「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第13巻「海の王の戦い」

前のページ

41.代理

 フルートとゼンとメール、それにポチの三人と一匹は、マグロやカジキが引く戦車に乗って海上に出ました。その後に、シードッグに乗ったペルラとシィがついてきます。ペルラは青ざめた顔のまま何も言いませんでした。小犬のシィが心配そうにそれを見上げています。

 海上には厚い雲が広がっていました。吹き渡る風が冷たくて、メールがぶるっと身震いしました。

「いやに寒いね。もうすぐ七月だっていうのにさ」

「北風だよ。冷たい海から吹いてくる風かもしれないな」

 とフルートは言って、空を見上げました。一面灰色で、雲以外のものは何も見えません。それでも、フルートはためらうことなく声を上げました。

「ポポロ――! ポポロ、ルル、来てくれ! 君たちの助けが必要なんだよ!!」

 はっきりと伝わってくる信頼の響きに、ペルラが目をそらして唇をかみます……。

 

 ところが、返事がありませんでした。

 ポポロとフルートたちは、どんなに離れた場所にいても、呼びかければ互いの声を聞くことができます。すぐに返事があるものと思っていたフルートは、あわてました。

「ポポロ! ポポロ! ルル! 聞こえないのかい――!?」

 何度呼んでも、やはり答えは返ってきません。

 ゼンやメールやポチが驚いて空を見ていると、同じ戦車の中に金の石の精霊が姿を現しました。腰に両手を当てて、難しい顔で言います。

「このあたりはもう魔王の支配する場所に近い。魔王の魔力が一帯をおおっていて、天空の国に呼び声が届かなくなっているんだ」

「ワン、そんな――!」

「あたいたちはポポロを呼ぶことができないの!?」

「この雲は闇を含んでいる。それが呼び声をさえぎっているんだ。引き返して、雲のない場所に出れば、呼び声も届くようになると思うが……」

 精霊がそこまで言ったとき、強い風がどっと吹いてきました。ばらばらと大粒の雨が落ちてきます。

 ゼンは歯ぎしりしました。

「これで、ポチが風の犬になって雲のないところまで飛んでいくのも無理になったってわけか――。ちくしょう! 魔王のヤツ、俺たちがここまで来たことに気がついたのか!?」

「こちらを見る闇の目は感じない。海王の守りの魔法は続いているし、ぼくも君たちを闇から隠しているからな。おそらく、そろそろこちらが到着する頃だと考えて、準備をしていたんだろう」

 精霊のことばはいらだたしいほど冷静です。

「ポポロ! ポポロ――!!」

 フルートは空に向かって必死で呼び続けました。空は分厚い雲でおおわれています。どんなに声を枯らして呼んでも、天空の国から返事は聞こえてきません……。

 

 すると、ペルラが突然ぎゅっと口を歪めました。まるで泣き出すのをこらえるような顔つきです。フルートをにらみつけて、こう言います。

「無駄よ、いくら呼んでも助けは来ないわ。魔法が必要なんでしょう? 魔法使いがいるんでしょう? それなら――私がやるわよ!」

 胸を張り顎を上げて、そう言い切ります。大人びた姿をしたペルラです。怒った顔をしているのに、目を奪われるほど美しく見えます。

 けれども、フルートはとまどった表情になりました。

「その気持ちは嬉しいけれど……君には無理だよ、ペルラ。ポポロの魔法は桁外れに強力なんだ。誰にもその代わりは――」

「どんなにすごい魔法使いだって、来られなかったらしょうがないじゃない! いる者だけでなんとかしなくちゃいけないのよ! 寒さをなんとかしろって言うなら、私がやるわよ! 私の近くにいる兵士たちだけでも、冷たい海から守ってみせるから!」

 いや、それは……とフルートがまた言いかけると、ペルラはさえぎるように言い続けました。

「メール! そのポポロって子、どんな恰好をしてるの!? 教えてよ!」

「恰好? 赤毛だよ。瞳は緑で、天空の魔法使いの服を着てる……。でもさ、ペルラ――」

 たしなめるような従姉妹のことばを振り切って、ペルラは片手を頭上で振りました。とたんに髪と目と服の色が変わりました。海の民の青い髪と瞳は、それぞれ赤毛と緑の瞳に、青かった海の服も黒い色に変わります。光を浴びるときらめくところまで、星空の衣にそっくりですが、裾丈は元と同じように短いままです。

「どう、これで気がすんだ!?」

 とペルラは言いました。またフルートをにらみつけています。

「これから海の戦士たちに魔法をかけてくるわよ! 天空の国の魔法使いじゃなくたって、ちゃんと戦力になるんだから。馬鹿にしないでよね!」

 言うだけ言って、ペルラはシードッグで海に潜っていきました。海上の波紋がすぐに消えていきます。

 

「なんだありゃ?」

 とゼンは呆気にとられました。ペルラが怒っている理由がわからなかったのです。

 ポチがフルートを見上げました。

「ワン、ペルラは――」

「うん……」

 フルートは困ったようにうなずき返しました。こちらはやっとペルラの気持ちに気がついたのです。嬉しくないわけではありませんでしたが、その気持ちに応えることはできません。

 ふうっとメールが溜息をつきました。

「何を言われたってペルラは気持ちを変えないよ。海の民ってのはそういう種族なんだ。自分で納得するまで、とことんやる。やらせるしかないよ、ポポロの代理をさ。あの子だって海王の娘だから、けっこう魔法は強力なんだよ」

 

 灰色の雲からは風が吹き続けていました。大粒の雨が強くなっていきます。雨粒は空と海の間を充たし、なおさら天空の国を遠ざけます。

 フルートは空を見上げました。遠く遠く、空の彼方まで想いを伸ばしながら、もう一度呼びかけます。

「ポポロ――ポポロ――」

 やはり返事はありません。

 風に波が次第に大きくなってきていました。

 ボートのように揺れる戦車の上で、フルートたちは空を見上げ続けていました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク