はぼくらの魔法で倒す! 一気に行け!」

 とクリスも言い、ザフが迫ってきたバラクーダを魔法で吹き飛ばします。

 マグロとカジキはさらに早く泳ぎました。海はますますにごり、津波に呑み込まれた漂流物も増えていましたが、敵は確かに少なくなっていました。その間をイワシやアジたちが泳ぎ続けます。群れなす魚たちは、かすむ水の世界の中で、道しるべのように銀に光っています。

 

 すると、その群れがまた大きく向きを変えました。渦を巻くように泳ぎ出します。敵が現れたのです。

 行く手に出てきたのは水の蛇でした。水色の体をくねらせ、水の牙をむいて襲いかかってきます。アルバの水蛇のアクアです。

 ゼンは戦車の上からどなりました。

「ハイドラ、そばにいるな!? 頼まぁ!」

 とたんに、戦車のかたわらで水が渦を巻き、濃い青に輝く大蛇が現れました。こちらは渦王の水蛇のハイドラです。アクアに飛びかかり、水の牙でかみつきます。アクアがシュウと鳴いてかみつき返しますが、アクアより体の大きなハイドラはびくともしません。太い体をアクアに絡ませ、もつれながら海底に沈んでいきます。戦場を海のもっと深い場所へ移したのです。

 ゼンはどなり続けました。

「行け! 敵を振り切って上陸しろ! 急げ――!」

 魔王軍の大半は水の生き物たちです。上陸してしまえば、それ以上は攻撃してこられません。ひたすら湾の奥を目ざします。

 

 ついに敵の魚がいなくなりました。攻撃がやみ、にごった海の向こうにかすかに陸が見え始めます。湾の奥は砂浜になっています。次第に浅くなってくる海を、海の戦士たちは進んでいきました。先頭を行くのは、二台の戦車と一匹のシードッグです。

 すると、ホオジロザメの戦車から、突然ポチが声を上げました。

「ワンワンワン……気をつけて! 行く手に何か隠れてますよ!」

 ゼンやフルートたちは、はっとしました。行く手に目を凝らしますが、魚の群れは何事もなく泳いでいきます。敵は現れません。

 けれども、ポチは言い続けました。

「ものすごい悪意です! 恨んでる! 悪意の匂いがすごすぎて、息が詰まりそうだ――!」

 白い小犬は、本当に鼻の頭にしわを寄せて苦しそうな顔をしていました。

 すると、周囲を漂っている漂流物の陰から、突然敵が現れました。あっという間に泳ぎ寄ってきて、戦車やシードッグに取りつきます。

 フルートたちは驚きました。それは人間でした。しかも、死体です。白くにごった目を虚ろに見開いて手を伸ばし、戦車の縁やシードッグの体にすがりついてきます。ペルラが思わず悲鳴を上げます。

 ゼンが愕然としながら言います。

「こいつらのこの恰好――普通の人間だぞ! しかも、最近死んだばかりだ!」

「入り江の民だよ! 魔王が津波を送り込んで全滅させた村の! 魔王は故郷の人たちをゾンビに変えたんだ――!!」

 フルートは真っ青になって叫びました。

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