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第13巻「海の王の戦い」

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第20章 入り江の戦い・3

58.援軍

 魔王から入り江の中ほどの海域を任されたスキュラは、たくさんの海竜と海虫を揃えて、海の戦士たちがやってくるのを待ちかまえていました。非常に凶暴な竜や虫たちなので、敵がどれほど強力でも、一網打尽にして倒す自信がありました。

 ところがそこへ、入口を守る魔王軍が敗れた、という知らせが入ってきました。司令官のアンドロギュノスと闇の怪物軍団が、敵の策略にあっさり敗れたというのです。

 スキュラは驚き、思わず警戒しました。入り江を攻め上ってくる海の戦士たちは、意外なほど頭が良いようです。天空の国の魔法使いが一緒にいるとも聞いていました。我々は策にはめられないように用心しなくては、と考え――スキュラは用心しすぎたのでした。

 フルートたちが入り江の奥で戦い始めたとき、スキュラは海の戦士全員が先回りをしたのだと思いこみました。天空の国の魔法使いが、魔法で全軍を先の海域へ移動させたのだと思ってしまったのです。天空の国の魔法使いがいる、という噂が、実際以上にフルートたちを強く見せていました。

 スキュラは急いで本隊を率いて戦場へ駆けつけ、戦車に乗った金の鎧兜の少年や、シードッグに乗った魔法使いの少女に攻撃を始めました。少年は守りの魔石を持っていましたが、海中では充分に力を発揮できないようでした。スキュラは守りの隙を海虫で攻撃して、次第に少年や少女を追い詰めていきました。敵の魚たちも、海竜や海虫たちに次々と殺されていきます。これならば行ける、とスキュラは考えて、ほっとしました。魔王にも面目が立ちます……。

 ところが、その瞬間、大きな鬨の声が響き、彼らの背後から海の戦士が現れました。信じられないほどの大軍です。先頭には青い胸当ての少年が立っていました。少年が命じると、戦士たちがいっせいに魔王軍に襲いかかってきました――。

 

 スキュラは美しい女の顔で歯ぎしりをしました。かみつくような声でどなります。

「あたくしたちをはめたわね! よくも、よくも――ガキのくせに!」

 スキュラの目の前には、戦車に乗ったゼンがいました。

「アンドロギュノスも同じことを言ったぜ、犬のおばちゃん。どこの連中もちっとも進歩がねえな」

 とふてぶてしく笑い返します。

 スキュラはまた歯がみしました。その腹から犬たちがほえ立てます。フルートやゼンに殺されて、犬の頭は四つになっています。

 と、犬の頭が突然伸びて、ゼンに襲いかかりました。蛇のように首をくねらせながら、ゼンの喉元に食いつこうとします。

「おっと」

 ゼンはそれを両手でつかまえました。ひと抱えもある大きな犬の頭が、びくとも動かなくなってしまいます。キャンキャン鳴き続ける頭に、ゼンは言いました。

「うるせえ。しつけがなってねえぞ、ポチたちを見習え」

 そのまま力任せにねじると、首の骨が音を立てて折れました。キャゥン、と悲鳴を上げて、頭が静かになります。

「なんだ、案外もろいな。首を蝶結びにしてやろうかと思ったのによ」

 とゼンは頭を放り出し、襲いかかってきた別の頭をつかまえました。

 

 すると、戦車のすぐわきに銀の影が飛び込んできました。黒い三つ叉の矛が閃き、ゼンを狙って忍び寄っていた海虫を串刺しにします。半魚人のギルマンでした。矛をふるって虫を投げ捨て、構え直して声を上げます。

「貴様らの攻撃など、ゼンには毛の一筋も届かせん! わしが全部防いでやるぞ!」

「ギルマン」

 ゼンは、にやっと笑うと、抱えていた犬の頭をまた思いきりねじりました。ぼきりと音がして、その頭も動かなくなります。

「なんて――なんてヤツらなの!」

 とスキュラは金切り声を上げました。自慢の犬の頭はあと二つしか残っていません。

 海中では至るところで戦いが起きていました。海の民や半魚人の戦士が海竜を取り囲み、魚の戦士が海虫を追い回しています。後ろから現れた渦王軍の本隊は、魔王軍の彼らよりはるかに多く、あっという間に魔王軍を追い詰めていきます。

 

 すると、今度は入り江の奥の方で爆発が起きました。一カ所に群がっていた海虫たちがばらばらになって吹き飛び、後から戦車やシードッグに乗ったフルートとペルラが姿を現します。ペルラは両手を突き出したまま、目を丸くして驚いていました。彼らを囲む海虫を吹き飛ばしたのは、彼女ではなかったのです。

 フルートの戦車の隣で、小さな少年と背の高い女性が言い合いをしていました。

「フルートは何も願っていなかったぞ、願いの! どうして出てきたんだ!?」

 黄金の髪と瞳の少年が言うと、女性が答えました。

「そなたが非力だからに決まっているであろう、守護の。水中でこんなに守りが弱まってしまうとはな。無様なことだ」

 燃えるような赤い髪とドレスの女性ですが、声はいやに冷ややかです。少年はますます腹を立てました。

「誰が非力で無様だ! 願ってもいないのに、勝手に出てくるな! 契約違反になるぞ!」

「そなたこそ、私に助けられないように、もっとしっかりするがいい。守護石失格であろう」

「なんだと――!?」

 口喧嘩がいっそう激しくなります。

 呆気にとられてそれを見ていたペルラとシィに、ポチが言いました。

「ワン、フルートが持っている金の石と願い石の精霊たちですよ。危ないと思って、願い石が金の石を助けに出てきたんだ」

「あんなふうでもけっこう仲のいい二人なんだよ」

 とフルートが言うと、精霊たちがいっせいに振り向きました。

「誰が誰と仲がいいだと!?」

「無礼な。冗談ではない!」

 その剣幕にフルートが思わず首をすくめます――。

 

 戦車に乗ったクリスとザフが、海の中を駆けながら叫んでいました。

「戦いはぼくらが優勢だぞ! 敵はもう半分以下に減ってる!」

「もう一息だ! みんながんばれ!」

 その声に海の戦士たちはいっそう勢いを増し、反対に魔王軍の海竜や海虫は怖じ気づきました。

「うるさい小僧どもめ!」

 スキュラはまた犬の首を伸ばしましたが、王子たちの魔法で防がれてしまいました。長い首が弾き返されます。

 スキュラは今度は二つの頭で同時に攻撃をしかけました。彼女自身は闇の障壁で守られています。犬の頭も障壁で包み、王子たちがの魔法を突き破ります。

「ザフ!」

 クリスが叫びました。スキュラの犬の頭が、ザフの肩に食いついて、かみちぎっていったのです。海水が一瞬で血に赤く染まります。ペルラが悲鳴を上げて、シードッグのシィと飛び出していきます。

 スキュラは今度はクリスに襲いかかっていました。クリスが魔法で防ぎますが、犬の頭は黒い光を盾にして魔法を破り、クリスの目の前で口を開けます。クリスの太い足へ食いついていきます――。

 

 ところが、その頭がいきなり、ギャン、と悲鳴を上げました。長い首の先からぽろりと落ちて、海底に沈んでいきます。――頭を切り落とされたのです。

 クリスたちの戦車のそばに、マグロとカジキの戦車が駆けつけていました。ゼンが青く輝く海の剣を握って、戦車の上に立っています。

「こいつらに手は出させねえぞ! いいかげん観念しやがれ、犬のばばあ!」

 ゼンはずっと海の剣を腰のベルトにはさんでいました。普段は銀色の柄だけですが、海中で振ればたちまち青い刀身が現れます。研ぎ澄まされた名刀よりも、もっと切れ味が鋭い水の刃です。

 ゼンの隣ではメールが叫んでいました。

「フルート! 早くザフを助けて――!」

 フルートはホオジロザメの戦車で急行していました。途中でペルラを追い越し、攻撃してきた犬の首を金の光で跳ね返して、ザフが乗る戦車まで駆けつけます。ザフはクリスの腕の中で身もだえしていました。肩の部分を骨までごっそり食いちぎられたのです。大量の血が海中にあふれ続けています。

 フルートはペンダントをザフに向けました。

「頼む、金の石!」

 精霊たちは姿を消していましたが、ペンダントの真ん中で石が光り出し、たちまちザフの傷を治していきます。

 

 スキュラは青ざめました。彼女の腹から生える犬の頭は、もうひとつしか残っていません。彼女の目の前では、ザフとクリスを守るように、海の剣を持ったゼンとペンダントを構えたフルートが立っていました。それぞれに戦車に乗り、その手綱をメールと老戦士が握っています。フルートの戦車には小犬のポチも乗っています。

 そこへ後ろからはシードッグに乗ったペルラも駆けつけてきました。赤い髪に黒い服を着たペルラは、天空の国の魔法使いのように見えています。

 スキュラはいっそう青ざめ――ふいに顔を上げて叫び始めました。

「魔王様! 魔王様! 聞こえますか!? 敵に追い詰められております! 援軍をお願いします――!!」

 恥も外聞もなく助けを求める声が、海の中に響きます。

 すると返事がありました。

「しょうがないね。もう少し粘ってくれるかと思っていたんだけれど。まあ、それなりに彼らのことがわかってきたから、一応、目的は達成かな」

 静かですが、どこか冷ややかな青年の声です。

 彼らのすぐ近くの海中に、水色に輝く大蛇が姿を現しました。水蛇です。その背中には、眼鏡をかけた黒ずくめの青年が立っていました――。

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