「いたぞ、あそこだ! 急げ、ポチ!」
「ワン、わかりました――!」
海の上を風の犬に変身したポチが飛んでいました。背中に乗って行く手の空を指さしているのはゼンです。青い胸当ての上に絡めた薄茶色のマントが風にはためいています。
そのすぐ後ろに乗っているのはフルートでした。やはり緑色のマントをはためかせて、ゼンが示す方向を見つめています。すると、青空の彼方に黒い点が見えてきました。みるみる大きな鳥に変わっていきます。
「ワン、やっぱりロック鳥だ!」
「よぉし! そのまままっすぐ行け!」
言いながらゼンはもう自分の弓を構えていました。びぃん、と音をたてて、矢が鳥に向かって飛んでいきます。やがて鋭い鳴き声があがって、鳥の体が大きく傾きました。空から墜落し始めます。
「当たった!」
「いいや、ダメだ! あいつは闇の怪物だ! もう傷が治ってやがる!」
目の良いゼンが歯ぎしりします。
ロック鳥が海に落ちる前に羽ばたいて停まり、また舞い上がっていきました。そのまま逃げ出します。
フルートは背中から炎の剣を抜きました。
「行け、ポチ! 絶対逃がすな!」
「ワン――!」
ポチはうなりを上げて飛び続けました。あっという間にロック鳥に追いつきます。翼の端から端まで二十メートル以上もある巨大な鳥で、全身を灰茶色の羽でおおわれています。鋭いかぎ爪がついた脚は、象さえ空高く持ち上げるのです。
その鳥の後ろ姿へフルートは剣を振り下ろしました。切っ先から火の玉が飛び出して、鳥が炎に包まれます。
燃えて落ちながら、ロック鳥が言いました。
「死なん――死なん。これしきのことで、俺は死ぬものか――!」
黒く焦げた羽の奥で、また新しい羽が生まれています。
けれども、そこへポチが追いつきました。海面すれすれに急降下してからロック鳥めがけて急上昇します。ゼンとフルートのマントがちぎれそうなほどはためきます。
すれ違いざま、フルートはまた剣をふるいました。火が消えかけていた鳥が真っ二つになり、また火に包まれて海に落ちます。大きな水しぶきが上がります。
海上を飛びながら、ゼンは海へ目を凝らしました。
「ちゃんと死んだか? 闇の怪物はしぶといからな」
すると、彼らのかたわらに金の光が湧き上がって、黄金の髪と瞳の少年が姿を現しました。ポチと並んで空を飛びながら言います。
「このあたりにもう闇の気配はしないよ。今のロック鳥で最後だったし、それももう死んだ」
「ワン、ずいぶんいましたよね……七羽くらい倒したかな」
「今ので八羽だ。あいつらが海の上をうろうろして、俺たちの動きを見張っていたんだな」
とゼンが弓を背中に戻しながら言います。フルートも剣を鞘に収めて言いました。
「あいつらは海鳥部隊を追いかけて、ぼくらの居場所を魔王に知らせていたんだ。これで魔王の追跡を振り切れるはずだよ」
彼らの行く手に海鳥の群れが見えてきました。青い空と海を背景に、白い翼が光っています。ポチは速度を上げて、鳥の群れに飛び込みました。鳥たちと同じ速度で飛び始めます。
それはウミネコの群れでした。大きな翼が上下に動かし、風に乗りながら飛んでいましたが、飛び込んできた一行を見て口々に話しかけてきました。
「これはゼン様、金の石の勇者様――空の警戒においでですか?」
「ちょうど良いところへ。先ほどから怪しい鳥が時々姿を見せていまして」
「ゼン様たちにお知らせしなければ、と考えていたところでした」
翼の先が触れるほど近くを飛びながら、そう報告してきます。ゼンはうなずきました。
「わかってる。今、フルートと一緒に片づけてきたところだ。あとは心配ねえから、しっかり見張りを続けてくれ」
すると、ウミネコたちはいっせいに音をたてて羽ばたきました。ミャオミャオと猫に似た歓声を響かせ、また人のことばで言います。
「了解しました、ゼン様」
「怪しいものが見つかったら、またすぐにお知らせします」
「ああ、頼むぞ」
ゼンの返事を残して、ポチが群れから離れます――。
一度消えていた金の石の精霊がまた姿を現しました。彼らと一緒に空を飛んでいきます。こんなふうに姿を見せてくれるのは久しぶりのことです。
フルートは精霊に話しかけました。
「今回の魔王――アムダっていう名前のようだけど、今までの魔王に比べると、あまり闇の怪物を使ってこないと思わないか? 今回戦った闇の怪物といったら、闇の魚のバラクーダとフウセンウナギとお化けクジラ、それに、さっきのロック鳥だけだ。いつもだったら山ほど闇の怪物を送り込んでくるところなのに。しかも、ぼくの願い石を狙わせるのが常套手段だったのに、今回はそれもないんだ」
「ありがたいことだと思うけれどね。闇の怪物が君を狙い始めると、ぼくはおちおち休んでいられなくなるからな」
と金の石の精霊が答えます。皮肉っぽい声です。
「それはそうなんだけど……どうしてだろうと思ってさ。なんだか、今までの魔王と戦い方が違うんだ。雰囲気も違ってる」
「ワン、確かに今回の魔王はいやに慎重ですよね。そうだなぁ……魔王と言うより、人間の軍師が作戦を立てて戦っているみたいな気がするなぁ。例えば、ジタン山脈で戦った、メイの軍師のチャスト。あの人が魔王になったら、やっぱりこんな感じで攻めてきたかもしれないですね。味方に敵の様子を探らせて、自分の陣地に攻め込まれないように何重にも警戒網を巡らして――。すごく堅実な布陣で、闇の力をあまり使ってないですよ」
「どうしてだろう?」
とフルートはまた言って、考え込みました。彼らは敵の裏をかいて前進しなくてはなりません。魔王の意図や動きをつかむのは、非常に大事なことでしたが、すぐには理由に思い当たりませんでした。
すると、金の石の精霊が飛びながらあたりを見回しました。
「そういえば、メールはどうしたんだ? 戦車に乗って待っているはずだっただろう?」
海上に花鳥を作れるような花は咲いていません。フルートとゼンがポチに乗ってロック鳥を退治している間、メールは海上で待機していることになっていたのです。
そこへ、海の向こうの方から戦車が近づいてきました。
「ゼン様! ゼン様――!」
マグロが、三頭のカジキと一緒に戦車を引きながら呼んでいます。ゼンは肩をすくめました。
「噂をすればなんとやらだ。俺たちがなかなか戻らないから、メールのほうで探しに来やがったぞ。あいつ、きっとおかんむりだ。なにしろ、待たされるのが死ぬほど嫌いなヤツだからなぁ」
メールがゼンをののしる声もするだろう、と考えたのですが、それは聞こえてきませんでした。代わりにマグロがまた言います。
「ゼン様! 大変です! メール様が――!!」
ゼンたちは飛び上がりました。一目散に戦車へ飛んでいきます。
マグロたちが引く戦車が、波を立てながら進んでいました。メールの姿が見当たりません。どこに行ったんだ、と言いかけたゼンが、はっと息を呑みました。緑色の長い髪の毛が、風にあおられて戦車の上に舞い上がったのです。
「メール!」
金の石の精霊が速度を上げて飛んでいきました。ポチがそれに続きます。
メールは戦車の中に倒れていました。真っ青な顔で目を閉じています。
ゼンはポチの背中から戦車へ飛び下りました。
「メール! おい、メール!!」
あわてて抱き上げて揺すぶっても、メールは目を開けません。
鎧を着た細い体が、ぐったりとゼンに寄りかかってきました――。