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第13巻「海の王の戦い」

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35.報告

 冷たい海の岩屋で、魔王の青年はまたチェス盤を見つめていました。

 盤上にならんだ白い駒の前で黒のポーンが倒れます。黒いナイトの駒は、まるで盤の下に沈んでいくように消えてしまいます。

 ふん、と青年はつぶやいて、下がってきた眼鏡を指で押し上げました。

「どうやら、彼らにはほとんどダメージを与えられなかったようだな。深海魚やクジラの怪物も送り込んだのに、びくともしないとは、なんて奴らだ――」

「どうしてわかるの? アムダ様」

 と隅の水場から人魚のシュアナが尋ねると、青年は黙って部屋の真ん中を顎で示しました。そこに姿を現したのは巨大なロック鳥でした。うやうやしく青年に頭を下げてから言います。

「先ほどお知らせしたとおりです、魔王様。虫の息で海面を漂っていたシャチがいて、それが敵の様子を知らせてきました。それによれば、こちらの部隊はシャチ軍団も怪物も全滅。最後のシャチも、報告を終えると死んで沈んでいきました」

「元から連中が勝てるとは考えていなかった。ただ、もう少し連中に損害を出せると思ったんだがな。予想以上に強力な奴らだ」

 青年は椅子に座ったまま腕組みしました。渋い顔でチェス盤を眺めます。

 

 すると、ロック鳥が続けました。

「シャチの報告によると、敵の軍勢には少女も混じっていたそうです。水蛇も現れて、シャチ軍団を全滅させたと言っていました」

「少女――天空の魔法使いのポポロという子だな。やはりいたのか」

 と青年はごく自然に誤解をしました。そこへシュアナが口をはさみます。

「水蛇は海の王のお供だよ、アムダ様。海王や渦王が連れて歩いている魔法の蛇なんだ。すごく強いんだから」

「ああ、ゼンが渦王の力で呼び出したんだろう。使いこなしているな」

 と魔王はさらに誤解を深めました。海王の王子や王女たちが同行して手助けをしているとは、さすがに思いつくことができません。腕組みしたまま考え込みます。

「例の叙情詩の本によれば、ポポロというのはかなりの魔力を持った魔法使いらしい。ゴブリン魔王が使っていた巨大なドラゴンを一瞬で凍らせた、と書いてあった。そこに渦王の力を持ったゼンと、聖守護石を持つ勇者だから、向かうところ敵なしの一行だな」

 眼鏡の魔王はそんなふうに敵を賞賛しましたが、だからといって、参った顔もしていません。シュアナはほほえみました。

「勝つ自信があるのよね、アムダ様?」

「もちろんだ。ただ、引き続き、彼らの力をできるだけ削ぎ落とす必要はある。しかも、急がなくちゃならない。きっと彼らは予想以上の早さでここに到着するだろうからな」

 と青年は言って、またロック鳥を見ました。

「偵察に戻れ。敵の海鳥たちを追って、本隊の居場所を逐一ぼくに知らせるんだ」

「了解しました、魔王様」

 ロック鳥が丁寧にまた頭を下げて消えていきます――。

 

 すると、後に残ったシュアナが不思議そうに尋ねました。

「ねえ、アムダ様。連中の居場所はもうわかっているのに、どうして今すぐ倒しに行かないの? アムダ様は魔王なんだもん、本気を出せば、いくら天空の国の魔法使いがいたって、アムダ様のほうが絶対勝つのに」

 無邪気なまでに言い切る人魚に、アムダはちょっと苦笑しました。

「そう簡単にはいかないさ、シュアナ。前にも話しただろう。金の石の勇者は聖守護石の他に願い石も持っているんだ。それを使われたら、デビルドラゴンは消滅してしまう。うかつに手出しはできないのさ」

「でも、ちゃんと手は考えてるって、アムダ様は前に言ったじゃない。どんな作戦なの?」

「それはシュアナにもまだ言えないな――」

 と青年は答え、人魚がはっきりと不満顔になったのを見て、また笑いました。

「ぼくはね、シュアナ、つい最近まで、ずっと退屈していたのさ……。ぼくの故郷は入江の村だ。目の前にあるのは海、後ろにそびえるのは山、本当にそれしかない。船に乗ればそこに新しい世界はあるけれど、村の連中の狙いは手っ取り早く金を稼ぐことだからな。船や海辺の村を襲って金品を奪ったり、トジー族や人魚を捕まえて売り飛ばしたり。小さいんだよな、やっていることが。実に下らない」

 青年は、眼鏡が白く光らせて、目の前のチェス盤を眺めました。

「ぼくはデビルドラゴンの暗号を誰より早く解いて、魔王になった。ぼくが今しているのは、この世界を手に入れるという、スケールの大きな勝負だ。キングのゼンが海の力を持っていようが、クイーンの勇者が願い石を持っていようが、そんなものでぼくを止めることはできない。――見ていろ、シュアナ。ぼくは必ず彼らの上を行く。そして、この世界のすべてを手に入れるんだ。確かに作戦は考えてあるが、これはぼくの切り札だ。切り札は誰にも秘密にしておくものなんだよ」

「デビルドラゴンにも?」

 とシュアナは聞き返しました。

「そう、奴にもだ」

 と青年が答えます。

 うふっ、とシュアナは笑いました。

「わかったわ、アムダ様。あたしはアムダ様のすることをずうっと見てる。そして、賢いアムダ様が世界を手に入れるのを見届けるからね」

 またうっとりと青年を眺め、とろけるような声で歌い出します。

 

 岩屋で壁の上で、魔王と人魚の影がほの暗く揺れていました。魔王の影の中で、ばさり、と何かが羽ばたくような音がします。

 けれども、その時には青年はもうチェス盤に夢中になっていました。白と黒の駒を動かして一心に考えていたので、人魚の歌声も羽ばたきの音も、青年の耳には届きません。影の中の竜も何も話しかけませんでした。

 人魚の歌声だけが、なまめかしく岩屋を充たしていました――。

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