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第13巻「海の王の戦い」

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48.誤解

 「ゼン! メール――!」

 海上では、フルートとポチが声を枯らして呼び続けていました。大渦巻きがゼンとメールを戦車ごと呑み込んだのです。さらに大勢の海の戦士たちが渦に消えていきますが、誰一人として海上に戻ってきません。

 魔王の青年が海の上から冷笑しました。

「無駄だよ。あの渦は海峡まで続いているし、あの海峡には底のほうに複雑な流れがある。それを激流に変えておいたからね。一度巻き込まれたら、魚でも脱出できずに死んでしまうさ」

 フルートは歯ぎしりしました。魔王に攻撃したいのですが、ザフを抱きかかえているので剣が握れません。彼らの下では海水が渦に向かって激しく流れ続けています。ザフを海に落とせば、彼まで渦に巻き込まれてしまうのです。

 すると、魔王の隣に銀髪の頭がぽかりと浮いてきました。人魚の少女です。海は、魔王や人魚のいるところだけは湖のように静かでした。ゆうゆうと半身を現して、魔王に話しかけます。

「アムダ様ぁ、まだこの連中をやっつけないの? 勇者の死体をあたしにくれるって約束だったでしょう?」

 無邪気な声でそんな恐ろしいことを言います。

 アムダと呼ばれた魔王の青年は笑いました。

「やってみてもいいけれどね。多分今はまだ無理だろう。ほら――」

 青年が空へ手を向けたとたん、頭上で雲が渦を巻き、次の瞬間、大きな稲妻が降ってきました。どどどーん、と音をたてて光がフルートたちを打ちのめし、海上に真っ白な水蒸気が湧き起こります。

 けれども、水蒸気が消えると、その後からまた風の犬に乗ったフルートが姿を現しました。ザフを抱き続けています。彼らの周囲を淡い金の光が包んでいました。

 ほらね、と青年はまた言いました。

「聖守護石が彼らを守ってしまうんだ。ぼくは海の王子の魔力を手に入れたけれど、それでも彼を倒すのは難しいんだよ」

「石の力も奪っちゃえばいいんだよ、アムダ様! そうすれば、もっと攻撃力が上がるんだし!」

 と人魚が言いました。魚の尾で興奮気味に水面をたたいています。青年は今度は苦笑いをしました。

「何もかも説明してやらなくちゃ駄目なのか、シュアナ? 聖守護石が持つ力は聖なる力だ。奪っても魔王の闇の力は強まらないし、逆に妨げになる場合もあるんだよ。ここぞという場面でなければ、好んでやりたい方法じゃないな」

 

 すると、彼らの隣に巨人が姿を現しました。海坊主です。

「あいつをわしにやらせろ! この腕の恨みを晴らしてやる!」

 と切り落とされて短くなった右腕を振り回し、魔王の返事も待たずにフルートへ襲いかかっていきました。

「アムダ様、あんな馬鹿力にやらせたら、せっかくの死体がつぶされちゃうよぉ」

 とシュアナが抗議すると、青年は肩をすくめました。

「こういう言い方も変だけれど、大丈夫だよ。あんな奴に倒されるような勇者じゃないだろうからな。言っても聞きそうにないから、やらせてみるけれどね」

 そんな魔王と人魚のやりとりも、怒り狂った海坊主には聞こえません。しぶきを立てて突進し、ひとつだけになった手でフルートを捕まえようとします。風の犬のポチが素早くそれをかわします。

 フルートは抱きかかえていたザフに言いました。

「このままじゃ戦えない。ぼくの背中につかまって」

「え……?」

 ザフはとまどいました。相手は自分より頭ひとつ分も小柄な少年です。ザフ自身はもう大人と同じくらいの身長があるので、子どもから自分におぶされ、と言われたようなものです。

 けれども、フルートはザフを後ろへ追いやりました。ザフは、支える腕がなくなって、また空から落ちそうになり、あわててフルートの背中にしがみつきました。彼が本気でしがみついても、小柄なフルートはびくともしません。見かけによらず力があるのです。

 フルートはもう炎の剣を引き抜いていました。海坊主を見据えながら言います。

「行け、ポチ! 真っ正面だ!」

「ワン!」

 ごうっと風の音をたててポチが突進しました。言われたとおり、真正面から海坊主に迫ります。フルートは炎の剣を振り下ろしました。剣の切っ先から炎の弾が飛び出し、海坊主の顔に激突して燃え上がります。

 

 海坊主の絶叫を聞きながら、フルートはまた言いました。

「ポチ、もう一度! 今度は真上から急降下しろ!」

「ワン、わかりました!」

 ポチが空からまっすぐ落ち始めたので、ザフは思わず悲鳴を上げました。自分より小さな少年に、必死でしがみついてしまいます。

 フルートは両手で剣を構えていました。海坊主の体をかすめるように飛び続けるポチから剣を突きだし、巨人の広い背中の真ん中に突き立てます。ポチの急降下は止まりません。そのまま背中に長い傷を負わせていきます。

 すると、次の瞬間、傷が火を吹きました。海坊主の体全体が炎に包まれます。

 ひゃっとザフは声を上げました。吹き上がった炎が危なくザフにまで燃え移りそうになったのです。すさまじい火力でした。

 海坊主が燃えながら崩れていきました。大きな水柱をあげて海に倒れ込み、そのまま沈んでしまいます。

 ザフはその様子に声も出せませんでした。フルートはザフを背負ったまま巨大な海坊主を倒してしまったのです。

 ポチが海面すれすれからまた空に舞い上がりました。海坊主が沈んでいった痕に広がる大きな波紋を、空中から見下ろします。

 フルートも黙ってそれを見ていました。唇をかみしめた優しい顔は、なんだか今にも泣き出しそうに見えます――。

 

 すると、突然一本の矢が飛んできました。海上に立つ魔王の青年を貫こうとします。青年はフルートに片手を向けていました。とっさに手を向け直して矢を落とします。

 海上の戦車から、弓を構えた少年がどなっていました。

「ぼさっとするな、フルート! 魔王に狙われてたぞ!」

「ゼン!!」

 フルートとポチは歓声を上げ、魔王は眼鏡の奥で目を見張りました。

「そんな馬鹿な! どうしてあの渦から上がってこられた――」

 言いかけて、青年はさらに信じられない顔になりました。海上から渦巻きが消えていたのです。静かになった海面に、次々と海の戦士たちが顔を出し、同じように浮いてきた魔王軍の兵士たちとまた戦い始めています。

 そこへ海峡の方向から新しい声が聞こえてきました。

「フルート!」

「ザフ――!」

 灰色のシードッグに乗ったペルラとクリスが、海峡を抜けてこちらへ泳いでくるところでした。シードッグの頭に乗ったペルラは、赤い髪と黒い服を風になびかせています。

 

 人魚のシュアナが、ぴょんと空中に跳ねました。ペルラを指さして言います。

「赤毛に黒い服の女の子! 天空の国の魔法使いだよ、アムダ様!」

「いつの間に」

 と魔王の青年は歯がみしました。やはりペルラをポポロと思い込んだのです。渦巻きの消えた海を見て、顔を歪めます。

「なるほど。これもあの魔法使いのしわざか――。天空の国と交信できないようにしておいたはずなのに、どうやって呼び出したんだ?」

 フルートはそれを聞いて目を細めました。敵が大きな誤解をしたと気がついたのですが、それを解いてやる義理はありません。わざとペルラに向かって声を張り上げます。

「やれ、ポポロ!! このあたり一帯の敵をすべて消し去るんだ!!」

 えっ、とペルラはとまどいました。あたしはポポロじゃないわよ、と言い返しそうになって、後ろからクリスに止められます。クリスはフルートの意図を悟ったのです。

 クリスにささやかれて、ペルラはうなずきました。改めてフルートに向かって答えます。

「わかった、やるわ! このあたりの敵をみんな消せばいいのね!?」

 もちろん、ペルラにはそんな強力な魔法は使えません。はったりなのですが、わざと胸を張り、両手を高くかざして見せます。

 魔王の青年はいっそう顔を歪めました。

「相手が悪いな。しかも、ポポロを呼べたということは、天空王まで呼び出しているかもしれないってことだ。今は勝負にならない。――全軍撤退だ!」

 青年の命令に、魔王軍の兵はたちまち戦いをやめました。海へ潜り、いっせいに退却を始めます。渦王軍の戦士たちが後を追いますが、じきに振り切られてしまいました――。

 

 フルートはまたポチを急降下させました。まだ海上にいた魔王に迫り、剣を振り下ろします。

 けれども、剣は宙を空振りしました。突然青年が姿を消したのです。そばにいた人魚の少女も一緒です。気がつけば、戦車の中に倒れていたアルバも消えていました。ホオジロザメの引く戦車が、空になって揺れています。

「兄上! 兄上!!」

 ザフがアルバを呼びましたが、返事はどこからもありません。

 すると、その声にゼンの声が重なりました。

「フルート! 早く来てくれ! メールが――メールが目をさまさねえんだ!!」

 ゼンはその両腕に、ぐったりと目を閉じたメールを抱き上げていました……。

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