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第13巻「海の王の戦い」

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第16章 海峡・2

46.海坊主

 「アルバ!」

「戻れ、アルバ! 一人で無茶するな!」

 メールとゼンが叫ぶ声を後ろに聞きながら、海の王子は戦車を走らせました。波を蹴立てて海坊主へ迫っていきます。

 海坊主は海中から上半身を現していました。全長百メートルを越す巨人なので、海底に立つと、半身が海上に出てしまうのです。一つ目をぎょろぎょろさせて、アルバへどなります。

「停まれと言っているんだ! こいつの命が惜しくはないのか!?」

 と右手に握りしめた少年を突き出して見せます。三つ子の一人のザフです。ぐっと手に力を込められて、苦しそうに顔を歪めています。

 それでもアルバは停まりませんでした。戦車の上から片手を前へ突き出します。

 とたんに海が大きくうねりました。海面が急に低くなり、その後ろに海坊主の背丈より高い波ができます。次の瞬間には波が崩れて、巨人を呑み込みました。

 けれども、波が去ると巨人はまた姿を現しました。大波を食らってもびくともしていません。

「津波を起こしたって無駄だ! わしは魔王様から魔法で守られているからな! 貴様がいくら攻撃したところで、痛くもかゆくもないわい!」

 われ鐘のような声で笑います。

 

 アルバはまた魔法を繰り出しました。

 今度は空の雲が巨人の頭上で渦巻き始めました。風が強まり、降る雨が激しくなります。黒い雲の塊のようになって飛んでいた海鳥たちが、気配を察して懸命に巨人から離れます。

 すると、渦巻く雲の中で、たてつづけに光が閃きました。続けて、がらがらがらと耳を塞ぐような音が響き渡ります。雷です。

 海坊主は頭上の雷雲を一つ目でにらみました。

 そこへ巨大な稲妻が降ってきました。まぶしい光の柱が巨人を直撃し、海面を打ちます。すさまじい音と共に白い蒸気が湧き上がり、海上に大波が立ちます――。

「ザフ!!」

 ゼンとメールは思わず叫びました。稲妻は三つ子の一人まで一緒に打ちのめしたのです。

 

 ところが、蒸気が風に吹き散らされると、やっぱり海坊主が姿を現しました。また大声で笑います。

「無駄だと言っただろうが! わしにはどんな攻撃も絶対に効かん! 闇の壁がわしを守っている――」

 言いかけて海坊主は一つ目を見張りました。アルバが自分のすぐそばまで来ていたからです。ホオジロザメの戦車から手を伸ばして、何かに触れるような恰好をしています。

 何をしている? と聞こうとして、海坊主はまたぎょっとしました。アルバの手の先に、黒いガラスのような壁が現れてきたからです。それは海坊主を守る闇魔法の障壁でした。アルバの魔法で目に見えるようになったのです。

 危険を直感した海坊主は、急いで後退しようとしました。相手から逃げて離れようとします。けれども、それより早くアルバが言いました。

「破壊!」

 闇の障壁がガラスのように音をたてて砕けます。

 

 海鳥部隊が大群でまた飛んできました。障壁が消えた空間に飛び込み、海坊主の目の前を飛んで視界をさえぎります。その隙にアルバはまた戦車を走らせました。山のような海坊主の体に飛びつき、直接魔法を送り込もうとします。

 とたんに、弾かれたようにアルバが倒れました。床にたたきつけられて、戦車が大揺れに揺れます。

 海坊主の目の前の海に小柄な青年が立っていました。黒い服に黒いマントをはおり、平凡そうな顔に丸眼鏡をかけています。魔王が突然姿を現して、アルバの魔法を跳ね返したのです。

「やっぱり出てきたね、海王の第一王子。海の民は本当に直情だから、必ず弟を助けに飛び出してくると思ったんだ」

 と言って笑います。穏やかで楽しそうな笑顔でした。

 それを見てゼンがどなりました。

「ぬかせ、このチビの眼鏡野郎! さっさとザフと渦王を返しやがれ!」

 自分のほうが魔王より背が低いことは、この際無視しています。魔王めがけて百発百中の矢を放ちますが、矢は途中で何かにさえぎられて海に落ちました。メールが突進させた戦車も、あるところから先へは進めなくなります。魔王が再び闇の障壁を張り巡らしたのです。

 ゼンがしゃにむに障壁をたたくのを見て、魔王の青年は冷笑しました。

「なるほど、本当にゼンには渦王の力がなかったんだな。とんだ誤算だったよ――。渦王の力はどこに行ったのか、という疑問は残るんだけれど、まあ、今は追及しないでおこう。少し力は劣るけれど、充分使えそうな海の力が、ぼくの手に入ることになったからね」

 なに!? とゼンとメールは驚きました。なんだか聞き捨てならないことを聞いたような気がします。

 すると、眼鏡の魔王は片手を前に突き出しました。長い爪が生えた指で、ぐっと何かをつかむしぐさをします。とたんに、戦車の中でアルバがうめきました。うずくまって胸をかきむしります。

「アルバ!!」

「兄上!」

 ゼンやメール、ザフは声を上げました。魔王は目の前に倒れるアルバから海の魔力を奪い始めたのです。

 何かをたぐり寄せるように手を動かしながら、眼鏡の青年は言い続けました。

「君は次の海王になるんだってね、海王の第一王子。それならば、魔力もかなりのものだろう。しっかり使わせてもらうよ。ぼくがこの世界の支配者になるためにね――」

 魔王の声は穏やかなのに、どこかぞっとするような暗い響きがあります。アルバは胸を押さえたまま、さらにうめきました。その顔色は真っ青です。

 ゼンは必死で闇の障壁をたたき続けました。怪力のゼンがどんなに力任せにたたいても、見えない壁はびくともしません。メールやザフがアルバを呼ぶ声が、海上にむなしく響きます。彼らはアルバを救うことができません。

 

 すると、魔王の頭上から声がしました。

「海の力は渡さない。アルバもザフも返してもらうよ」

 魔王は思わず上を見ました。渦王の海鳥部隊が黒い集団になって飛び続けています。声はそこから聞こえたようでした。

 とたんに、鳥たちがいっせいに羽ばたきました。今まで全員が同じ方向へ飛んでいたのに、いきなりてんでに別の方向へ向かい始めます。黒雲のような群れがたちまち崩れて散っていきます。

 その中から輝きが現れました。雨がやんで明るくなってきた空を、一羽の金色の鳥が飛んでいきます。

 いえ、それは鳥ではなく、風の犬に乗ったフルートでした。全身で金の鎧兜が光ります。

「行け、ポチ!」

 フルートの声が再び響き、ポチは魔王へ急降下を始めました――。

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