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第13巻「海の王の戦い」

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第14章 代理

40.作戦会議・2

 月夜の翌朝、フルートとゼンはまた作戦会議を開きました。二人が乗る戦車にはポチが、近くの海中にはギルマンや、シードッグに乗ったペルラとシィがいます。

「俺たちは今日中に冷たい海の入口に差しかかる。いよいよ敵の陣地に突入だ。戦闘になるぞ」

 とゼンが言うと、フルートが続けました。

「ここまでできるだけ戦いを避けてきたのは、少しでも戦力を減らさないためだ。ここから先は、もうそういうわけにはいかない。被害を最小限に抑えながら、魔王から渦王を奪い返さなくちゃいけないんだ」

 戦いは傷つけ合い、命の奪い合いです。どれほど綺麗事を言ったところで、その事実は変わりません。戦闘が始まってしまえば、必ず死者も負傷者も出てくるし、それを恐れながらでは敵に勝つことはできないのです。大切なのは、極力その数を減らすことでした。言いながら、フルートはつい唇をかんでしまいます――。

 

 そこへアルバの戦車が到着しました。手綱を握っているのはクリスです。メールも一緒に乗っていました。

「メールの治療がすんだよ。完全には回復していないけれど、もう動いても大丈夫だろう」

 とアルバが言うと、メールが笑いました。

「いよいよ冷たい海に到着するんだろ? 間に合ってよかったよ」

 昨夜ゼンに抱きついて泣いたことなど嘘のように、自信満々の顔と声です。ったく、とゼンが苦笑いします。

 すると、ペルラが、あら、と声を上げました。

「ザフはどうしたの? 」

 三つ子の一人がいませんでした。クリスも目を丸くしました。

「こっちに来ていたんじゃなかったのか? 今朝から見かけなかったから、てっきりペルラと一緒なんだと思っていたのに」

「いいえ、昨日から会ってないわよ」

 一同は周囲を見回しましたが、シードッグに乗った海の王子はどこにも見当たりません。

「偵察に出たのかもしれないな……。そのうち戻るだろう。話を続けてくれ」

 とアルバが言ったので、彼らは作戦会議を再開しました。

 

「昨日、海の民の老戦士からも話を聞かせてもらったけれど、冷たい海っていうのは、かなり特殊な海らしいな」

 とフルートがまた話し始めました。この軍勢の参謀役はフルートです。全員がその話に耳を傾けます。

「ぼくたちは、西の大海を海流に乗ってずっと北上してきたけれど、この先には二つの大陸が壁みたいに並んで行く手を塞いでいる。左が中央大陸、右がイルダ大陸……冷たい海はその壁の先にあるんだ。二つの大陸はとても接近していて、間には細い海峡がある。これがユード海峡。そうだったよね、ギルマン?」

 と確認されて、半魚人はうなずきました。

「そうだ。ユード海峡は高さが二千メートル以上もある絶壁に両側をはさまれている。幅はわずか三百メートル程度。これが長さ二キロに渡って続いていて、冷たい海につながっているんだ。ほとんど曲がっていない、水路のようにまっすぐな海峡だ」

 ギルマンも以前渦王と共に冷たい海まで遠征したことがあるので、前日の老戦士の話を補足することができます。

 ポチが首をかしげました。

「ワン、水路のようにと言うより、本当に水路なんじゃないですか? 二キロ以上もまっすぐ続く海峡だなんて、誰かが造ったものみたいだ」

 すると、アルバが、へえと感心しました。

「犬なのに賢いんだな、君は。その通りだよ。大昔、中央大陸とイルダ大陸は地続きだった。それを魔法で二つに分けて、西の大海と冷たい海を海峡でつないだんだ。おかげで暖かい海水が冷たい海にも流れ込むようになって、そちら側でも海の民や人間たちが暮らせるようになった。それまでは一年中氷でおおわれた、本当に極寒の海だったんだ」

「大昔の天空の民がやったのよね。当時の海王と一緒に」

 とペルラも言います。海の民と天空の民は大昔にはひとつの種族だったと言います。その結びつきの強さを証明するような話でした。

 

「五年前の遠征は、入り江の民に捕まった海の民を助け出すのが目的だった」

 とフルートは話し続けました。

「渦王の軍勢は入り江の村を襲撃して、捕まっている仲間を助けた。敵は裏山に逃げ込んだから、渦王は深追いしないで引き返した。つまり、本当の意味での戦闘は、ほとんどなかったんだ」

「海の民ならば山の上まででも登れるが、我々半魚人には難しいからな」

 とギルマンが言いました。半魚人たちは人のような姿はしていますが、手足に水かきがあります。その体で山道を登っていくのは、非常に困難なのでした。

 フルートはうなずきました。

「今回の魔王は入江の民の出身なのかもしれない。だとしたら、海の戦士たちの弱点もきっと知っている……。魔王はまず間違いなく、冷たい海の入口の海峡に防衛線を張っているだろう。でも、本当の決戦の場所には陸上の、しかも険しい山の中を選ぶ。そんな気がするよ」

「結局は陸上戦か。ったく、ロムド兵や北の峰の猟師仲間に手伝いに来てもらいたいくらいだぜ」

「ワン、それは無理ですよ。ロムドや北の峰からここまで、どのくらい離れてると思うんですか」

 ゼンとポチがそんな話をします。

 

「海峡を抜けるときにも要注意だぞ」

 とアルバがまた言いました。彼は父の海王と一緒に、冷たい海まで遠征に来たことがあります。

「さっきの話の通り、非常に狭くてまっすぐな海峡だ。こちら側の暖かい海水が、冷たい海に向かってかなりの勢いで流れている。そのうえ、海峡の底のほうでは海水が逆に流れているから、中程より深い場所では水の動きが複雑だ。巻き込まれると脱出するのに苦労するぞ」

 それを聞いて、ゼンは、ふむと腕組みしました。

「海の民は冷たい海が初めてだ。よく言っとかなくちゃならねえな……。半魚人たちはどうなんだ?」

「冷たい海の遠征を経験しているのは四人に一人というところだな。魚の戦士たちもそのくらいだろう」

 とギルマンが答えます。冷たい海を知らない戦士たちが大半だということです。

 

 すると、クリスが口をはさんできました。

「魔王の軍勢が海峡で待ち伏せてるとして、どこに潜んでいるんだろう? 海峡の手前? それとも中だろうか?」

「海峡を抜けた先だ。冷たい海に入ってすぐの場所だよ」

 とフルートが即座に答えたので、クリスは意外そうな顔をしました。

「どうしてそう断言できるんだよ? そっちはもう敵の陣地じゃないか。ぼくらに入り込まれる前に、ぼくらを倒そうとするはずじゃないのか?」

「海峡を抜けるのに、こっちの隊列が細長くなるからさ。一度に大勢で攻めていくことができないんだ。海峡を出たところで大軍に迎え撃たれたら、こっちは苦戦するし、向こうは有利に戦える」

「で? それにどう対抗しようって言うんだ?」

 とゼンがフルートに尋ねました。どんなに行く手に困難があると聞かされても、決して弱気にならないのがゼンです。

「海峡を抜ける海流が速いなら、それに乗って一気に敵の防衛線を突破しよう。敵の軍勢は海峡の出口を包囲しているはずだ。その一番弱いところを破って冷たい海に侵入する」

「一点集中の攻撃だな。よし、それはぼくが引き受けよう。魔法で敵の包囲網に穴を開けてやるよ」

 とアルバが頼もしく言うと、クリスとペルラもうなずきました。海王の王子や王女たちが先鋒(せんぽう)を務めると言っているのです。

 

「魔法は他にも必要だ」

 とフルートは話し続けました。

「冷たい海は文字通り水温が低い。夏でもかなりの冷たさだと、老戦士も昨日話していた。海の戦士たちが充分戦えるように、寒さに対抗する魔法を全軍にかける必要があるんだよ」

 とたんにゼンはとまどった顔になりました。

「おい、それは誰がやるんだよ……? 俺は魔法は使えねえんだぞ」

「ぼくにもそれだけの大規模な魔法は無理だな。軍の中の魔法戦士たちにだって不可能だ」

 とアルバも言います。

 ところが、フルートは落ち着き払った顔をしていました。ポチが、ぴんと耳と尻尾をたてます。

「ワン、いよいよ呼ぶんですね! ポポロを――!」

 あっ、と一同は驚きました。天空の国の仲間を、つい忘れかけていたのです。メールだけが歓声を上げます。

「もう、フルートったらさ! いったいいつ呼んでやるんだろうって、ずっと心配してたんだよ! 早く呼んでやりなよ! ポポロもルルも、きっと待ちかねてるに決まってるよ!」

「ポポロはぼくたちの切り札さ。切り札は勝負時に出すものだからね」

 とフルートが笑顔で答えると、かっこつけるな、この野郎! とゼンがそれを小突きます。

 ペルラはシードッグの上からフルートを見つめていました。ゼンにからかわれても、メールに叱られても、フルートは笑い続けています。いかにも嬉しそうなその笑顔に、海の王女は、ぎゅっと胸を締めつけられるような気持ちになりました――。

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