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第13巻「海の王の戦い」

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44.海峡

 西の大海と冷たい海の間に、中央大陸とイルダ大陸が横たわっていました。元はひとつの陸地だった場所を水路で二つに分けたのは、大昔の海王と天空の民です。今は、その水路はユード海峡と呼ばれています――。

 海峡の、冷たい海の側の出口を、魔王軍の兵士たちが見張っていました。海中なので人の姿をした者はほとんどいません。凶暴な肉食の魚や怪物、全身黒いうろこの半魚人たちです。何万という数で海峡の出口を取り囲んでいます。

 彼らはもうずいぶん長い間その場所で待機していました。間もなく軍勢が現れるから待ち伏せて全滅させろ、と魔王から命じられたのに、敵はなかなか姿を現しません。腹を減らした魚たちは今か今かと泳ぎ回り、半魚人たちは退屈紛れに話をしていました。

「来るのは渦王軍らしいな」

「ああ、あのいまいましい海の王の子分たちだ」

「今度こそ因縁の決着をつけてやるぞ」

 魔王軍にいる黒い半魚人たちは闇の血を引いています。過去に何度も海の王の軍勢と対決したことがあり、謎の海の戦いの際にも、ゴブリン魔王の側について、渦王の軍勢と戦ったのです。その時にはフルートたちが渦王たちと協力して魔王を倒し、彼らも敗退しました。今度こそ雪辱を果たそうと意気込んでいます。

 

 別の場所では、やはり光より闇に近い怪物たちが、魔王の手下になって待ちかまえていました。タコやアメフラシや貝、虫や蛇などが人になったような姿をしています。

 海峡からは暖かい海水が勢いよく流れ出てきます。西の大海から流れ込んでくる海流です。怪物たちは泳ぎながらその中に留まっていました。

「なぁに、余計なことはせんでも、連中のほうで俺たちのところへ来てくれるんだ」

「面倒がなくていいわい」

 海の怪物たちはのんびり笑っています。そこで待っていれば、海流が敵を運んできてくれるとわかっていたのです。やって来たところを取り囲んで、片端から殺していけばいいだけのことでした。

「向こうはどのくらいの数だって?」

「魚どもは別にして、二、三万ってところらしいな。こっちの半分だ」

「しかも、あんな狭い場所から出てくるんだから、勝負は決まったな」

「はるばる南の海から来たというのに。ご苦労なこった」

 怪物たちがまた声を上げて笑います。

 

 すると、海峡の出口の奥で、何かがきらりと光りました。

 魔王軍は無駄話をやめていっせいに身構えました。いよいよ敵がやって来たのです。

 激しい流れに乗って海峡から飛び出してきたのは、一台の戦車でした。大きな二頭のホオジロザメが引いていて、なんと少女が手綱を握っています。海中になびく髪は鮮やかな緑色です。

 同じ戦車にもう一人若者が乗っていました。その髪と口ひげの色は青です。黒い半魚人たちが叫びました。

「海の民だ! 渦王の手下どもがやってきたぞ!」

 すると、戦車の青年が端正な顔で笑いました。

「悪いね。ぼくは渦王の家来じゃないんだ――。渦王の甥なんだよ」

 言いながら、さっと両手を行く手に向けると、突然海流が渦を巻き、巨大な水蛇が現れました。全身輝く水色をしています。

「行け、アクア!」

 青年が命じたとたん、水蛇が魔王軍に襲いかかりました。巨大な水の牙で怪物たちをかみ裂いていきます。

 魔王軍はたじろぎました。水中で止まると、強い海流がそれを押し戻したので、海峡の出口の包囲網の一カ所が大きく後退します。戦車がそこへ突き進んでいきます。

「邪魔をするな! 魔王と手を組んだ愚か者!」

 青年が叫びながらまた手を振ると、今度は海中で爆発が起きました。たくさんの怪物や半魚人たちが吹き飛ばされます。

 

 そこへ海峡から鬨の声が響きました。流れにのって海峡から飛び出してきたのは、数え切れないほどの魚たちでした。あまり速すぎて姿が見えません。海中を黒い弾丸のように突き進み、魔王軍の兵たちに襲いかかります。

 それはマグロやカツオ、カジキといった特に泳ぎの速い魚たちでした。金属の鎧をつけた体で魔王軍の兵士の体を突き破っていきます。たちまち海中が血と悲鳴でいっぱいになります。

 すると、再び鬨の声が響き、今度は人の姿の兵士たちが海峡から飛び出してきました。うろこをつづり合わせた鎧兜の海の民、そして、本物のうろこを持つ半魚人たちです。

 彼らは手に手に矛や銛、槍といった武器を持っていました。速い流れの中を全速力で泳ぎ、手当たり次第魔王軍へ武器を振り回します。その勢いに押されて、魔王軍は思うように反撃ができません。海峡の包囲網が乱れて崩れ始めます――。

 

 混乱する魔王軍の中で最初に体勢を立て直したのは、闇の半魚人の部隊でした。生まれながらの戦士で、実戦の場数も踏んでいる半魚人たちです。水中を飛んでくる魚の弾をかわしながら声を上げます。

「連中を止めろ! 力ずくで突破するつもりだぞ!」

 黒い半魚人たちがいっせいに泳ぎ出し、魚たちの間をかいくぐって、渦王軍の本隊に襲いかかっていきました。武器と武器が海中でぶつかり合い、激しい戦いが始まります。

 渦王軍の本隊の先頭には銀の半魚人がいました。手に黒い三つ叉の矛を握っています。誰より速く泳いで黒い半魚人たちに迫り、あっという間に五人を突き刺します。黒い矛に刺された半魚人は、浅い傷でも苦しみ出して、もがきながら死んでいきました。矛に毒が仕込まれているのです。まもなく、その半魚人からは魔王軍の兵が逃げるようになりました。近づけばたちまち毒の矛の餌食にされたからです。

 

 激戦が繰り広げられる海の中を、渦王の軍勢はさらに前へ前へと進んでいきました。

 先頭では水色の水蛇が大暴れし、青い髪と口ひげの青年が戦車から魔法を繰り出します。魔王軍が逃げたり吹き飛ばされたりしたところへ、魚の大群が猛烈な勢いで突進していきます。さらにその後には海の民や半魚人の戦士たちの部隊。彼らは攻撃を受ければ即座に応戦してきますが、その間に他の戦士たちは前進を続けます。

 魔王軍の兵たちはわめきました。

「止めろ!」

「連中を先に行かせるな!」

「行く手をふさいで殺すんだ!」

 いくら口では言っても、実際には渦王軍の勢いが速すぎて抑えることができません。海の戦士たちは後から後から海峡を飛び出してきます。その後からは魚に引かれた戦車部隊も現れます――。

 

「情けない連中じゃァ。これっぽっちの敵も止められんとはなァ」

 魔王軍から一人の老人が出てきました。長い白い服を着て帯を締め、ひどく年老いた顔には、ナマズのような二本の長いひげがあります。海老人(うみろうじん)と呼ばれる魔法使いでした。手にした杖は長いクジラの骨でてきています。

「先頭を行くのは海王の長兄。未来の海王じゃァ。あんな奴をまともに相手にしたら、いくら命があっても足りんなァ。後続をたたくのが筋というものよォ」

 そう言いながら、海老人はクジラの骨の杖を振り上げました。とたんに海流が乱れ、流れに乗ってくる渦王軍の戦士たちが大きく体勢を崩しました。隙ができた戦士へ、サメやシャチ、バラクーダといった魚たちがかみついていきます。魔王軍の凶暴な魚部隊です。

 海老人はまた杖を振り上げました。渦王軍の本隊である海の民や半魚人たちに、今度は混乱の魔法をかけようとします。術にはまれば、彼らの目には味方が敵に見えるようになり、激しい同士討ちを始めるのです。

 すると、すぐ近くで声がしました。

「おまえさんも魔法使いか。やらせるわけにはいかんの」

 海老人は顔を上げました。歳のいった男の声ですが、話しかけてきたのは戦車に乗った巨大なイソギンチャクでした。海の民が手綱を握る後ろで、赤い触手を花のように開いたり閉じたりしています。

 ほほゥ、と海老人は笑いました。

「渦王軍は面白い戦士を大勢抱えていると聞いておったが、なるほどなァ。そんな姿でも強力な魔法が使えるのはわかるぞ。どうだ、正々堂々わしと一騎打ちと行こうかァ?」

「望むところ。渦王軍一の魔法戦士のわしと勝負だ」

 ナマズのひげの老人と戦車に乗ったイソギンチャクが、海流の中に留まり、にらみ合います。老人がクジラの骨の杖を振り上げ、イソギンチャクが触手をつぼめて一気に開こうとします。

 

 ところが、そこに声が響きました。

「危ねえ、後ろだ!」

 イソギンチャクの戦車の後ろをもう一台の戦車が猛スピードで通り抜けていきました。何かをさえぎるような恰好です。

 一匹の巨大なウミヘビが姿を現して、イソギンチャクに食いつこうとしていました。割って入った戦車には少年がのっていました。青い胸当てをつけ、海中で大きな弓矢を構えています。ウミヘビが左目に矢をくらい、のたうちながら離れていきます。

 イソギンチャクは冷ややかに言いました。

「わしとおまえさんの一騎打ちではなかったのかね? それとも、後ろに蛇を出現させて不意打ちするのも、正々堂々のうちかね?」

 海老人は何も言いませんでした。ただ杖を素早く振り下ろします。とたんに、イソギンチャクも赤い触手をぱっと開きました。魔法が魔法に跳ね返され、周囲の海流がまた激しく乱れます。

 海の中で何度も光が閃きました。魔法と魔法がぶつかり合っているのです。激しい泡が湧き起こり、イソギンチャクの乗った戦車が大揺れに揺れます。戦車は自力で動けないイソギンチャクの足です。手綱を握っている海の戦士が、必死で戦車を安定させようとします。

 すると、戦車を操る戦士めがけて、思いがけない方向から黒い魔法の弾が飛んできました。別の魔法使いが姿を現して、御者役の戦士を攻撃したのです。

 ところが、そこにまた戦車が割り込んできました。戦車から飛び出した少年が、自分の体で魔法をさえぎります。まともに魔法の弾を食らったのに、少年は傷ひとつ負いません。

「いい加減にしろ! 卑怯な真似ばかりしやがって!」

 と少年はどなって魔法使いを殴り飛ばしました。大きな頭の魔法使いが、気を失って海流に流されていきます。

 「かたじけない、ゼン様」

 と言いながらイソギンチャクは何度も触手を開きました。そのたびに赤い花が開き、魔法が閃きます。海老人が魔法を受け止め跳ね返します。実力伯仲の二人です。

 ところが、やがて骨の杖にひびが入り始めました。立て続けの魔法を受け止めきれなくなったのです。老人の手の中で杖が砕けて消えていきます。

 海老人はあわてて逃げ出しました。魔法の杖がなくては、実力の半分も出すことができません。全速力で逃げて振り切ろうとしましたが、すぐに戦車が追いついてきました。イソギンチャクの魔法をくらって、海老人が海底へ沈んでいきます……。

 

 満足げに触手を開いたり閉じたりするイソギンチャクに、ゼンは声をかけました。

「よくやったな。さすが渦王軍一の魔法戦士だぜ」

 と右の親指を立てて見せると、イソギンチャクは触手をつぼめ、一部の触手だけを長く伸ばしました。ちょうど触手で親指を作って立てたような形です。

 ゼンは思わず声を立てて笑いました。

 周囲では渦王軍と魔王軍が激しく戦い続けています。海峡からはまだ次々と海の戦士たちが現れます。戦士たちは戦いながら大きな流れになり、魔王軍の包囲網を突き破ろうとしていました――。

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