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第13巻「海の王の戦い」

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33.深海

 弾丸のように襲いかかってくる深海魚の群れに、フルートたちは右往左往することになりました。かわしてもかわしても、魚たちはやってきます。暗い海の中から飛び出してくるので、どこから現れるのかフルートたちにはわかりません。

 ゼンは海底から海の剣を拾い上げました。水の刀身で魚たちを切り払います。青い光を放つ剣の周りを、灯りに惹かれた虫の群れのように魚たちが泳ぎ回ります。ゼンに切り捨てられても、他の魚はまったく動じません。襲ってくる魚の数は増える一方です。

「こ――これはなんて言う魚!?」

 とフルートはペルラに尋ねました。魚たちはフルートの胸の金の石にも突撃を繰り返しています。腕で必死にペンダントをかばいます。

「わからないわ――! あたしたちだって、魚の名前を全部知ってるわけじゃないから――! ただ、深海魚には光に集まるものが多いから、それで――」

 ペルラが水蛇の背中から答えました。体すれすれを飛ぶように通り過ぎる魚をかわすのに必死です。クリスがわめきました。

「光を消せよ! そのくだらない石と――海の剣をしまえ――!!」

 ちかりと金の石がまたたきました。怒ったような光り方です。とたんにまた魚の体当たりを食らったので、フルートはあわてて言いました。

「金の石、逆だ! もっと強く光るんだ!」

 えっ、と仲間たちが驚いたとたん、金の石が爆発的に光りました。闇に包まれた深海をまばゆい光で照らします。海底に、くっきりと黒い影が落ちます――。

 フルートたちは目を細めました。周囲に数え切れないほど目玉の魚が集まっているのが見えます。足の長いカニや大きなエビ、長い牙を持った不気味な姿の魚も見えました。生まれて初めて経験した強烈な光に、仰天して飛ぶように逃げていきます。

 

 やがて、金の石は光を収め、あたりはまた暗闇に戻りました。フルートの胸の上ではペンダントが、ゼンの手元では海の剣が、穏やかに光るだけになります。

 フルートは友人に駆け寄りました。

「大丈夫だったか、ゼン?」

「おう。だが、よくあそこで、もっと光れなんて言えたな」

「ここは一日中夜のような場所だからね。あの魚は、少しの光でも見えるように大きな目をしてるんだろうから、逆に強い光を見せれば、まぶしがって逃げると思ったんだ」

 ゼンは肩をすくめました。あの一瞬の間に、そこまで考えを巡らせて実行に移すのですから、フルートはさすがです。けれども、クリスのほうは、そんなフルートの才能には気がつきません。不満そうに口を尖らせながら言います。

「早くここを離れよう。また光に魚たちが集まってくるかもしれないぞ。おどかして追っ払うのだって、二度目、三度目となれば効果がなくなるだろう」

 やはり、どこか棘のある言い方です。ゼンが、むっとした顔になりましたが、フルートは平然と答えました。

「確かにここに長居するのはまずい。メールもすごく心配していたよ。お化けクジラも姿を現していたし、早く戦場に戻らないと」

 そう言われれば、ゼンもそれ以上クリスに腹を立てるわけにはいきませんでした。促されるまま、水蛇に乗ろうとします――。

 その時、先にアクアに乗っていたポチが、びくっと海底を振り向きました。ゼンもほとんど同時に同じ方向を見ます。

「ワン、何か来る!」

「また敵だ――ちくちくしてきやがったぞ」

 ゼンは片手で自分の首の後ろを撫でていました。

 フルートは胸のペンダントを見下ろしました。金の石は明滅していません。

「闇の敵じゃないんだ! いったい何が――?」

 言いかけたとき、ふいにクリスのシードッグが飛び上がって泳ぎ出しました。魚の尾を必死に振って闇の中へ逃げ込んでしまいます。

「クリス!」

「カイ!?」

 驚いたペルラとシィが、次の瞬間大きな悲鳴を上げました。闇の中から突然触手が伸びてきて、少女とぶち犬を絡め取ったのです。ペルラがさらに悲鳴を上げます。

「痛いっ――!」

 さらにたくさんの触手が闇から伸びて、水蛇のアクアにも絡みつきました。アクアが身をよじって逃れようとしますが、いつものように触手を素通りさせることができません。

 フルートは海底に立ってペンダントを突きつけました。

「光れ、金の石!」

 まばゆい光が触手の現れた闇を照らします。

 とたんにフルートたちは息を飲みました。そこにいたのは赤黒い体をした巨大なイカでした。先のフウセンウナギと同じくらいの大きさがあって、長い二本の脚でペルラとシィをつかまえ、残る脚でアクアに絡みついています。金の光を浴びても、溶けも逃げもしません。

 

「こんなに馬鹿でかいのに闇の怪物じゃねえのかよ……」

 とゼンが驚くと、ペルラが叫びました。

「ダイオウイカよ! クジラを襲うこともあるの! あたしたちを餌だと――」

 言いかけてまたペルラは悲鳴を上げました。金の石の光の中、海中に、ぱっと赤い血が広がります。ダイオウイカの吸盤には鋭い歯のようなものがありました。それが少女の体に食い込んでいるのです。

 キャンキャン、とシィも悲鳴を上げました。やはり吸盤の歯が体に食い込んでいるのです。

 海の中で水蛇のアクアが鳴き声をたてました。触手のようなイカの脚が水の体を締めつけてきたのです。こちらも、もがいてももがいても、どうしても逃げ出すことができません。

「ちっくしょう! 水蛇は強い攻撃は素通りさせるけど、ああいう、じわじわ締めつけるような攻撃には弱いんだよ! このままだと絞め殺されるぞ!」

「ペルラ、魔法を使え!」

 ゼンとフルートが口々に言うと、ペルラが答えました。

「できないの――腕が自由にならないから――!」

 今にも泣き出しそうな声です。ペルラたちの海の魔法は、腕の動きも呪文の一部になっていたのです。イカの脚に絡みつかれて、腕がまったく動かせません。

 

 すると、突然彼らの頭上でウゥーッとうなる声があがりました。アクアに乗っていたポチが、水蛇の体からイカの太い足に駆け上がり、シィに絡みついている脚にかみついていました。巨大なイカの前では本当にちっぽけな小犬ですが、それでもイカはたじろぎました。水蛇をつかんでいた脚を何本か離して、ポチを捕まえようとします。

 とたんに水蛇が思いきり身をよじりました。長い体を倒して、海底を這って逃げようとします。その拍子にダイオウイカも、ぐんと海底に引き寄せられます。

「よぉし、来たな!」

 とゼンは駆け出しました。海の剣の刃を素早く消してベルトに挟み込むと、両手で大イカの脚を捕まえます――。

 

 おびえるシードッグを叱りつけて戻ってきたクリスは、自分の目を疑いました。

 ペルラやシィ、水蛇のアクアを捕まえている大イカを、ゼンがぐいぐい引っ張っているのです。相手は全長数十メートルの巨大なイカです。脚の一本一本がまるで大蛇のようなのに、それを素手で引きはがしていきます。やがて、アクアが身をよじってイカの中から抜け出します。

 とたんに、イカが後を追いかけようとしました。ばっと脚を広げ、つぼめて、飛び出すように泳ぎ出します。

 ところが、すぐにその動きが止まりました。ゼンが海底に踏ん張ってイカの脚を捕まえ続けています。イカが進めなくなって暴れますが、ゼンを振り切ることができません。

 すると、フルートが動き出しました。大イカに駆け寄り、ゼンが引っ張っている脚に飛び乗って、先刻のポチと同じようにイカの体を駆け上がっていきます。

 たどりついたのは、ペルラを捕まえている脚の根元でした。背中から炎の剣を引き抜いて、力一杯切りつけると、ぶつりとイカの脚が切れました。血しぶきの代わりに猛烈な泡を立て、ペルラと一緒に脚が海底に落ちていきます――。

「クリス! ペルラを受け止めろ!」

 とフルートにどなられて、クリスは我に返りました。あわてて妹へ手を向けます。ペルラは海底に墜落する前に魔法に受け止められて、するりと脚から抜け出しました。太いイカの脚が大木のように海底に落ちて、もうもうと砂煙を上げます。下敷きになればペルラも無事ではすみませんでした。

 

「ゼン、そのままイカを抑えろ!」

「おう、まかせとけ!」

 フルートとゼンが呼びかけ合い、フルートが炎の剣をまた振りかざしました。力を込めてイカの体に突き立てます。

 別の場所ではポチがまたイカにかみついていました。今度はイカの大きな目玉の上です。イカが大きく身をよじり、つかんでいたシィも放しました。放り出された小犬を、クリスがまた魔法で受け止めます。

 すると、海中が突然黒く染まりました。金の石が照らしていた海底が、再び暗闇に変わります。光が失われたのではありません。イカが逃げようとして墨を吐いたのです。イカも、イカに乗ったフルートやポチも、イカの脚を捕まえているゼンも、黒い水の中に包み込まれて見えなくなってしまいます。その奥から激しい泡が湧き起こります……。

 

 泡が黒い水を追いやり、その泡も消えていくと、大イカがまた現れました。巨大な体をぐんにゃりと伸ばし海底に沈んでいます。その上でフルートが自分の剣を引き抜いているところでした。ゼンが動かなくなった脚を放り出し、ポチはイカの上から海底に飛び下ります。

「ワン、やっと死んだ。しぶとかったなぁ」

「海中では炎の剣の威力が落ちるからね。剣を突き刺して、体の中を沸騰させるしかないんだ」

「超特大のイカステーキができあがりってわけか。こいつを海の上まで持って行けねえか?」

 ゼンがそんなことを言いだしたので、フルートとポチは驚きました。

「ええ? イカって食べられるのかい?」

「ワン、どう見たってまずそうですよ、このイカ」

「毒さえなけりゃ、なんでも食えるんだ。贅沢言うな」

「ワン、でも、このイカは臭いもの。絶対誰も食べたがらないですよ」

「だいたい、どうやって海の上まで持っていくっていうのさ。ここは深海だぞ」

「水蛇のアクアに運ばせりゃ――」

「ワン、アクアが嫌がりますって!」

 たった今まで大イカ相手に死闘を繰り広げていたのが嘘のように、大真面目でそんな話をしている勇者たちを、クリスとペルラとシィは呆気にとられて眺めてしまいました……。

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