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第13巻「海の王の戦い」

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60.王の蛇

 「よせ、アクア! 目を覚ませ!!」

 ゼンは必死でどなり続けました。水色に輝く水蛇が入り江の中で暴れ回っています。襲われているのは海の民や半魚人、魚といった海の戦士たちです。つい先日、彼らと共に魔王軍と戦ったアクアが、今は操られて敵になっているのです。いくらゼンや三つ子たちが呼びかけても、攻撃をやめません。

「ちっくしょう!」

 海の戦士の一人がまたアクアにかみ殺されたのを見て、ゼンはわめきました。フルートが戦車を急行させますが、とたんにアクアの太い尾が飛んできて、戦車ごと弾き返されてしまいました。

 ところが、その瞬間に、ゼンが戦車を飛び出していました。アクアの尾にしがみつきます。

「ゼン!?」

 フルートやメールは青くなりました。アクアがゼンに向かって首をねじったのです。ゼンは魔王の魔法のせいで、今は武器も防具もまったく身につけていません。

「逃げろ! 蛇の攻撃は人にはかわせないぞ!」

 とフルートは叫び、必死で戦車を立て直しました。Uターンしてまた駆けつける目の前で、アクアがゼンにかみつきます――。

 

 すると、蛇の頭が水に戻って四方八方に散りました。ゼンが蛇の尻尾を両脚に挟み込んだ恰好で、拳を突き出していました。アクアの頭を殴りつけて霧散させたのです。

「へっ。いくらアクアでも俺を食うなんてできねえぞ。とっとと正気に返れ」

 水色の水が海中を流れ、渦を巻いて、また蛇の頭になりました。鎌首を持ち上げて、シャーッと威嚇してきます。やはり操られたままです。尻尾を大きく振って、ゼンを海中に振り飛ばしてしまいます。

「ゼン!!」

 フルートたちはまた叫びました。アクアがゼンにかみついていきます。今度はゼンも迎撃の態勢がとれません。

 ところが、その目の前に青い水が流れてきました。アクアとゼンの間をさえぎって、ゼンの回りで渦を巻きます。

 渦巻く水が蛇のとぐろに変わったので、フルートたちは声を上げました。新たな水蛇が現れたのです。二匹目の水蛇は全身濃い青に輝いています。

「ハイドラ――あんた、どうしてここに――」

 メールが目を丸くしました。父の渦王に仕える水蛇だったのです。

 

 青い水蛇のハイドラは、水色の水蛇のアクアからゼンを守っていました。水のとぐろの中心にゼンを置き、アクアが攻撃してくると、牙をむいて反撃します。同じ蛇同志、素早さでは負けていません。体もハイドラのほうが一回り大きいのです。隙を突いてハイドラの牙がアクアの体をかみ裂きます。

 通常の攻撃は素通りさせてしまう水蛇も、同じ水蛇の攻撃は食らいました。傷を負ったアクアはのたうち、怒ってまたかみついてきました。その頭にハイドラが逆にかみつきます。

 とたんに、どうっと海中に流れが起きました。二匹の蛇を引き離します。

 傷ついた水蛇は後も見ずに逃げ出しました。水色の体が海に溶け、やがて見えなくなってしまいます……。

 

「逃げられたか――。魔王のヤツが邪魔しやがったな」

 とゼンはハイドラのとぐろの真ん中で腕組みしました。魔王やアクアが消えていった方向を見つめます。ところが、シュゥ、とハイドラが鳴いたので、我に返って言いました。

「おまえいつの間に来てたんだよ、ハイドラ。ものすごくいいところで出てきてくれたな。おかげで助かったぜ」

 そんなふうに誉められて、青い水蛇は巨大な頭をゼンにすり寄せました。ゼンが両手で受け止めてなでてやると、嬉しそうに目を細めます。

 そんな様子を、メールは戦車から茫然と眺めていました。

「父上がいないのにハイドラが現れただなんて……信じらんないよ」

「そうなの?」

 とフルートが聞き返すと、隣に来ていたクリスとザフが言いました。

「水蛇は海の王にしか使えない魔法の生き物なんだよ。それぞれの水蛇は、自分の王に呼ばれたときにしか出てこないんだ――」

「魔王は兄上の魔力を手に入れたから、兄上のアクアを使うことができた。それはわかるけど、どうしてハイドラはここに来たんだろう。渦王でなければ、ハイドラは召喚できないはずなのに」

 青い水蛇がゼンを背中に乗せて、とぐろをほどきました。ゆったりと仲間たちの方へ泳ぎ戻ってきます。

 そんな姿を、フルートは黙って見つめました――。

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