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第13巻「海の王の戦い」

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50.作戦会議・3

 「全部ぼくのせいだ……ぼくのせいで兄上が……」

 海の戦士たちと海中を泳ぐシードッグの背中で、ザフが繰り返し言っていました。

「そんなことないって、ザフ。兄上は大丈夫さ」

「気休めを言うな! ぼくのせいなのはわかりきってるじゃないか! 兄上だって魔王に捕らわれて、力を奪われてるのに――!」

 なぐさめようとするクリスにザフが言い返します。その顔は泣き顔、声は涙声です。

 そこへ戦車に乗ったゼンがメールと一緒にやってきました。

「なに言い合ってんだ、おまえら? 来いよ、作戦会議を開くぞ」

 あきれたように言われて、ザフは今度はゼンに食ってかかりました。

「作戦会議――!? ぼくにそんな権利があると思うのか!? 勝手に行動して、自分だけで魔王の居場所を突き止めようとして、そのあげくに人質になって、兄上を魔王にさらわれて――! 魔王は兄上の力を手に入れて、いっそう強大になったじゃないか! 全部ぼくのせいなんだ!!」

 捨て鉢になってそんなことを言うザフは、本当に、今にも大泣きしそうな顔でした。周囲を泳ぐ海の戦士たちが、心配そうにそれを見ています。

 すると、ゼンはあっさり肩をすくめました。

「そりゃその通りだな。全部おまえが先走ったせいだ。――まあ、ちょっと待てって」

 シードッグの背中から飛び下りて一人で泳ぎ出したザフを、ゼンは戦車で追いかけました。手を伸ばして、戦車の中に引きずり込みます。

「どこに行くつもりだ、馬鹿。これ以上勝手な行動は許さねえぞ」

「兄上を助けに行くんだ!! ぼく一人で兄上を取り戻してくる――!!」

「無理なこと言うんじゃないよ、ザフ。そんなのできるわけないじゃないのさ。相手は魔王だよ? あんたが殺されちゃうよ」

 とメールが言うと、少年はいっそうわめきました。

「殺されたってかまうもんか!! 魔王と差し違えて、兄上を助け出してくる!! 全部ぼくのせいなんだから、ぼくが死んで代わりに兄上を助けるんだ――!!!」

「どなるな。耳が痛くなる」

 ゼンはザフの胴をつかまえると、まるで猫の子か小さな荷物のように、ひょいと頭上に差し上げてしまいました。ザフが仰天して、思わず息を呑みます。

 

 静かになったザフに、ゼンは言い続けました。

「ホントに海の民ってヤツは短気な種族だな。勝手に死んだりするんじゃねえ。おまえは他の三つ子と同じようにすごい魔法が使えるんだから、おまえに死なれたら俺たちが困るだろうが」

 思いがけないことを言われて、ますます面くらう少年に、メールも言いました。

「ゼンの言うとおりだよ、ザフ。一人で魔王に勝てるわけはないんだから、今あんたが行ったって、それは無駄死にさ。それこそアルバに申し訳が立たないじゃないか。行くなら、みんな一緒だよ。あたいたちもフルートたちも海の戦士たちもいるんだ。みんなで力を合わせて魔王を倒すんだからさ。――だろ、ゼン?」

「おう、そういうことだ。だから、さっさと来い。魔王を倒す作戦会議を開くぞ」

 戦車の中へ降ろされて、ザフは座り込みました。そのままゼンを見上げてしまいます。ゼンは戦車を走らせ始めました。勝手な行動をとって全軍を危機に追い込んでしまったザフを、一言も責めません。

 とうとう泣き出したザフに、メールがまた言いました。

「みんなで戦おうよ、ザフ。あたいたち全員が揃っていれば、絶対に魔王より強いんだからさ。そうやって魔王を倒せたら、あんたがやったことだってご破算になるじゃないか」

 涙は海の水に紛れてしまいます。ただいっそう大きな泣き顔になったザフを乗せて、戦車は走り続けました――。

 

 

 海上にはフルート、ポチ、ペルラ、シィが乗った戦車が浮いていて、そのそばに半魚人のギルマンがいました。空を見上げるペルラを全員が見つめています。

「どうだ、シルフィードは戻ってきたか?」

 とゼンが戦車で近づいていくと、ポチが答えました。

「ワン、さっき一度吹いてきて、魔王の居場所をペルラに教えてくれましたよ」

「魔王の居所がわかったんだ!」

 とメールが歓声を上げ、よっしゃ! とゼンは拳を握りました。

「さっそく乗り込んでいって、ヤツをぶっ飛ばすぞ! ヤツはどこなんだ!?」

「ワン、イルダ大陸で一番長い入り江の奥です。入り江の民は、そこにいくつもの村を作って住んでいるんです」

「はぁん。つまり、そこが入江の民の故郷ってわけか。魔王は入江の民だろうっていう読みは、当たっていたわけだな」

 とゼンがうなずくと、フルートが言いました。

「ギルマンの話によると、入江の民というのは、もともとは海賊だったらしいよ。優れた船作りの技術を持っていて、大きな船で遠征に出ては、沿岸の町や村を襲撃したり、他の船や海の民を襲ったりしていたんだ。北の大地のトジー族も捕まることがあったらしい」

「トジー族も……? ああ、そういや昔、ロキが言ってたな。人間が北の大地まで来て、トジー族の子どもをさらって売り飛ばすんだって。入江の民のしわざだったのか」

 

 すると、ギルマンが重々しく言いました。

「連中が海賊だったのはもう二百年も前のことだ。当時は入江の民の船が一番速かったのだが、今ではそんなこともない。あちこちの国の人間たちが、大きくて速い船を造るようになったからだ。人間たちは東や西の大海を渡って、世界を船で一回りするようにさえなってきている。入江の民は、もう海賊としては恐れるような存在ではないのだが、連中の中に流れる海賊の血はまだ生きている。相変わらず連中は他の村や船を襲うし、珍しい種族の生き物を捕まえては他の人間に売り飛ばす。海の民や我々半魚人の仲間が捕まることもある。そのたびに、渦王様や海王様は海に乗り出して、連中から仲間を取り返してくださるのだ。――と、これは以前にも話したな。そういうわけで、我々は何度もこの冷たい海まで遠征に来ているし、入江の民と交戦した経験もあるんだ」

「ただし、海の民は戦士の寿命が短いから、今遠征しているほとんど全員が冷たい海は初めてだし、入江の民とも戦った経験がない。半魚人の中の経験者は四分の一くらいだったよね?」

 とフルートがまた言うと、ゼンの戦車を引くマグロが口をはさんできました。

「魚や海鳥の中の経験者も四分の一程度です。ただ、彼らの中には、普段から冷たい海まで見回りに来ている者たちがいます。彼らに聞けば、入り江の様子はさらに詳しくわかると思います」

「ホントに頼もしいよな、おまえらは」

 とゼンは笑うと、そばの海面に顔を出していた伝令の魚を呼びつけました。入り江の様子がわかる海鳥や魚をよこすように命じます。

 

 海鳥や魚たちが来るのを待つ間も、彼らは話し合いを続けました。

「冷たい海は寒いから、戦士たちを寒さから守らなくちゃいけないはずだったよね? それはどうなったわけ?」

 とメールが尋ねると、空を見上げていたペルラが笑って振り向きました。

「ちゃんとかけてるわよ、私が――。もちろん全軍にかけるのは無理だけど、フルートが特に寒さに弱い者たちだけでいいって言うから。それくらいなら、なんとかね」

 フルートがそれにうなずきました。

「西の大海から乗ってきた海流はもう消えてしまったから、このあたりはもう冷たい海の水温なんだけど、海の民も半魚人も、この程度の寒さなら平気だと言っているんだ。魚たちや海の生き物たちにも、北のほうや深海の出身で寒さに強い者たちはいる。どうしても寒さに耐えられない、暖かい海の出身者だけに絞り込んだんだ」

「ワン、夏場で助かりましたね。冬だったら、こうはいかなかった」

 とポチが言います。

「ぼくたちも寒さを防ぐ魔法は使えるぞ。ぼくたちもやろうか?」

 とクリスが尋ねると、ゼンが即座に答えました。

「馬鹿言え、おまえらは攻撃だよ。魔法部隊の要(かなめ)だろうが」

 すると、フルートも言いました。

「魔王はペルラをポポロと勘違いした――。これをうまく利用したいんだ。クリスとザフには、ペルラのそばにいてほしい。そして、ペルラと協力して、ポポロがいるように見せかけていてほしいんだ」

 思いがけない指示にクリスとザフが目を丸くすると、ゼンが、にやっと笑いました。

「またなんか奇想天外なことを考えてやがるな、フルート?」

「別に奇想天外ってわけじゃないよ。ただ、ポポロがいると思わせておければ、魔王は、その後ろに天空王もいるんじゃないか、と考えて、ぼくらを用心するだろう。自然と守りの姿勢に入って、行動が鈍るから、そこに攻め込む隙が生まれてくるんだ」

 フルートの頭の中には、すでに具体的な作戦が浮かんでいるようでした。どうするんだ? とゼンたちが身を乗り出します。

 

 ところが、そこへ二羽の海鳥が飛んできました。ゼンが呼んだ鳥たちではありません。彼らの頭上までやって来きて、翼を打ち鳴らしながら声を上げます。

「報告! 報告――! 入り江に面した村が、昨夜大津波に襲われた模様です! すべての村が波に呑まれて、跡形もなく消えています! 村人の姿も、どこにもまったく見当たりません!」

 一同は驚きました。ゼンが言います。

「入江に面した村って、入江の民の村ってことか? それが津波で全滅したってのかよ!?」

「津波は決まって地震の後に起きる。だが、昨夜はどこでも地震などなかったはずだぞ」

 と言ったのはギルマンです。

 フルートは愕然としていました。

「海の魔法だ。アルバの力を手に入れた魔王が、津波を起こしたんだよ。――魔王は、自分の故郷の村々を、ひとつ残らず津波で滅ぼしたんだ!」

「どうしてだ!?」

 ゼンがどなるように尋ねます。

 それに答えられる者はいませんでした。

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