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第13巻「海の王の戦い」

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59.仲間

 水蛇と共に姿を現した魔王に、フルートたちは思わず驚きました。フルートに肩を治してもらったザフが叫びます。

「アクアだ――! 兄上の水蛇を奪ったな、魔王!」

「ぼくは彼の海の魔力をいただいたからね。彼が使えるものは、ぼくにも使えるようになっているんだよ」

 と眼鏡の青年が答えます。魔王だというのに、相変わらず穏やかに見える姿と声です。

 ゼンはどなりました。

「アルバと渦王を返せ、魔王!」

「父上たちを解放しなよ!」

 とメールも叫んで戦車で飛び出そうとします。

 そこへ隣の戦車からフルートが飛び込んできました。片手でメールから手綱を奪い、もう一方の手でペンダントをかざします。とたんに、金の光が戦車を包み、海中を飛んできた黒い魔弾を防ぎました。

「飛び出すな。ゼンを狙い撃ちされるぞ」

 とフルートが言ったので、マグロとカジキがたちまち泳ぐのをやめます。

「ふぅん。やっぱり君がゼンを守るんだな、勇者くん。面白いね。普通、勇者の君のほうが仲間たちから助けられるべきなのに」

 と魔王に言われて、ゼンは、かっとなりました。

「うるせえ! 俺たちだってフルートを守ってらぁ! このすっとこどっこいは、いつだって誰かのために命をかけるからな! 俺たちが守らなかったら、あっという間に死んでるんだ!」

「ゼン!」

 フルートは鋭く制しました。どうも、この魔王には余計なことを聞かせない方がよい、という気がするのです。案の定、青年は眼鏡の奥で、興味深そうに目を光らせました。

「なるほどね。君たちは互いに守ったり守られたりしているわけだ。理想的な仲間同士だね――反吐(へど)がでるな!」

 突然本音が顔を出します。吐き捨てるような声です。

 

 フルートはゼンの戦車の手綱を握りしめたまま、魔王を見つめました。少し考えてから、こう言います。

「君には仲間がいないんだな、魔王。こんなに味方はたくさんいても、助け合う仲間は誰もいないんだ。……だから、自分の故郷の人たちも津波で殺してしまったのか」

 たちまち青年の表情が変わりました。穏やかだった顔が、ぎろりとフルートをにらみつけます。

「ぼくは魔王だ! すべての存在から崇拝される魔王に仲間などいらないさ!」

 ポチは驚きました。支配や破壊を望む匂いをぷんぷんまき散らしていた魔王が、突然まったく別の匂いを放ったからです。それは激しい怒りでした。その裏側には、焼けつくほどの孤独と憎しみの匂いがあります――。

 けれども、魔王は一瞬でその匂いを収めました。また冷ややかな笑顔に戻って言います。

「仲間よりも必要なのは、忠実な家来だ。――スキュラ、おまえに闇の力を与えてやる。司令官のゼンを殺せ」

 スキュラは喜びに顔を輝かせました。ぜひ、魔王様、と言いますが、たちまち猛烈にうなり出しました。魔王が放った黒い光を浴びて、その体が変わり始めたのです。女性の上半身に十二本の犬の脚、魚の尾、腹にはまだひとつだけ犬の頭――その姿だけでも充分異様だというのに、それがさらに奇妙に変形していきます。美しい女性の上半身が溶けるように崩れ、やがて無数の脚をうごかす長い虫に変わります。腹には何十もの犬の頭がこぶのように復活してきて、ギャンギャン鳴き出します。魚の尻尾も長い螺旋を描く虫の尾に変わっています。

 うぉぉぉ、とスキュラはうめき続けました。

「ま、魔王様――これは――この醜い姿はいったい――!?」

 人とは似ても似つかない姿になったのに、声だけはまだ女性のままです。泣き叫ぶように自分たちの王へ尋ねます。

「闇の力を与えたんだ。ゼンを殺せ」

 眼鏡の青年が冷ややかに命じます。おぉぉ、とスキュラがまた嘆きます。力は望んでも、こんなあさましい姿までは望んでいなかったのです。

 スキュラは破れかぶれになって戦車へ襲いかかりました。フルートが金の石を構えていても、その石が輝き出しても、止まろうとしません。

 スキュラを包む闇の障壁と、金の石が放つ金の光がまともにぶつかり合いました。光が闇の壁を砕き、聖なる光を浴びて、虫のようなスキュラの体が溶け始めます。

 

 スキュラはまた叫びました。

「いや、いや、いや――! こんな醜い姿で死ぬのはいや――! あたくしは美しいのに! かつては大陸中の権力者たちから求婚された美しい王女だったのよ! 妬まれて恨まれて、半身は怪物に変わっても、それでもあたくしは美しかったのよ! それなのに、こんな、こんな――!」

 スキュラはまだ服を着たままでした。ひだを取ったドレスの上から、節だらけの長虫が突き出ています。ドレスの中ほどには数え切れないほどの犬の頭、ドレスの裾の下には無数の犬の脚が、触手のように見えています。

 メールは顔を歪めました。同じ女性のメールには、醜悪な怪物の気持ちが、理屈抜きでわかってしまったのです。思わず、フルート! と言いますが、勇者の少年はペンダントを下ろしませんでした。まっすぐ金の石を突き出したまま、聖なる光を怪物に浴びせ続けます。虫と犬を寄せ集めた怪物が、流れるように溶けていきます。

 ゼンが言いました。

「なぁにが美しかったのに、だ。てめえは元から醜かったんだよ。中身がな。そこに姿が追いついてきただけだ」

 ゼンの両手には海の剣が握られていました。聖なる光に溶けていく怪物に振り下ろします。

 スキュラは長い悲鳴を上げました。女性の声です。虫の上半身も、無数の犬の下半身も、光の中でたちまち消えてしまいます――。

 

 そのとき、隣の戦車からポチが叫びました。

「ワン、ゼン! 危ない!」

 水蛇の上に立っていた眼鏡の青年が、ゼンたちの戦車の真ん中に姿を現したのです。スキュラを倒した少年たちの背後です。彼らが振り向くより早く、青年はゼンに片手を押し当てました。ゼンの青い胸当てや弓矢が外れて落ちます。海の剣も水の刃が消え、音を立てて戦車の床を転がります。

「ゼン!」

 フルートはペンダントを魔王に向けました。聖なる光を浴びせます。

 魔王は自分とフルートの間に闇の障壁を張りました。さらに片手で宙をつかむと、金の光が急に弱まりました。また魔王に石の力を奪われたのです。

「金の石! がんばれ!」

 フルートは叫んで石を構え続けました。弱った石が放つ光で、なんとか障壁を破ろうとします。ゼンは闇の障壁の向こう側にいました。魔王がゼンの首に腕を回して捕らえています。

「ゼン! ゼン!」

 メールは必死で呼びました。どんなにたたいても、黒い光の壁は石壁のようにびくともしません。少女が泣き顔になります。海の中に、彼女に使える花は咲いていないのです――。

 

 すると、ゼンが突然言いました。

「泣くな! 鬼姫が泣くんじゃねえって、何度言ったらわかるんだ! ――こんなヤツに誰がやられるかよ!」

 自分を捕まえる青年の手をつかむと、戦車の床に投げ飛ばしてしまいます。衝撃に戦車が激しく揺れます。

 足下に倒れた魔王にゼンはどなりました。

「俺から武器や防具を奪ったからって、それで勝ったつもりになるなよ! 俺の一番の武器は俺自身のこの力だ! てめえを倒すのに、武器なんか必要ねえんだよ!」

 青年は身を起こしました。たたきつけられた拍子に眼鏡が歪んで、レンズにひびが入っています。顔をしかめて脇腹を押さえながら、青年は言いました。

「魔王になっても、やっぱり痛いときには痛いもんだな……。ただ、君もそうとう無理なことを言っているぞ、ゼン。どんなに力が強くたって、魔法にはかなわない。心臓を魔法で停められたら、それっきりなんだから」

 青年の手がゼンの足首をつかみました。そこからゼンの体へ魔法を送り込もうとします。ゼン――! とメールがまた悲鳴を上げます。

 すると、そこへフルートが飛び込んできました。いきなり光を増した金の石で闇の障壁を突き破り、そのまま魔王に飛びつきます。雷のような音が響いたのと、フルートが魔王を押し倒したのが同時でした。揺れに揺れる戦車の中、ゼンが崩れるように倒れます。

 フルートは金の石を魔王に押し当てました。どん、と音を立てて金の光が広がり、魔王の体を戦車の外へ吹き飛ばします。

 すると、戦車の床からゼンが跳ね起きました。車体の縁をつかみ、拳を振り回してどなります。

「ってぇな、この野郎! 戻ってこい! 本気でてめえを三枚にたたんで、海草で縛り上げてサメの餌にしてやるぞ!」

 ゼンは魔王の魔法を食らったのですが、金の石が輝いたので、すぐにまた元気になったのでした。

 

 魔王の青年は聖なる光に体を半分近くも溶かされていましたが、たちまち回復すると、顔の前に手をかざしました。割れた眼鏡も元に戻ります。

「勇者くんは本当にゼンをよく守るよね。最初に戦ったときもそうだった」

 海の中に浮かびながら、青年は言いました。相変わらず興味深そうな顔をしています。

「それだけ、ゼンは君にとって大事な仲間だということだ。いいだろう、今回はその友情に免じて見逃してやるよ。でも、次は必ず君たちを倒す。覚悟しておくんだな」

 黒いマントが海中でひるがえり、魔王の姿が消えていきます。

「あ、待て、この野郎!!」

 ゼンがどなり、メールが戦車で追いかけようとすると、近くで大きなどよめきがあがりました。水色に輝く水蛇が、太い体をくねらせて、海の戦士たちに襲いかかってきたのです。

「アクアが味方に攻撃してる!」

「魔王に操られているんだ!」

 クリスとザフが言います。

「やめて、アクア! やめなさい!」

 ペルラが叫んでも水蛇は止まりません。水の牙が海の戦士たちをかみ殺していきました――。

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