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第13巻「海の王の戦い」

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38.海の民

 海の戦士たちは北を目ざし続けました。

 海流に乗った後は、速い流れの中をさらに泳いで先を急ぎます。

 その先頭を行くのは、マグロと三頭のカジキが引く戦車に乗ったゼンでした。今はフルートとポチが同乗しています。

 メールとアルバが乗ったホオジロザメの戦車は、隊列の中ほどを進んでいました。アルバがメールの治療にかかりきりになったので、クリスが戦車に乗り込んで手綱を握っています。人数が増えて重くなった分、戦車は速く進めなくなってしまって、大きく後退したのでした。

 クリスのシードッグには、今はペルラと小犬のシィが乗っていました。ザフのほうはメールたちの戦車につきっきりですが、ペルラは隊列を前へ後ろへ行き来して、ゼンたちと兄たちの連絡係を務めていました。今もゼンたちの戦車に追いついて声をかけます。

「後ろは異常ないわよ。メールもずいぶん元気になってきたわ。行く手は大丈夫?」

 フルートがそれに答えました。

「偵察の魚を出し続けているけれど、今のところ待ち伏せはないみたいだ。――ありがとう、ペルラ。君がいてくれて助かるよ」

 フルートに感謝されて、ペルラが顔を赤らめます。

 

 すると、ゼンが言いました。

「魔王がいる場所まで、あとどのくらいかかるんだ? あと何日くらい」

 うなるような声です。

「兄上が言うには、あと二日ですって。冷たい海の入口まで、あと一日。そこから入江の民の村がある場所までもう一日かかるらしいわ」

 とペルラが答えると、ゼンは舌打ちしました。それでは遅い、と考えたのです。手綱をいっそう強く握ります。

 フルートが言いました。

「気持ちはわかるけれど、あせるなよ、ゼン――。ぼくたちだけならもっと速く進めても、軍隊にはこれ以上速くならない兵が大勢いるんだ。ぼくたちがあせって先を急げば、軍隊はいくつにも別れることになる。敵に撃破されやすくなってしまうんだ」

「それくらいわかってらぁ」

 ゼンがまたうなります。

 

 ポチは、ふぅ、と人間のような溜息をつきました。

「海の民っていうのは、本当に特殊ですよね……。海の中でも平気で暮らせるし、泳ぎも得意だから便利でいいな、って思っていたけど、まさか陸上にいると死んでしまうなんては思わなかった。メールだって、ずっと平気そうでいたし」

「海の王は体の中に海の力を持っているから、陸上にいても平気だ、って言っていたけれど、君たちはどうなの、ペルラ? やっぱり陸に上がると弱ってしまうのかい?」

 とフルートは尋ねました。大事なことでした。魔王のいる場所までは海を渡っていけますが、最後の決戦は陸上になるかもしれないのです。

 ペルラは首をかしげました。長い青い髪が肩から胸元へ流れます。少年のように短い青い服を着ていますが、そこから見える手足や胸元は、もうすっかり大人の女性のようです。

「兄上は陸でも平気よ。だって、次の海王ですもの。私たちは陸はちょっと苦手。陸上にいるのは平気なんだけど、海から魔力を得られなくなるから、魔法が弱まっちゃうのよ。普通の海の民だったら、ぎりぎり一ヵ月くらい陸で生きられるかしらね。半魚人だったら一週間くらい。魚たちが海から出たらすぐ死んでしまうのは、あなたたちも知ってるわよね」

 フルートは考え込みました。海の戦士たちは、文字通り、海を戦場にして戦う兵士たちです。戦場が陸になってしまったら、思うようには戦えなくなります。魚の戦士は最初から参戦できないし、戦いが長引けばまず半魚人が、次に海の民が力を失って戦線離脱してしまうのです。

「ワン、これまで渦王や海王はどうやって敵と戦ってきたのかなぁ? 海中や海上だけで戦ってきたんだろうか」

 とポチが不思議がると、ゼンが言いました。

「んなわけあるか。渦王が全軍に魔法をかけていたんだよ。そのために、渦王はどんな戦いにも出かけていたんだ。海の戦士たちと一緒にな。――ったく、渦王が留守ばかりしてたはずだぜ」

 初めてゼンたちと出会ったとき、メールは父王がちっとも島にいない、自分のことも全然戦いに連れていかない、と言って怒っていたのです。理由がわかってみれば、当然すぎるくらい当然のことでした。

「ワン、渦王もメールにしっかり教えておけば良かったのに。メールの体のこととか、海の民のこととか」

「それを聞いて、あいつがおとなしく島で留守番してるようになったと思うか? かえって意地になって軍隊と出動したに決まってるぞ」

 とゼンがまた渋い顔をします――。

 

 海流は音をたてて流れ続けていました。力強い水の動きが、海の戦士たちを運んでいきます。その中を素早く行きつ戻りつしているのは、偵察部隊の魚たちです。行く手の様子を探り続けます。

「魔王のヤツ、次はどのあたりで仕掛けてくるだろうな?」

 とゼンは前方を見ながら言いました。戦車から見える海中には、敵の姿はありません。

 フルートは答えました。

「冷たい海は近い……。ぼくがあいつだったら、海の入口にまず布陣する。それから、魔王のいる場所に近づくにつれて、段階的に防衛戦を張るんだ。冷たい海の地形や様子を知りたいな。それがわかれば、魔王がどこでどう待ちかまえているか、読めるかもしれない」

「なるほどな。渦王は前にも冷たい海まで遠征したことがあったはずだ。その時、一緒に戦った兵士を探して話を聞こうぜ」

 ゼンが伝令の魚を呼びつけます――。

 

 やがて彼らの元へやって来たのは、海の民の戦士を連れた半魚人のギルマンでした。

「冷たい海で戦闘を経験したことがある兵士ということだったな。あれはもう五年も前の戦いだから、半魚人はともかく、海の民の中には経験者がほとんど残っていないぞ。この男くらいだ」

 とギルマンに言われてゼンたちへ頭を下げたのは、髪も眉もひげも雪のように白くなった老戦士でした。うろこの鎧兜を身につけてはいますが、よくもまあこの遠征についてきたものだと思うような高齢です。

「この人だけ? たった五年前のことなのに?」

 とフルートは不思議に思って尋ねました。激しい戦いがあって、当時の兵士たちが皆死んでしまったんだろうか、と考えます。

 すると、ギルマンが言いました。

「おまえたちはまだ知らなかったか――。海の民は戦士でいられる期間が短いんだ。十五で入隊して、訓練を受けた後に戦士になるんだが、外洋へ遠征できるような現役の戦士でいられるのはせいぜい四、五年間だ。たいてい二十歳になるまでには体がついて行かなくなって、島の周囲の警備に回されるが、それも二、三年でできなくなって退役する。この男は、今年二十五になったところだ。海の民の戦士の中では文句なしの最高齢者だな」

 フルートたちは仰天しました。二十五と言えば、彼らより十歳年上なだけです。それでもうすぐ人生の終焉を迎えようという姿をしている男を、呆気にとられて見つめてしまいます。

 

 やがて、そうか、とフルートはつぶやきました。

「やっとわかった……。海の民は寿命が短いんだ。だから、大人になるのが早いし、十五で結婚して子供を産むこともできるようになるんだ。そうしないと、種族が滅んでしまうから。海の民の平均寿命ってどのくらい? 絶対に、人間より短いよね?」

「三十年、というところですな、金の石の勇者殿」

 と海の民の老戦士が答えました。落ち着いた声です。

「だが、我々からすれば、あんた方人間のほうが、よほど成長が遅く見えますがな。勇者殿たちが十五歳だと聞かされて、我々はあきれていましたぞ。海の民ならば、もう嫁を取って、子どもも抱いている頃だ」

「それでか――」

 ゼンが頭を抱えてうめきました。

「それで、海の民は十四で婚約をして、十五で結婚だったのか。それが理由だったのかよ――!」

 ポチが、はっとしたように顔を上げました。

「ワン、それじゃメールは!? メールもやっぱり早く年をとって、三十歳になる頃にはおばあさんになっちゃうの!?」

 フルートとゼンは思わず顔を見合わせました。あまりに意外な事実を突きつけられて、絶句してしまいます。

 

 すると、ペルラがあきれたように言いました。

「いやねぇ。海の王族はそんなことはないわよ。私たちは大きな海の力を持っているんですもの。普通の海の民よりずっと長生きするわ。そうね、普通の人間と同じくらいは生きるわよ」

「だが、メールのヤツは海の魔力を持ってねえんだろう!? どうなるんだよ!?」

 とゼンがわめくと、ギルマンが答えました。

「大丈夫だ。姫は長寿の森の民の血も引いているからな……。とにかく、海の王族は、海の民としては例外的に長生きする。ただ、普通の海の民はそうはいかない。特に、戦士のように体力を要求される仕事には、長くついてはいられない。だから、冷たい海の遠征を経験した海の民はほとんどいない、と言っているんだ」

 けれども、フルートたちはすぐにはそちらへ考えを切り替えられませんでした。それぞれにメールの姿を思い浮かべてしまいます。彼らと同い年なのに、とても大人びて見えるメールです。従姉妹のペルラやクリスやザフも、まだ十三歳だというのに、かなり大人っぽい姿をしています。そういうことだったのか……とまた考えます。

 やがて、ポチはギルマンを見上げました。

「ワン、あなたは何歳なんですか? 半魚人もやっぱり海の民と同じくらいの寿命なの?」

 すると、ギルマンは全身のうろこを銀に光らせて笑いました。

「いいや、半魚人は逆に長生きだ。わしは今年百二十歳だが、これでやっと寿命の半分くらいだな」

「長生きすれば良いというものではない。それをどう生きるかということこそ大事なのだ」

 と海の民の老戦士が腕組みして言います。風のように流れていく海流に雪より白いひげがなびきます。人生を悟ったような老人は、人間で言えばまだ青年の年齢です――。

 人間の姿に似て見えながら、人間とは違う生き様を歩む海の民に、フルートたちはまた何も言えなくなっていました。

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