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第13巻「海の王の戦い」

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36.ロック鳥

 「いたぞ、あそこだ! 急げ、ポチ!」

「ワン、わかりました――!」

 海の上を風の犬に変身したポチが飛んでいました。背中に乗って行く手の空を指さしているのはゼンです。青い胸当ての上に絡めた薄茶色のマントが風にはためいています。

 そのすぐ後ろに乗っているのはフルートでした。やはり緑色のマントをはためかせて、ゼンが示す方向を見つめています。すると、青空の彼方に黒い点が見えてきました。みるみる大きな鳥に変わっていきます。

「ワン、やっぱりロック鳥だ!」

「よぉし! そのまままっすぐ行け!」

 言いながらゼンはもう自分の弓を構えていました。びぃん、と音をたてて、矢が鳥に向かって飛んでいきます。やがて鋭い鳴き声があがって、鳥の体が大きく傾きました。空から墜落し始めます。

「当たった!」

「いいや、ダメだ! あいつは闇の怪物だ! もう傷が治ってやがる!」

 目の良いゼンが歯ぎしりします。

 ロック鳥が海に落ちる前に羽ばたいて停まり、また舞い上がっていきました。そのまま逃げ出します。

 フルートは背中から炎の剣を抜きました。

「行け、ポチ! 絶対逃がすな!」

「ワン――!」

 ポチはうなりを上げて飛び続けました。あっという間にロック鳥に追いつきます。翼の端から端まで二十メートル以上もある巨大な鳥で、全身を灰茶色の羽でおおわれています。鋭いかぎ爪がついた脚は、象さえ空高く持ち上げるのです。

 その鳥の後ろ姿へフルートは剣を振り下ろしました。切っ先から火の玉が飛び出して、鳥が炎に包まれます。

 

 燃えて落ちながら、ロック鳥が言いました。

「死なん――死なん。これしきのことで、俺は死ぬものか――!」

 黒く焦げた羽の奥で、また新しい羽が生まれています。

 けれども、そこへポチが追いつきました。海面すれすれに急降下してからロック鳥めがけて急上昇します。ゼンとフルートのマントがちぎれそうなほどはためきます。

 すれ違いざま、フルートはまた剣をふるいました。火が消えかけていた鳥が真っ二つになり、また火に包まれて海に落ちます。大きな水しぶきが上がります。

 海上を飛びながら、ゼンは海へ目を凝らしました。

「ちゃんと死んだか? 闇の怪物はしぶといからな」

 すると、彼らのかたわらに金の光が湧き上がって、黄金の髪と瞳の少年が姿を現しました。ポチと並んで空を飛びながら言います。

「このあたりにもう闇の気配はしないよ。今のロック鳥で最後だったし、それももう死んだ」

「ワン、ずいぶんいましたよね……七羽くらい倒したかな」

「今ので八羽だ。あいつらが海の上をうろうろして、俺たちの動きを見張っていたんだな」

 とゼンが弓を背中に戻しながら言います。フルートも剣を鞘に収めて言いました。

「あいつらは海鳥部隊を追いかけて、ぼくらの居場所を魔王に知らせていたんだ。これで魔王の追跡を振り切れるはずだよ」

 

 彼らの行く手に海鳥の群れが見えてきました。青い空と海を背景に、白い翼が光っています。ポチは速度を上げて、鳥の群れに飛び込みました。鳥たちと同じ速度で飛び始めます。

 それはウミネコの群れでした。大きな翼が上下に動かし、風に乗りながら飛んでいましたが、飛び込んできた一行を見て口々に話しかけてきました。

「これはゼン様、金の石の勇者様――空の警戒においでですか?」

「ちょうど良いところへ。先ほどから怪しい鳥が時々姿を見せていまして」

「ゼン様たちにお知らせしなければ、と考えていたところでした」

 翼の先が触れるほど近くを飛びながら、そう報告してきます。ゼンはうなずきました。

「わかってる。今、フルートと一緒に片づけてきたところだ。あとは心配ねえから、しっかり見張りを続けてくれ」

 すると、ウミネコたちはいっせいに音をたてて羽ばたきました。ミャオミャオと猫に似た歓声を響かせ、また人のことばで言います。

「了解しました、ゼン様」

「怪しいものが見つかったら、またすぐにお知らせします」

「ああ、頼むぞ」

 ゼンの返事を残して、ポチが群れから離れます――。

 

 一度消えていた金の石の精霊がまた姿を現しました。彼らと一緒に空を飛んでいきます。こんなふうに姿を見せてくれるのは久しぶりのことです。

 フルートは精霊に話しかけました。

「今回の魔王――アムダっていう名前のようだけど、今までの魔王に比べると、あまり闇の怪物を使ってこないと思わないか? 今回戦った闇の怪物といったら、闇の魚のバラクーダとフウセンウナギとお化けクジラ、それに、さっきのロック鳥だけだ。いつもだったら山ほど闇の怪物を送り込んでくるところなのに。しかも、ぼくの願い石を狙わせるのが常套手段だったのに、今回はそれもないんだ」

「ありがたいことだと思うけれどね。闇の怪物が君を狙い始めると、ぼくはおちおち休んでいられなくなるからな」

 と金の石の精霊が答えます。皮肉っぽい声です。

「それはそうなんだけど……どうしてだろうと思ってさ。なんだか、今までの魔王と戦い方が違うんだ。雰囲気も違ってる」

「ワン、確かに今回の魔王はいやに慎重ですよね。そうだなぁ……魔王と言うより、人間の軍師が作戦を立てて戦っているみたいな気がするなぁ。例えば、ジタン山脈で戦った、メイの軍師のチャスト。あの人が魔王になったら、やっぱりこんな感じで攻めてきたかもしれないですね。味方に敵の様子を探らせて、自分の陣地に攻め込まれないように何重にも警戒網を巡らして――。すごく堅実な布陣で、闇の力をあまり使ってないですよ」

「どうしてだろう?」

 とフルートはまた言って、考え込みました。彼らは敵の裏をかいて前進しなくてはなりません。魔王の意図や動きをつかむのは、非常に大事なことでしたが、すぐには理由に思い当たりませんでした。

 

 すると、金の石の精霊が飛びながらあたりを見回しました。

「そういえば、メールはどうしたんだ? 戦車に乗って待っているはずだっただろう?」

 海上に花鳥を作れるような花は咲いていません。フルートとゼンがポチに乗ってロック鳥を退治している間、メールは海上で待機していることになっていたのです。

 そこへ、海の向こうの方から戦車が近づいてきました。

「ゼン様! ゼン様――!」

 マグロが、三頭のカジキと一緒に戦車を引きながら呼んでいます。ゼンは肩をすくめました。

「噂をすればなんとやらだ。俺たちがなかなか戻らないから、メールのほうで探しに来やがったぞ。あいつ、きっとおかんむりだ。なにしろ、待たされるのが死ぬほど嫌いなヤツだからなぁ」

 メールがゼンをののしる声もするだろう、と考えたのですが、それは聞こえてきませんでした。代わりにマグロがまた言います。

「ゼン様! 大変です! メール様が――!!」

 

 ゼンたちは飛び上がりました。一目散に戦車へ飛んでいきます。

 マグロたちが引く戦車が、波を立てながら進んでいました。メールの姿が見当たりません。どこに行ったんだ、と言いかけたゼンが、はっと息を呑みました。緑色の長い髪の毛が、風にあおられて戦車の上に舞い上がったのです。

「メール!」

 金の石の精霊が速度を上げて飛んでいきました。ポチがそれに続きます。

 メールは戦車の中に倒れていました。真っ青な顔で目を閉じています。

 ゼンはポチの背中から戦車へ飛び下りました。

「メール! おい、メール!!」

 あわてて抱き上げて揺すぶっても、メールは目を開けません。

 鎧を着た細い体が、ぐったりとゼンに寄りかかってきました――。

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