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第13巻「海の王の戦い」

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54.協力

 アンドロギュノスは自分の目を疑い、わけがわからなくなって唖然としました。

 ゼンがいつの間にか忍び寄っていて、海中から彼らの足を捕まえていました。けれども、前方の海に浮かぶ戦車の上にも、同じゼンが乗っているのです。やはり青い防具を身につけ、大きな弓矢を背負っています。隣には渦王の王女のメールも乗っています。

 すると、海中のゼンが浮いてきました。アンドロギュノスの足は捕まえたままで、にやりと笑います。

「どうだ、驚いただろう。てめえらが戦っていたのは替え玉だぜ。本物はこっちだ」

 ゼンは手綱をつけたマグロの背に乗っていました。ざばぁと海上に姿を現すと、アンドロギュノスの体を高々と頭上に持ち上げてどなります。

「もういいぞ、ザフ! 元に戻れ!」

 とたんに、メールと一緒に戦車に乗っていたゼンの姿が消えました。代わりに現れたのは、青い髪と瞳の細身の少年――ザフィーロでした。肩をすくめてこう言います。

「やれやれ。やっぱりゼンの代わりはぼくには無理だな。海の戦士たちをちっとも奮い立たせられなかったもの」

「ゼンの代わりなんて、誰にもできっこないよ。あんたは良くやったさ、ザフ」

 とメールが笑いながら言います。

 

 アンドロギュノスは歯ぎしりをしました。ゼンに掲げられた恰好でわめきます。

「よくも我々をだましたな! 生意気な小僧め!」

「へっ、子どもだと思って油断したそっちが悪いんだろうが。言っとくが、俺たちはそこらの子どもとはわけが違うぞ。なにしろ金の石の勇者の一行なんだからな!」

 そう啖呵(たんか)を切るゼンへ、女のアンドロギュノスが手を向けました。女のほうが下向きになっていたのです。ゼンの脳天へ魔法攻撃を送り込みます。

 ところが――何も起きませんでした。何度魔法を繰り出しても、どれほど強力な魔法を繰り出しても同じことです。ゼンにはまったく効きません。

 すると、ゼンがまた、にやりと笑いました。

「魔王から聞いてなかったのかよ。俺は魔法は使えねえけど、代わりにどんな魔法攻撃にもびくともしないんだぜ」

 アンドロギュノスは必死で身をよじりました。普通の人間よりずっと力は強いのですが、ゼンの手を振り切ることができません。

「は、放せ! このくそガキ!」

 と男のアンドロギュノスはわめき続け、女のアンドロギュノスは信じられないように言いました。

「どうやってあたしたちの足下まで来たのよ! 海は戦う兵士でいっぱいよ! あたしたちの手下も大勢いるのに。その中を気づかれずに通り抜けてくるだなんて、そんな芸当をどうやって――」

「前から来たんじゃねえさ」

 とゼンは答え、わけのわからない顔になったアンドロギュノスを無視して、後ろを振り向きました。陸地と、その奥へ伸びる入り江に向かって大声を上げます。

「出番だぞ、フルート! 思いきりかましてやれ!!」

 

 とたんに、ざばぁっと大きな水しぶきが上がって、海の中から巨大な生き物が飛び出しました。大きな犬の頭と体に魚の尻尾――シードッグです。その首の上には金の鎧兜のフルートと、小犬の姿のポチが乗っていました。

「まさか!!」

 とアンドロギュノスはまた叫びました。フルートは海に落ちて歯クジラの餌になってしまったはずです。

 すると、さらに奥の入り江に浮いているものが目に入りました。息絶えて波に揺られている歯クジラです。その体には無数の刀傷がありました。

「まさか……まさか……」

 見ているものが信じられなくてアンドロギュノスが繰り返していると、フルートが空中から入り江へ呼びかけました。

「いいぞ、海の戦士たち! 突撃だ!」

 フルートがシードッグと着水すると同時に、おおぅ、とおなじみの声が海中から響きました。やはり入り江の奥からです。やがて緑の海面が黒くなり、海中から数え切れないほどの戦士たちが姿を現しました。海の民、半魚人、魚、海の生き物――魚の戦車に乗ったイソギンチャクの魔法戦士も海面に現れます。

 イソギンチャクが先頭に飛び出しながら人の声でどなりました。

「行くぞい、渦王の戦士たち! 遅れんでついてこい!」

 赤い触手が花びらのように閃くと、行く手にいた魔王軍の兵士が吹き飛びました。敵がいなくなった海を、イソギンチャクの戦車と海の戦士の大軍が突き進んでいきます。フルートやゼンたちの脇を流れるように通り過ぎ、入り江の入口で戦いを繰り広げる魔王軍へ襲いかかっていきます。

 

 驚いたのは魔王軍でした。敵は前方にだけいると思っていたのに、突然入り江の奥からも現れて、後ろから襲いかかってきたのです。挟み撃ちにされて、たちまち大混乱に陥ります。

 前方で半魚人のギルマンが叫びました。

「今だ、敵を徹底的にたたくぞ!」

 おおお、とまた鬨の声が入り江に響きます。

 戦車に乗ったイソギンチャクは、相変わらず海を飛び回っていました。

「闇の怪物は相手にするでないぞ! 奴らはいくら殺しても生き返ってくるからの。魔法戦士のこのイ・ギンチャックに任せるんじゃ!」

 元気に叫びながら戦車ごと海中に潜っていきます――。

 

 あっという間に渦王軍の優勢に変わっていく海を見ながら、ペルラとクリスが話していました。

「フルートの作戦はうまくいったみたいね。すごいわ」

「とんでもない作戦だったよな、本当に」

 とクリスがうなります。

「ペルラにはポポロのふりを、ザフにはゼンのふりをさせて、わざと力足らずな様子を見せて相手の油断を誘う。フルートは前回と同じように海鳥に隠れて、敵の後ろに回り込んでみせる。敵に海へ撃ち落とされることまで、しっかり計算のうちだったんだからな」

「そして、フルートたちはシードッグに変身したシィに乗って、すぐに海底へ潜ったのよね。カイ、ありがとう。シィにあなたの海の首輪を貸してくれて。おかげでシィはまたシードッグに変身できたわ」

 ペルラにそう礼を言われて、一緒に戦車に乗っていた灰色の犬は尻尾を大きく振りました。

「ぼくでは大きすぎて、フルートのリュックサックに隠れられなかったからね。シィだけだよ、それができたのは。でも、ぼくの首輪をシィが使えて本当によかった。ぼくも、シィに信頼されていたってことかな――」

 少し照れたように、嬉しそうに、灰色犬のカイが言います。

 すると、そこへザフとメールが乗った戦車も近づいてきました。マグロと三匹のカジキが引いていますが、よく見れば、マグロはいつものあのマグロではありませんでした。一回り小さい体をした別人です。メールが笑って声をかけます。

「あんたも身代わりご苦労さま。はらはらしたろ、攻撃がばんばん飛んできてさ」

「いいえ、姫様。我々マグロ部隊の隊長の代わりを務められたんですから、これほど名誉なことはございません」

 と小柄なマグロが丁寧に答えます。

 

 ゼンに持ち上げられた恰好で、アンドロギュノスはわめき続けていました。

「どうやって――どうやって、我々の後ろに回り込んだ!! 海に落ちた勇者はともかく、ゼン、貴様と戦士どもはどうやって――!? 我々はずっと入り江の入口を見張っていた。戦いが始まる前も、始まってからも、我々の警戒網をくぐり抜けて後ろに回るのは不可能だったはずだぞ!!」

 アンドロギュノスは男も女も同じことを言っていました。二つの声がぴったり重なり合っています。

 へっ、とゼンはまた笑いました。

「てめえらは知らなかっただろう。ここの海底は海の中で小高い丘みたいになってるんだが、そこに抜け穴があったんだよ。この入り江まで見回りに来たことがある魚が見つけていんだ。ただし、その抜け穴は途中、岩でふさがれていて、通り抜けることができなかった。魔法で貫通させれば、さすがにてめえらに気がつかれるから、俺がマグロと潜っていって、トンネルの岩をどけて、海の戦士の半分とそこに隠れていたんだ。てめえらが俺の身代わりたちに突撃を命じたら、フルートが知らせに来て、後ろからいっせいに攻撃する作戦だったのさ」

 どうだ、恐れ入ったか、という調子で話すゼンに、ポチがあきれて言いました。

「ゼンったら、まるで自分が考えたみたいなこと言っちゃって。その作戦を立てたのは、全部フルートなんですよ」

「おう、あったりまえだ。俺にこんな高度な作戦が考えられるか。みんな俺たちの軍師が思いついたことだぞ」

 ますます得意そうなゼンに、フルートはちょっと苦笑いしました。フルート自身は、自分のことを一度だって軍師だなどと思ったことはないのです。

 

「わ、我々をどうするつもりだ!?」

 とアンドロギュノスが尋ねました。相変わらず男女の声が重なり合っています。どうする? とゼンは怪物を改めて見上げました。

「こっちのほうこそ聞きたいぞ。この戦いは俺たちが勝つ。それはもう間違いねえ。そうしたら、てめえらはどうする? 降参するか?」

「降参!!」

 とアンドロギュノスは甲高く繰り返しました。あざ笑うような声で言います。

「我々が人間ごときに降参するだと!? 片身しかない不完全なおまえたちに!? 完全体の我々が!? 冗談ではない!!」

 ゼンに高々と持ち上げられて、手も足も出ない状態になっているのに、それでもアンドロギュノスはそんなことを言いました。自分たちのほうが劣っているとは絶対に認めません。

 ゼンは顔をしかめました。

「馬鹿なヤツだな。人間が二人くっついてるからって、それがなんだって言うんだ。そんなこと言ってやがるから、司令官のくせに部下も上手に使いこなせねえんだぞ」

「不完全体が何を偉そうに言う! 我々に指図するというのか!? 不完全なくせに! できそこないのくせに――!」

「ああ、うるせえ」

 ぜんはまた顔をしかめると、シードッグに乗ったフルートに言いました。

「おい、こんなヤツにいつまでも手間取ってられねえ。さっさと片づけて、みんなのところへ行くぞ」

 フルートは黙ってうなずき、首からペンダントを外しました。聖なる魔石をアンドロギュノスに向けます。

「そ、そんな石の力など、たかがしれてるわ! そんなもので我々は倒せないぞ!」

 毒づくアンドロギュノスを見つめながら、フルートは叫びました。

「金の石!!」

 たちまち魔石が輝き出します。

 

 アンドロギュノスは闇の障壁を張り巡らせました。先刻もこれで聖なる光を防いだのです。

 ところが、光はどんどん強まり、闇の障壁を溶かしていきました。障壁がたちまち薄くなり、黒いガラスのように音をたてて砕け落ちます。驚くアンドロギュノスにまともに光が降りそそぎ、今度はその体が溶け始めます。男と女がひとつになった姿が流れるように溶け――やがて、その背中の部分が真っ先に溶け落ちました。男と女、二人のアンドロギュノスに分離します。

 あぁぁぁ、とアンドロギュノスたちは悲鳴を上げました。ゼンはそれでも彼らを放しません。右手に男を、左手に女を、それぞれ捕まえたままです。

 もう一度ひとつに戻ろうとするように、男と女は手を伸ばしました。そこにもまだ光は降りそそぎます。つないだ手と手が、熱にあった蝋のように溶けて崩れ落ちていきます……。

「完全だ――完全に戻らなくては――」

「我が半身――戻れ、戻ってこい――」

 二人のアンドロギュノスが異口同音に繰り返しますが、やがてその声も消えていきました。ことばを話す口も喉も、光の中で溶けていったからです。

 

 やがて、アンドロギュノスはゼンの手の中で完全に消えてしまいました。後には何も残りません。

 ゼンは溜息をひとつつきました。空っぽになってしまった手で腕組みして、フルートを見ます。フルートは輝きを収めたペンダントを、また首にかけていました。唇をかみしめた顔は真っ青で、今にも泣き出しそうな表情をしています……。

「なぁにが完全体だ」

 とゼンはわざと大きな声で言いました。

「人は一人ずつ別々で、知らないヤツ同志が出会って協力するから、いろんなことをできるようになるんだぞ。最初から二人で完全だ、なんて言ってたら、それはいつも一人きりなのと同じだろうが。そんなこと言ってうぬぼれてるから、俺たちに負けるんだ。――おい、行こう、フルート。あっちで暴れてる闇の怪物どもをぶっ飛ばすぞ!」

 罪悪感に沈みそうになっていたフルートを引き上げて、ゼンは海を進み始めました。マグロがゼンを乗せて力強く泳いでいきます。その後ろに、フルートとポチを乗せたシードッグのシィが続きます。

 入り江の入口では、海の戦士と魔王軍の兵士たちが、まだ激しい戦いを繰り広げていました――。

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