メールが目を覚まさない、と言うゼンの声を聞いて、フルート、ザフ、風の犬になったポチは仰天して飛んでいきました。その目の前に金の石の精霊が姿を現し、一足先にゼンの戦車へ飛び込みます。
メールはゼンに抱きかかえられていました。青ざめた顔で、ぐったりと気を失っています。
「またか」
と精霊が言ったところへ、フルートたちも到着しました。狭いのですが、全員が戦車に乗り込みます。
フルートは金の石をメールに押し当てました。とたんに、かたわらに立つ精霊が明るく輝きます。癒しの力を送ったのです。
ところが、メールは正気に返りませんでした。ゼンが顔色を変えます。
「メール! おい、メール! 目を覚ませ!!」
どれほど強く揺すぶっても、メールは目を開けません。フルートが何度金の石を押し当てても、反応もしません。ポチはあせってザフを見上げました。
「ワン、あなたはメールに海の気を与えられないんですか!? あなたも海王の王子なんでしょう!?」
ザフは青くなって首を振りました。
「む、無理だよ……。あれは海の王にしか使えない魔法だから、海王の後継者の兄上にしかできないんだ……」
そこへ、シードッグに乗ったペルラとクリスも駆けつけてきました。どうすることもできなくて、茫然とメールを見つめてしまいます。
ゼンは死にものぐるいでメールを呼び続けました。
「メール!! 起きろ、メール――!!!」
すると、本当にメールが目を覚ましました。
自分を見つめる仲間たちを見回して、驚いたように言います。
「みんな……いったいどうしたのさ、そんな顔して?」
全員は呆気にとられました。
フルートが尋ねます。
「大丈夫かい、メール……? もうなんともない?」
「やだな。あたい、気を失ってただけだよ。しょうがないだろ、渦の中でめちゃくちゃ振り回されたんだもん。渦は? 魔王はどうなったのさ?」
そう話すメールは、いつもとまったく変わらない口調でした。さっきまで青ざめていた顔色も、今はもう普通に戻っています。
ゼンはメールを抱いたまま戦車の床にへたり込みました。
「お……どかすな、馬鹿……。マジで寿命が縮んだぞ……」
そのままメールを強く抱きしめたので、メールは真っ赤になりました。
「ちょっと、ゼンったら! 放しなよ! ホントに大げさなんだったらさ――!」
じたばたするメールを見て、三つ子たちがほっとします。
けれども、フルートは厳しい顔のままでした。
「気を失っていただけ?」
とつぶやくと、ポチが首をひねります。
「ワン、変ですよね。それだったら金の石ですぐ目覚めたはずなのに」
すると、金の石の精霊が言いました。
「メールは本当に生気をなくして倒れていたんだよ。あまり海の気が減りすぎていたから、ぼくでも目覚めさせられなかったんだ。でも、今はもうメールの生気は元に戻っている。一瞬で増えたんだ――」
「何故?」
とフルートが尋ねると、精霊の少年は肩をすくめました。
「ぼくにもわからない」
その後、彼らは二台の戦車やシードッグに分乗しました。マグロとカジキたちが引く戦車にはゼンとメールが、アルバが乗っていたホオジロザメの戦車にはフルートとポチとペルラが、自分のシードッグを魔王に捕らえられてしまったザフは、クリスのシードッグに一緒に乗ります。
戦車に乗り移ったペルラは、小犬のシィも連れてきていました。シィがポチへ駆け寄って、嬉しそうに体をすり寄せます。ひとしきりそれを優しくなめてやってから、ポチは言いました。
「ワン、君たちが到着する直前に海の大渦巻きが消えたんだけれど、あれってやっぱりペルラやクリスの魔法なのかな?」
シィは首をかしげました。
「違うわ。アルバ様の大渦巻きだったのでしょう? ペルラやクリスたちには、それを消せるだけの魔力はないもの」
「ワン、そうなの?」
「ええ。三つ子が三人力を合わせたって無理よ」
ぶちの小犬があっさりと答えます。
そのやりとりをフルートも聞いていました。思わず見たのは、もう一台の戦車に乗ったゼンの姿でした。メールをかたわらに座らせ、手綱を握って声を上げています。
「大丈夫か、海の戦士たち!? 怪我人もいるのはわかってるが、今は手当てしてる暇がねえ! 戦えねえ奴は安全な場所に隠れて待ってろ! 魔王はアルバをさらって海の力を手に入れた! そいつをぶっ倒しに行くんだ、覚悟決めろよ!!」
どんな状況でもあきらめないのがゼンですし、海の戦士たちもへこたれません。海上に顔を出して、おおう、と答えると、ゼンを先頭に移動し始めました。向かうのは冷たい海のただ中です――。
フルートは首をかしげました。ゼンはいつもとまったく変わりなく見えます。目を頭上に向けると、空にはまだ雲が広がっていました。雨はもうやんでいますが、青空も天空の国も見ることはできません。
それでもフルートはつぶやきました。
「ポポロ……?」
空の彼方から、少女の返事は聞こえませんでした。