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第13巻「海の王の戦い」

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57.スキュラ

 フルートたちは風の犬のポチに乗って空を飛び、一キロほど奥へ進んだところでまた海に潜りました。敵の頭上を飛び越えたのです。小犬に戻ったポチの代わりに、今度はシィが変身して全員を背中に乗せます。大きなぶち犬の体に魚の尾のシードッグです。

 緑色の水の中を静かに引き返していくと、間もなく海竜や海虫の群れが見えてきました。海竜は大きな体から長い首を伸ばし、四枚のひれで海中をゆっくり泳ぎ回っています。海虫たちは節だらけの体に生える無数の脚を動かして、海中を移動していきます。それを見たとたん、ペルラは顔をしかめました。海虫たちは、巨大なムカデかゲジゲジのような、見るからにおぞましい姿をしていたのです。

「連中はゼンたちがいる向こうばかりを気にしている……ぼくらには気づいていないな」

 とフルートがささやくように言いました。背中の炎の剣へ手を伸ばし、黒い柄を握ります。シィは海中で身構えました。合図が出たとたんに、敵の群れの中へ飛び込もうとします。

 

 ところが、その時、すぐそばの岩壁の隙間から、一匹の海虫が飛び出してきました。赤い目玉の頭に棘の生えた尾の、人より大きな長虫です。フルートは即座に剣を引き抜きました。海虫を切り捨てようとします。

 すると、虫が水の中で身をかわしました。すぐ近くにいたペルラに襲いかかっていきます。

「いや、来ないで!」

 ペルラは思わず声を上げると、両手を突き出しました。魔法で海虫の頭を吹き飛ばしてしまいます。

 とたんにつんざくような声が海中に響き渡りました。海虫が長い体をくねらせながら叫んでいるのです。声は棘の生えた尾のほうから聞こえていました。

 ポチが言いました。

「ワン、尻尾に小さな目が見える! あの尻尾のほうが本当の頭だったんだ! 吹き飛ばしたのは、偽物の頭だったんですよ!」

 フルートは炎の剣で虫を真っ二つにしました。激しい泡が湧き起こって、虫の声がとだえます。

「気づかれたわよ! 敵がこっちへ来るわ!」

 とシィが言いました。海竜や海虫の群れが、いっせいに声のした方へ泳ぎだしたのです。敵が彼らへ迫ってきます。たった二人と二匹では、とても相手にしきれない数です――。

 

 すると、そこへ突然魚の大群が飛び込んできました。海面からの光が魚影にさえぎられて、海の中が一瞬暗くなったほどです。海竜や海虫が思わずそちらへ目を向けます。

 それは敵のすぐ向こう側で待機していたニシン部隊でした。恐ろしい敵がいる海を、群れをなして泳ぎ始めます。魚たちがいっせいに身をひるがえすたびに、青黒い背が海中に立体の影絵を作り、銀色の腹が光ります。

「まだあたしたちが出ていないのに!」

 とシィは思わず声を上げると、フルートが言いました。

「ぼくたちが敵に気づかれたのを知って、あっちから先に攻撃に出たんだ! ニシンたちの方が囮(おとり)になったんだよ――!」

 海虫たちがニシンを追いかけ出しました。たちまち何十匹ものニシンが虫に捕まります。海竜もニシンを襲い始めました。魚たちが牙に食いちぎられ、水が血に赤く染まります。

 ペルラはいっそう青ざめました。目の前で味方の魚たちがどんどん食い殺されていきます。私がへまをしたせいだわ、と泣き出しそうになります。

「行け、シィ! ニシンたちを助けるんだ!」

 とフルートが言ったとたん、今度はシャチ部隊が飛び込んできました。ニシンを追う海竜や海虫に次々と襲いかかっていきます。たちまち乱戦が始まります。

 シィも戦場に飛び込んでいきました。フルートが炎の剣を振るうたびに、猛烈な泡が湧き起こって、海竜や海虫が切り倒されていきます。

 ペルラは涙をこらえて魔法を唱え続けました。水の中で爆発が起き、敵がばらばらになって吹き飛びます。

 

 魚たちの間をぬって、海の民の老戦士が戦車で駆けつけてきました。

「敵の本隊がやって来ますぞ! お乗りください、勇者殿!」

 フルートはすぐさまポチを抱えて飛び移りました。今度は戦車で戦場を駆け回りながら剣をふるっていきます。

 そこへ本当に敵の大軍が押し寄せてきました。狭い海が真っ黒になるほどの海竜と海虫たちです。その先頭で声を上げている司令官がいました。

「お行き、海の竜たち! 海の蛇虫たち! 魚はおまえたちにくれてやる! 人間どもはあたくしのかわいい犬におよこし!」

 女性の声です。司令官は上半身は美しい女性でしたが、下半身は六頭の大きな犬の姿をしていました。六つの犬の頭が女性の腹のあたりから生え、その下に十二本の犬の脚と、さらに人魚のような魚の尾まであります。

「スキュラだ!」

 と海の民の老戦士が声を上げました。

「闇の怪物?」

 とフルートが尋ねます。

「いいえ。ですが、古くから海に棲みついている怪物です。あの犬の頭で人を襲って食います。注意を――」

 老戦士の忠告が終わらないうちに、本当にスキュラが攻撃をしてきました。女性の腹から生える犬の頭が突然蛇のように伸びたのです。六つの頭がシードッグのシィ、ペルラ、フルート、ポチ、老戦士にいっせいに襲いかかります。一つだけ獲物がなかった犬の頭は、フルートたちの戦車の車体に食いついて、動きを押さえます。

 とたんにフルートの胸の上で魔石が光りました。金の光が戦車を包むと、犬の頭が跳ね返され、戦車にかみついた犬の牙が一本残らず折れます。

 

 ペルラは自分とシィに襲いかかってきた犬の頭を魔法で追い払っていました。フルートに向かって叫びます。

「私に任せて、フルート! あんな怪物、私の魔法で――」

「まあ、生意気でちんくしゃなお嬢ちゃん。あなたね、天空の国の魔法使いっていうのは。あたくしを倒せるものならやってごらん」

 スキュラがペルラをあざ笑いました。

 ペルラは真っ青になって怒りました。海王の王女の彼女をこんなふうに侮辱にした者はこれまでなかったのです。両手を突き出して、女の怪物へ攻撃魔法を繰り出します。

 ところが、とたんに黒い壁が現れて、ペルラの魔法を跳ね返しました。闇の障壁です。跳ね返された魔法が戻っていって、ペルラとシィをまともに打ちのめしてしまいます。

「ペルラ!」

「いかん!」

 フルートと老戦士は同時に叫びました。戦車で駆けつけて、スキュラとペルラたちの間に飛び込みます。

 再びスキュラから犬の頭が飛んできました。牙をむいて襲いかかってきます。フルートは金の光でそれを防ぎ、さらに剣で切りつけました。六つの犬の頭の一つが、海を赤く染めながら飛んでいきます――。

 

 スキュラは金切り声を上げました。血があふれ出す傷を押さえながらわめきます。

「よくもあたくしの犬を――。よくご覧、蛇虫たち! あの光は揺らめいているわ! 揺らぎの間をすりぬけて、あいつらに食らいついておやり!」

 海水は常に動き続けていて、光を流れで揺らめかせます。金の石は聖なる光でフルートたちを包んでいましたが、その光もやはり海中では揺らいで、ほのかな明暗を作っていたのです。その暗い部分をすり抜けて、海虫たちが光の中に入り込んできました。戦車やシードッグにまた襲いかかってきます。

 フルートは剣をふるい、ペルラも魔法で敵を倒し続けました。けれども、海虫は後から後からやってきます。金の光の壁の前で一度立ち止まり、隙間を見つけては、身をくねらせて潜り込んできます。やがて、フルートたちの周囲は海虫でいっぱいになってしまいました。うごめく虫たちは、無数の触手の塊のように見えます。

「防ぎきれないわ!」

 とペルラが悲鳴を上げました。光の内側に入り込んでくる虫は増えるばかりで、いくら追い払ってもきりがありません。

「がんばれ!」

 とフルートは叫びました。

「ニシンたちも――シャチたちも、こらえるんだ! 絶対にあきらめるな!」

 切り捨てた海虫が泡と共に沈んでいきます。

 老戦士の銛を避けた海虫が、シードッグのシィに襲いかかっていきました。ワン、とポチがほえ、戦車から飛び出して虫にかみつきます。とたんに海虫が尾のような頭をくるりと回し、小犬の背中にかみつき返しました。赤い血が、ばっと海中に広がりますが、ポチは虫を放しません。

「ポチさん――!」

 シィが悲鳴のように叫びます。

 

 その時、おぉぉーっという声が、岩壁にはさまれた入り江を揺るがしました。入り江の出口の方向からです。スキュラが美しい女の顔に驚きの表情を浮かべました。

「なんだ?」

 すると、ニシンたちがまたひとつの群れになって泳ぎ出しました。海中で大きな渦巻きになり、スキュラや海竜たちの視界をさえぎります。

「なんだ――何が来る!?」

 スキュラがまた言いました。苛立ちながら竜たちに命じます。

「うるさい魚どもを追い散らせ! 何か来るぞ!」

 すると、魚の大渦の向こうから声がしました。

「もう来てるぜ。これ以上好き勝手はさせねえ。覚悟しやがれ、犬のおばちゃん!」

 スキュラは目を見張り、声のした方をにらみつけました。とたんに、そこから拳が飛んできました。スキュラがとっさに身を引くと、拳は顔をかすめて、腹の犬の頭をまともに殴りつけました。犬が一声鳴いて死んでしまいます。

 ニシンの群れが、ざーっと左右へ別れ、その中からゼンが姿を現しました。メールが操る戦車に乗っています。後ろにはクリスとザフが乗ったもう一台の戦車が、さらにその後ろには海の戦士たちの大軍が控えています。

 群がる海虫の間からそれを見て、フルートが言いました。

「来たな、ゼン」

「おう、来たとも。おかげで不意打ちは大成功だぜ」

 にやりとゼンが笑えば、フルートも、にやっと笑い返します。信頼と余裕の笑顔です。

 ゼンは後ろを振り向きました。

「行け、海の戦士たち! 後はもう遠慮はいらねえ、思いっきり戦え!!」

 ゼンの声に鬨の声が重なります。海の戦士たちはいっせいに泳ぎ出し、海流や海虫の群れに襲いかかっていきました――。

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