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第13巻「海の王の戦い」

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第13章 海の民

37.決断

 「メール! メール!!」

 ゼンは必死で揺すぶり続けました。メールはゼンの腕にぐったりと抱かれたままです。

 小犬に戻ったポチとフルートが戦車に飛び下りました。

「ワン、メール!」

「息はしてるのか!?」

「してる! 気を失ってやがるんだ! くそっ、起きろ、メール!」

 一角獣伝説の戦いでメールは何度も倒れ、そのたびに弱っていきました。ゼンとしては気が気でありません。

 すると、金の石の精霊が言いました。

「以前と同じだ。メールの中の生気が減っている。それでまた意識を失ったんだ」

 フルートたちは驚きました。

 以前メールが倒れた原因は、長期間陸にいすぎたせいでした。海の民は海から生きる力を得るので、海から長く離れると体の中から生気が失われて、やがて弱って死んでしまうのです。けれども、今、彼らは海のただ中にいました。

「どうしてだ!? なんでそんな馬鹿なことになるんだよ!!」

 とゼンがどなりました。耳許で大声を上げられても、メールはやっぱり何も反応しません。

「とにかく、彼女を起こすぞ。こうしている間にも、生気はどんどん減ってしまうからな」

 冷ややかにさえ聞こえる口調で言って、精霊は小さな手をメールに押し当てました。手のひらが淡い金の光を放ちます。

 とたんにメールが身動きしました。ん、と声を上げて目を開け、驚いた顔をします。

「あれ……あたい……?」

 ゼンはメールを抱きしめました。終わったはずの悪夢がまた始まったような気がします。

 

「いったいどういうことなんだ?」

 とフルートは金の石の精霊に尋ねました。厳しい顔と口調です。

 精霊は首を振りました。

「メールの体内の生気がまた減ってきているんだ。原因はぼくにもわからない。できるだけ楽な恰好をさせたほうがいいだろう。疲れると、その分また生気が減るからな」

 ゼンはあわててメールの鎧を脱がせました。うろこをつづり合わせたような鎧は、戦車の床に落ちると、ガシャガシャと重い音をたてました。いつもの袖無しのシャツに半ズボンという恰好になると、メールは大きく息をしました。

「少し楽になったよ……。どうしちゃったんだろ、あたい。戦車に乗ってゼンたちが戻ってくるのを待っていたんだけど、急に目眩がしてさ、空と海がぐるっと回ったような気がした後は、もう全然覚えていないんだよ。気がついたら、ゼンたちが戻ってきてたんだ」

「ワン、本当に前と同じですね」

 とポチは心配そうにメールを見上げました。意識が戻っても、メールは青ざめた顔をしていました。ゼンに抱かれて、力なく胸にもたれかかっています。

 金の石の精霊がまた言いました。

「ぼくは目覚めさせることはできても、生気をメールに戻すことはできない。海の気は海の力と同じものだ。ゼン、君は渦王の力を受け継いでいる。メールに海の力を与えられないのか?」

 ゼンは顔色を変えました。メールを抱えたまま自分の手のひらを見つめ、とまどいながらメールの手を取って握りしめます。ゼンとメールは、右の手と手を合わせることで、ほんのわずかですが、互いの力を受け渡すことができるのです。

 けれども、メールは相変わらずぐったりしたまま、細い肩を上下させて息をしていました。ゼンはメールに海の生気を与えることができません。ゼンが唇をかみます――。

 すると、フルートが思いついたように言いました。

「アルバだ! 未来の海王の彼なら、メールに力を与えられるかもしれないぞ!」

 戦車の前のほうでは、マグロとカジキたちが心配しながら彼らを見守っていました。フルートのことばを聞くと水面で飛び跳ね、戦車を引いて海に潜り始めます。もちろん、アルバの元へ急いだのです。

 

 息せき切って駆けつけてきた一行に、アルバは驚きました。メールが青い顔でゼンに抱かれているのを見て、また驚きます。

「海の気が足りなくなっているって? ずっと無理をしていたんだね、メール」

 と言いながら片手をメールの顔の前にかざして動かし、やがて、包み込むようにその手を頬に当てました。そのままメールを見つめて言います。

「注意しないと。海の民は海の気の少ない場所で動き続けていると、体内の気が一定量より減ってしまったときに、急に倒れるんだ。そこまで自覚症状はほとんどないから、普段から気をつけているしかないんだよ」

「だが、こいつはずっと俺たちと海の中にいたじゃねえか! それでどうして海の気が減るんだよ!?」

 とゼンが言いました。かみつくような口調です。

 アルバは眉間にしわを寄せて言いました。

「無理をさせすぎたんだよ。もともとメールは海の気をずいぶん失って弱っていたんだろう? やっと動けるようになっても、限界点をちょっと上回った程度にしか回復していなかったんだ。長距離の遠征についてきているし、海の深い場所も進んだし……いくら海の中にいても、それ以上に生気が消費されてしまったんだろう」

 ゼンはことばを失いました。

 すると、まだ消えずにいた精霊が首をかしげました。

「メールの生気の戻りが悪いな……。アルバはずいぶんたくさん生気を送り込んでくれているのに、そのうちのごく一部しかメールの中に入っていかないぞ」

「普通なら、これですぐ元気になるはずなんだが――」

 とアルバもとまどった顔になります。

 メールが頭を振って言いました。

「ううん、気分は良くなってきたよ……。もう大丈夫、元気になったよ」

 と立ち上がろうとします。

 それを引き止めて、ゼンがまたどなりました。

「無理するなって言われてるのがわかんねえのか!? おとなしくしてやがれ!」

 そんな言い方をされれば、いつもすかさず言い返すメールですが、今は何も言いませんでした。少しだけ良くなってきた顔色で、ただ戦車の中に座り込んでいます。その姿に、ゼンがまた唇をかみます。

 

 二台の戦車の周りには海の戦士たちが集まっていました。いかにも具合の悪そうなメールを心配して見守っています。

 シードッグに乗った三つ子たちもすぐ近くにいました。ザフがゼンを責めます。

「君はメールを元気にしてあげることもできないのか!? とんだ渦王後継者だな! 兄上がいなかったらどうなったと思うんだ!」

 なに!? とゼンが血相を変えて振り向きました。クリスとペルラが青くなってザフを止めます。フルートたちもあわててゼンを引き止めようとしました。

 けれども、ゼンは爆発しませんでした。ぎりっと奥歯を鳴らすと、まだアルバに手を当ててもらっているメールを見つめ、それを一度強く抱きしめてから放しました。メールの体が大きく揺らいだので、アルバがあわててそれを支えます。

「ゼン?」

 驚くメールを残して、ゼンは立ち上がりました。

「メールをこっちの戦車に移す。フルート、ポチ、俺の戦車に来い」

 メールはいっそう驚きました。

「なんでさ……!? あたいはゼンの戦車に乗るよ!」

 とたんに、ゼンがどなりました。

「馬鹿野郎、またぶっ倒れる気か!? いいからこのままアルバのそばにいろ! ――俺にはおまえを元気にしてやれねえんだから」

 一同は、はっとしました。ゼンの声は何かをこらえるように震えていたのです。

 

 ゼンはメールを抱くアルバに背を向けながら続けました。

「悪いが、もうしばらくそうしてやってくれ。で、この後こいつが倒れるようなことがあったら、また頼む。こいつはいつも無茶するからな」

 ゼンが自分の戦車に戻りました。メールがどんなに呼んでも騒いでも振り向きません。

 代わりに金の石の精霊が言いました。

「ゼンの言うとおりにした方がいい、メール。君の生気は本当に少なくなっているし、回復も遅い。君が半分森の民のせいかもしれないな。このままアルバのそばにいて、治療を受け続けるんだ。でないと、本当に命に関わるぞ」

 言うだけのことを言って精霊が消えていきます。

 ゼン!! とメールは呼び続けました。海の中なので涙は見えませんが、泣き出しているのが声でわかります。

 それでもやっぱりゼンは振り向きませんでした。フルートとポチが自分の戦車に乗り移ってくると、手綱を握って顔を上げます。

「メールを本当に元気にできるのは渦王だけだ――。とっとと魔王をぶっ倒して渦王を助け出す! 行くぞ、海の戦士たち!!」

 ゼンは先頭を切って飛び出していきました。おぉぉ、と鬨の声を上げて、海の軍勢が従っていきます。

「ゼン……」

 泣き顔でそれを見送るメールに、アルバは言いました。

「大丈夫、元気になれば、また彼のそばに戻れるさ。ゼンは君に島へ戻れとは言わなかった。その気持ちはわかってやらなくちゃね」

 海の中を大軍勢が移動していきます。冷たい海へ向かう海流を目ざしているのです。魔王を倒す大進軍が、再び始まっていました――。

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