フルートとゼンが海上の小島で話していたのと同じ頃、海の中では、海王の三つ子たちが話し合っていました。カイが大きなシードッグに変身して、クリスとザフとペルラ、小犬のシィを背中に乗せています。
「いよいよ入り江の奥だ。明日の朝には敵の本拠地に乗り込んで決戦だぞ」
とクリスが意気込むと、ザフが慎重に言いました。
「今夜のうちに敵が攻撃してこなければね。夜襲をかけられる危険性はあるよ」
すると、ペルラがいいました。
「来ないわよ。フルートがそう言ってたもの。魔王たちは入り江の奥で私たちを待ちかまえているんですって。今夜は、来たとしても、ちょっと様子を見る程度で、本当の戦闘にはならないはずだって言っていたわよ」
そこへ小魚の群れがやってきて、彼らの脇を猛スピードで通り抜けていきました。偵察に出ていたカタクチイワシです。クリスはあわてて呼び止めました。
「どうした! 何をそんなに急いでるんだ!?」
すると、魚たちがUターンしてきて口々に言いました。
「敵の兵士がすぐ近くに現れました」
「十数人の黒い半魚人です。入り江の奥から我々の方へ泳いできました」
「武器も持っていましたが、警戒していたシャチが出ていったら、戦いもしないで、すぐに逃げ出しました。」
「こちらの様子をうかがいに来ただけだったようです――」
海王の三つ子たちは顔を見合わせました。フルートが予想した通りだったのです。
ゼンに報告に行く魚たちを見送って、クリスは苦笑いをしました。
「本当に、あいつの頭の中って、どうなっているんだろうな? なんでもすっかりお見通しみたいじゃないか」
「あいつってフルートのこと? 当然よ。金の石の勇者なんだもの」
ペルラが自分のことのように得意そうに言います。
すると、小犬のシィが真面目な顔で口を開きました。
「あたし……フルートさんもすばらしいけど、ポチさんもすごいと思うわ。見た目はあたしみたいな小犬なんだけど、とても頭がいいし、それに、とても勇敢よ。あたしがスキュラに攻撃されたとき、ポチさんはあたしをかばって戦ってくれたの。犬の姿のままで、怪我をしながら……。傷はフルートさんが金の石で治していたけど、それでも、とても痛かったと思うわ。なのに、ポチさんは敵にかみついたまま、絶対に離さなかったのよ」
すると、ザフも言いました。
「ゼンもそうだな。クリスたちが言っていた通り、見た目はどうでも、やっぱりものすごい奴なんだ。さすが、メールが好きになっただけの男だよな」
三つ子はそれぞれに、勇者の少年たちを見直していました。もう誰一人として、彼らに逆らおうとは考えません。
すると、シィがまた言いました。
「ねえ、ペルラ……魔王を倒してアルバ様や渦王様を助け出して、戦いが終わったら、あたし、ペルラのシードッグをやめてもいい?」
突然の話に、三つ子たちは驚きました。シィはもう何年もペルラのシードッグとして一緒に城で暮らしていて、家族も同然の存在だったのです。
「どうして、シィ!? 何か気に入らないことがあるの!?」
とペルラが尋ね、シィがそれに答えようとすると、彼らの下からシードッグのカイが言いました。
「ペルラの元から離れて、ポチ君と一緒に行きたいんだ。そうだろう、シィ?」
ぶちの小犬はうなずきました。
「あたし、海の首輪をなくしてしまったわ。もうシードッグにはなれないのよ。確かに、カイの首輪を借りれば変身できるけど、いつもそうするわけにもいかないものね……。ポチさんは、勇者様たちと一緒に、魔王を生み出すデビルドラゴンを倒そうとしてる。あたしは今ではもうなんの力もないんだけど、でも、一緒に行けば、何かお役に立てるかもしれないでしょ? あたし、ポチさんと一緒にいたいのよ。これからもずっと」
とたんに、シードッグが魚の尾を水中で激しく動かしました。はずみで転がり落ちそうになって、三つ子たちが声を上げます。
「ど――どうしたんだよ、カイ!?」
と驚くクリスに、シードッグが答えました。
「別に。ちょっと尻尾を動かしたくなっただけさ。おどかして悪かったね」
青年の声でそう言って、あとはむっつりと黙り込んでしまいます。
その意味に気がつかないまま、シィは言い続けました。
「ねえ、いいでしょう、ペルラ? ペルラには自分のシードッグが必要なんだもの。あたしじゃない子を見つけて。お願い」
ペルラは泣きそうな顔になって、ぎゅっとそれをこらえました。怒った声で答えます。
「そんなの――できるわけないじゃない。私のシードッグはシィだけなんだから。首輪は父上に頼めばまた作ってもらえるわよ! それでも、どうしてもシィが行きたいって言うなら、私が一緒に行くわ。私も、シィと一緒にフルートたちと行く。そして、デビルドラゴンを倒すのよ!」
少年たちはいっそう驚きました。
「ペルラ、ぼくらは海の王族なんだぞ! フルートたちと一緒に行ったら、海から離れることになるじゃないか!」
「父上がお許しにならないよ!」
「できないことじゃないわよ! 現に、メールは王族でもフルートたちの仲間よ。それに、私はメールよりたくさん海の気を持っているんだもの。陸に行ったって、なんでもないわ!」
一途に言い張るペルラに、クリスは心配そうに言いました。
「フルートには恋人がいるってメールが言ってたぞ。それでも行くつもりかい?」
とたんに、ペルラは最高に怒った顔になって、クリスをにらみつけました。
「もちろんよ! 肝心な時にそばにいないような恋人になんて、絶対負けるもんですか!」
そして、少女はぶち犬を抱き上げて言いました。
「行きましょう、シィ。魔王を倒して、そして、私たちも勇者の一行になるのよ。フルートたちがだめだと言ったって、無理やりにでもついていくわよ」
海の民は、思い込んだら一筋の、情熱的な種族です。本人が気持ちを変えるまで、誰にもそれを変えることはできません。それをよく知っているクリスとザフは、それ以上何も言えなくなって、困ったように顔を見合わせてしまいました――。